この国の未来を考える

高配当が出やすくすることの弊害

グランプリを観戦して・・・

私の勝手な提案についてはほぼ書き終えたと思いますが、他に二点程あります。一つは「車券購入に上限を設ける」こと、もう一つは多少重複しますが「選手会の具体的な戦略」です。

その前に一休み(?)としてグランプリについて書きます。

このブログではレースについて書くつもりはなかったのですが、連日の内容を見ていてふと思いました。果たして観戦している皆さん、もしくは車券を買っている皆さんたちはどう感じているのかなと。
「グランプリ、面白いですか?」
私の素直な感想です。
とりあえず優勝戦だけは永井選手が盛り上げてくれましたが、他のレースは・・・・。


10Hオープンは意味があるのでしょうか?

0-10もしくは10オープンの構成で枠番はランクによる順位のようですね。特に調べたわけではないですが内枠の絡む回数が多かった気がします。しかもS先行の出たなりで、外枠の⑦⑧番車が連対するには「カマシ」が決まらないと圏外という展開ばかりでした。

その理由等を今さら書くつもりはありませんが、これがSGとは思えない内容でした。抜きつ抜かれつの攻防があるのは3着争いばかり。まぁ、ここ10年以内にオートレースを見始めた人からみればいつものことですが。

グランプリは若手レーサーの登竜門と言われています。確かに過去の優勝者をみれば理解できますが、予選では0Hもしくは10Hオープンの内枠に置かれることが多いのですから、活躍するのは当り前です。もっとも内枠や0Hで1着を取れないようではSGの優勝など論外でしょう。

今回のグランプリでも内枠で活躍した若手レーサーたちは、枠番抽選の0オープンになった準決ではあえなく敗退しています。圭一郎クンは別格ですが、この子は確かに器が違うとは思いますけど抜き上げての優出ではありませんから、まだまだSGは遠いですね。

以前から思っていることですが、グランプリと全日本選抜はいらないと思います。だいたい10Hオープンなんて必要なのでしょうか? 結局準決で0オープンにするのだから、最初から0オープンでやれば良いのにといつも思っています。そうすると日本選手権と同じだからということなのでしょうが、内枠からトップスタートを切って1着を取っても独走力の練習にはなりますが、SGタイトルを取るための技術向上にはならないと思います。

もう一つ、やはり8台は多いですね。2コーナーの立ち上がりで4番手以内にいないと、ほとんどのレースで連に絡むことができませんでした。5番手以下の選手にとっては消化試合のような周回になっています。
このタイトルを獲得にするのに王者が時間を要したのも頷けます。


ギャンブル性を高めることの弊害を考えてほしい

競艇じゃないのだからと言いたくなりますが、いっそのこと3周回にしたらどうですが? ガソリンの節約にもなるし、もっとレースを多く組めますよ。
冗談はここまでにしますが、2周回で大半の選手が圏外になってしまうレースを見せられれば文句の一つも言いたくなります。

運営する側の意図はよくわかります。スタートでの一発勝負ができる環境にしておけば高配当が出やすくなるから、少しでも多く車券を買わせようとしているのでしょう。記念や一般開催でも同ハンデに多数並べるのも同じ理由だと思います。
しかし、まだ理解していないのでしょうか? それが売上げ低迷に繫がっていることを。

低レベルのレースが面白くないのは当然ですが、そのようなレースばかりなら車券購入の意欲を上げさせることなど、さらに無理だと思います。

公営ギャンブルはオートレースに限らず3連単が中心になって久しいです。けれども例外なく売上げは落ちている。さらにはオッズパークのように、運営・開催には直接関係のない民間が色々な車券を売り出しているのも疑問符が付きます。

そんなにお金を浪費させたいのでしょうか?

そう言えば船橋オートの廃止が表明され、選手会等で存続の署名活動が始まった時、ある選手がこう言っていました。
「・・・選手は一生懸命走って良いレースをし、お客さんは1円でも多く車券を買ってくれれば・・・」
こんな内容だったと思います。しかし私は正直呆れました。
(えっ? まだお金を使え、って言うの)

使う・使わないは個人の自由ですから、他の人たちに何かを言うつもりはありません。ただ車券を買って欲しいと願うのなら、もう少し面白いレースを見せてくれませんか? 
私の願いは唯それだけです。そうなったら車券の購買意欲が蘇ってくるかもしれません。

文句はここまでにしましょう。現在のオートでも楽しめる人はそれで良いと思います。私は違うというだけですから。
では次回は元に戻ります。

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同レベルのレースは面白い?

