この国の未来を考える

「淫行疑惑」記事続報と都知事選

続報記事の中身

都知事選も明日に迫りました。そんな中、今週の「週刊文春」および「週刊新潮」に鳥越氏に関する続報(?)が掲載されました。新聞広告の見出しからある程度予測できたので、買わずにコンビニで立ち読みをしました。

感想は、新たな事実の提示もなく、弁明というか言い訳のように思えました。
まずはA子さんの〝トラウマ〟がひどいので本人証言を差し控えたとしている件ですが、週刊文春はA子さんと面会していないのではないか、と私は疑っています。後述しますが週刊新潮に対しても、やはり同じ疑いを持っています。

「トラウマがひどい」「自殺をほのめかす」などと書かれていますが、では現在または過去に於いて、A子さんが専門家等の治療やカウンセリングを受けたとは記述されていません。不思議ですね、取材を受けられない理由としてこれらを書いても問題はないと思うのですが。それほどA子さんに対して思いやるのなら、裁判の証言台に立たせる可能性のある記事を掲載する意図は、と問いたくなります。まさか文春や夫と称する人は、この記事は〝事実〟なのだから鳥越氏は認めるはずだと本気で思っていたのでしょうか。

刑事としてはともかく民事裁判にはなるでしょう。その場合、A子さんの出廷を求められるのは間違いありません。もし証言しなければ文春側が負けるのは確実で、それくらいのことは法律の専門家でなくてもわかります。それでも、あくまでも出廷を拒否するつもりでしょうか。
さらに検事出身の弁護士に語らせている「夫の証言の重み」についてですが、この証言が〝もし事実なら〟という条件付きだと考えるべきだと思います。

相変わらず「言論には言論で」という言葉を使っていますが、もしそうなら、せめて言論のルールを守るべきでしょう。ろくな事実提示もなく、一方的な話の羅列でイメージダウンを狙ったものは「言論」とは認められないと思います。


週刊新潮の記事は?

この内容では記事にしなかったのも当然だと思います。文春同様、これも〝男性〟という匿名証言で、夫と称する人とはどうも別人のようですが、語られていることはA子さんから聞いた話ばかりです。ところが皮肉なもので、この男性証言から今回の件の輪郭が多少ながら見えてきました。

A子さんの性格的なことを述べた部分の要約ですが、鳥越氏を絶対化し