川口・ナイター開催を終えて

生憎の天候となったナイター開催でしたが、結果としてどうだったのか気になるところです。しかし結果はどうあれ、やらないよりもやる方が良いに決まっていますから、しばらくは様子を見た方がよさそうです。

ナイター開催に水を差すつもりはありませんが、一つだけ付け加えたいことがあります。それは、レース場に多くの人を呼びたいのなら最低限の設備投資をすべきだということです。
レース場に足を運んで欲しいと盛んに言っていますが、表面的な飾りつけと目先を変えるだけのイベントで人が集まると認識しているのでしょうか。以前にも書きましたが、各種モール街の設備の充実さを見て何も感じないのでしょうか。

同レベルまでとは言いませんが、少なくとも女性が嫌がらない程度に衛生面の設備を整えることは重要です。近々で最も必要なのはトイレの改修でしょう。和式から洋式への変更は当然として、暖房便座・温水シャワーの設置、さらにはトイレの衛生状態を上げるための空調設備(脱臭・除菌)も完備すべきです。

確かに、照明設備をレンタルする費用は売上げによって回収できるかもしれません。その反面、減価償却の目途が立たないから設備投資ができないと言い訳するのも理解はします。けれども、オートレースに関係があるとは思えないタレントなどのイベントに費用をかけるぐらいなら、売上げに直接関係するレース場に足を運ぶ人のためにどうしてお金を使わないのでしょうか。
建築業界に長くいた人間として、トイレ改修費用は目が飛び出すような金額では決してないと断言できます。川口オートレース場の関係者(川口市担当者)に対して再考を促したいと思います。



制度としての比較

さて本題の「同レベルのレースは面白いか」に戻ります。
少し時間が経ちますが、8月18日付の東京新聞・小川勝の直言タックルというコラムを読んで、ある意味考えさせられました。
以下、記事から一部引用します。

(略)・・・日本の高校野球、というより高校スポーツ全般に言えることだが、全国から有望中学生が集まるマンモス強豪校も、地元の中学生のための小さな公立校も、同じ土俵でトーナメントに参加している・・・(中略)・・・日本では、これは当り前のことと考えられているが、例えば米国の高校野球の制度はまったく違う。米国では州ごとに大会が行われている・・・(中略)・・・州内の大会の仕組みも、日本の高校スポーツとは違う

これは、スポーツに於ける「公平性」「平等性」についての一つの見方が書かれていると言えるでしょう。
さらに運営方法が続きます。

基本的に米国の高校野球では、生徒数千六百人の学校と二百人の学校が対戦することはない。ほぼ同じ生徒数の学校同士が対戦するように、規模によって学校をグループ分けしているからだ。大規模な学校ほど選手層は厚くなる可能性が高いわけだから、大規模校と小規模校が対戦するのは公平ではない考え方だと言える。
生徒数によって五段階程度にグループ分けして、その上でトーナメントではなくリーグ戦を行っている。できるだけ同じレベルの競争になるよう、工夫されているのである。また、どの学校にもいわゆる一軍と二軍のチームがあって、二軍は二軍でリーグ戦を行っているという。一軍に入れなくても、試合出場のチャンスがあるわけだ。
・・・(中略)・・・
ベンチに入れなかった多くの選手にはプレーができる公式戦がないこと。冬の間も野球部としての練習ばかりしている
(筆者注:日本の高校野球の問題としての指摘)


長い引用になりましたが、アメリカスポーツ界の強さの秘密と奥の深さを理解したような気がします。
一番大きな要素としては、なるべく多くの少年・少女たちにゲーム(試合)を経験させることです。試合より練習が面白いと言う若者はいないはずですから、たとえ低レベルであってもゲームを経験することは、そのスポーツを好きになる可能性が高くなります。例えば野球をしている少年が二軍であったとしても、そのリーグでの公式戦を経験していれば野球の面白さを体得するでしょう。奥が深いと言った理由が、まさにここにあります。
トップレベルではなくても少年・少女の時代にゲームの楽しさや面白さ、さらには勝つことの大変さや勝負の厳しさを知ることは大切です。それらが如何に人格形成に役立つかを否定する人はいないでしょう。

もう一つの驚きとして、アメリカスポーツ界のしたたかさというかその戦略が垣間見えることです。とにかくその競技が嫌いでなければ、大人になった時その競技のファンになることが望めるからで、例えばプロリーグを持つ競技なら死活問題とさえ言えることなのです。
試合のレベルが低くてもプレーをしている当事者たちは真剣です。もちろんお金を払って見る価値があるとは言いませんが、たとえミスが連続しても、お互いの真剣な姿に心を躍らせても不思議ではありません。
そう考えるとこの制度はよくできていると思います。


何を「公平」「平等」と見るかは価値観にもよりますが、確かに1600人と200人の学校では選手としての層が違ってくるので対戦しないという考え方も納得はできます。しかしサッカーのワールドカップでは人口によって区別をしていないので、一概にこの制度が公平・平等とは言えないでしょう。なぜなら常識的には人口が多ければ多いほどスポーツとしての選手層が厚くなりますが、だからと言ってそのスポーツが強くなるとは限らないからです

勝負事には、確かに「まぐれ」というものがあります。けれども実力の差が明らかだったら勝負にはならない、という制度の合理性も理解できます。

よく見かける光景として、日本の高校野球では大差がついても1点を取るために、勝っている方も負けている方もスクイズをしますが、アメリカ的合理性からみれば理解できない行為のようです。さらには高校3年間に一度も公式戦に出場しない、一つの競技しか経験しないという現状も、アメリカから見れば不思議なというか理解し難い光景のようです。
この場でこれらの是非を問うつもりはありません。しかし、より多くの人にプレーをしてもらう、より多くの人に触れてもらうと願う制度の方が、その競技を好きになってもらうには有効的だと考えざるを得ないのも正直な気持ちです。
想像してみて下さい。野球の場合で、高校3年間で一度も公式戦に出場できなかった若者と、たとえレベルが低かったとしても試合経験がある若者が大人になった時、どちらの方が自分の子供に野球の面白さを伝えることができると思いますか?



技量が同レベルのレースの効果とは?

直接的にオートレースには関係のないことを書きましたが、オートレースに当てはめてみると意外に共通することがあります。
●一つ目は、オープン戦であればS級上位とB級下位でレースしても結果が明らかであること(実力差があるのに勝負するのは非合理的)
確かに落車・反則などで「まぐれ」が起きる可能性もあるが常識的にはあり得ない。要は、ギャンブルを成立させる為の「ハンデ」で公平性を装っている。
●二つ目は、技量レベルが低い者同士のレースだからといって面白くない理由があるのだろうか? むしろ勝負がわからないからこそ白熱するとは考えられないだろうか?
●三つ目として、選手の中には一度も優勝しないまま引退する者もいるが、ランク別のレースにして各ランクで優勝戦を実施すれば、S級への昇格が望めない選手でもモチベーションが上がるかもしれない。若い選手たちは一つでもランクを上げようとするかも・・・。


モーターバイク業界としての未来は・・・

もう一つだけ書き記します。
日本女子サッカーの代表チームが好成績を続けていますが、サッカー協会は女子サッカーにも力を入れると何かの記事で読んだことがあります。その理由の一つとして、将来のお母さんになる人たちにサッカーを親しんでもらうことは、将来のJリーガーや代表選手を生み出す要因の一つになるとありました。そう言えばバレーボールが盛んな頃はママさんバレーも盛況でしたね。それとは少し違いますが、もし自分の息子がサッカーをやりたいと願った時、母親が経験者だったらこんなに心強いことはありません。少なくとも低学年までなら良き理解者であり良き指導者にもなるからです。

考えてみれば私がまだ子供だった頃、父と息子のキャッチボール姿が夕方や休日になると当り前の風景としてどこにでもありました。最近ではすっかり見ませんが野球人気の衰えと関係しているのは間違いないでしょう。このまま行けば近い将来、サッカーと野球の立場が逆転すると思っています。

なぜこんなことを思ったかと言うと、最近の若い人たちの車離れが顕著だと言われているからです。バイクも例外ではないようで、暴走族的なものが少なくなるのは確かに良いことですが、バイクに対する憧れがなくなることは乗る人も当然少なくなります。ということは、オートレースや各バイクレースを観戦する人も間違いなく減ってゆくでしょう。
これらの事に関しては別の機会で書くつもりですが、一度衰退し始めたものに歯止めを掛けることが如何に難しいか、それなりの長さを生きてきた者として実感していますので、いわゆるモーターバイク業界全体として考えても暗雲が立ち込めていると言っても過言ではないと思います。


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未来を見据えるなら原点に帰るべき

川口・ナイター開催で思うこと

川口でのナイター開催が始まりました。土・日ということもあり近年にはない集客のようです。まだ平日があるので、売上げ状況も含めて結果がどうなるのか私にはわかりませんが、今までの処では上出来と言って良いでしょう。

さて2つほど素朴な疑問があります。
●新マフラーですが、これは川口のみの適用なのでしょうか?
●もう一つはナイター開催の場合、他のレース場でも新マフラーの使用を義務付けるのでしょうか?

騒音対策という理由で新マフラーにしたとの説明ならば、照明設備のレンタルさえ可能なら他のレース場でも開催ができることになります。もちろん周辺住民の了解が必要ですが、少なくともJKAにその意志があれば全レース場での実施も夢ではないと思います。

でも、おそらく無理でしょうね。オートレースという業界は協会ではなく各主催者・施行者が仕切っているからです。
今回のナイター開催も川口市からの強い要望で実現したのは間違いないので、そのための新マフラーであることは明白です。まぁ主催者・施行者の言いなりになっている姿が目に浮かびます・・・。

データーを重視する者にとっては実に困ります。川口のみ新マフラーで、それもナイターだけなのでしょうか?
大きく変わるとは思いませんが、パワーが落ちることは前回の消音マフラーでも実証済みですので、今まで以上にハンデ差が縮まるでしょう。

これでは私が望んでいる「同一条件・同レベルでのレース」から増々遠のいていきます。



なぜ、女子10名程度なの?

ナイター開催ではありませんが、もう一つ気になったことがあります。それは33期生募集の文言です。
募集予定人数:20名(女性10名程度)

これは、いったいどういう意味なのでしょう。
特例受験としてのFIMの出場経験者や、MFJの全日本レースの年間上位ランキング者は理解できます。さらに各種スポーツで優秀な成績を収めた者というのも、運動能力が高いのは間違いないので消去的ですが、まぁ理解はします。
でも私は兼ねてから疑問に思っていることがあります。それは選考基準・採用基準が公表されていないことです。

オートレーサーにとって最も必要とされる能力は、スピード感覚と動体視力、さらには平衡感覚だと私は考えます。けれどもこの3要素の共通点は、鍛えても限界があり、おそらく天性の物ではないかと考えられることです。

長年オートレースを見てきましたが「速い人は最初から速い」という原則は終始変わっていません。
時々、2級車時代に平凡な時計を出していた選手が努力して一定のレベルまで成長することはあっても、トップレベルになることは決してありませんでした。残念ながら例外と言える選手は存在しません。反対のケースはたくさんありますが・・・。

もしかすると協会側はギャンブルとして成立させるために、前記した能力が明らかに乏しいと思われる人を採用しているのでは、と疑うようになったのは最近のことではありません。事実、なぜこの人が選手になれたのだろうか、と不思議に思ったことは1度や2度ではないからです。

特例受験の採用でロードレーサーが増える同時に、その選手たちが活躍するのではと私は考えていました。ところがそれ程でもない現状を見ると、ロードとオートはバイクレースとしては同じであっても、やはりその本質は大きく違うことを実感しています。
ロードレース出身者として代表的なのは青山周平選手ですが、華々しい活躍したのは1年目だけでした。最近では平凡なS級選手に見えてしまうのは私だけでしょうか。
各種スポーツの成績優秀者に関しては知識不足かもしれませんが、誰かいるでしょうか。少なくとも現状では、スポーツ成績優秀者がオートレーサーとして特に優れていると実証されているとは思えません。

昨今の運動科学は目覚ましいものがあります。様々な能力を分析する力や測定する技術はまさに日進月歩で、色々なスポーツ界で活用されています。
動体視力や平衡感覚を測定するのは可能ですし、スピード感覚という曖昧な能力を測ることも、おそらく技術的に不可能ではないと思えるのです。であればオート界こそこれらの技術を活用して、ロードレース経験者は別として、各種スポーツの成績優秀者ではなく前記した能力が優れた者を選ぶべきではないのでしょうか。
私も経験がありますが、バイクの運転技術は慣れればある程度のレベルになります。しかしスピード感覚や平衡感覚は、やはり持って生まれた物という気がしてなりません。

前述したことが「女性10名程度」という言葉の理解に苦しむ理由です。もしかすると相対的に女性の方がオートレーサーに求められる能力が劣るかもしれません。しかしあくまでも相対的で必ず例外はあるものです。
女性だから劣るとはあり得ない。ということは重要なのは性別ではなく能力だということです。
本来ならオートレーサーとしての能力を持ち合わせているのに、男性だからという理由で不採用になるのでは本末転倒ですし、それは逆差別になってしまいます。

正直、現在の女子選手たちからは才能を感じません。ですから、やはり能力で採用すべきだと考えます。
女子だけの番組を組みたい気持ちはわかりますが、オートレースの活性化に繋がるのなら否定はしません。しかし、レースとして面白みに欠けるのなら唯の見世物になってしまうと思います。

本来のレースとは、優れた能力を持ち、さらには技術を鍛え上げたレーサーたちが競い合うからこそ、人々は熱狂し感激するのではないのでしょうか。オートレースであれば、それに車券を買うという、自らのお金を使うという要素も足されてくるのです。
原点に戻るべきです。

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カイトアキラ

Author:カイトアキラ
もうすぐ老人と呼ばれる年齢になりました。
今までオートレース・ギャンブルについて書きましたが、今の日本の状況を考えると、たとえ影響力がなくても、もしかしたら若い人たちに響いてくれたら、という微かな希望を持ってブログを続けようと思います。
偏っていると感じるかもしれませんが、私は個人ですので、ご了承の程をお願いします。

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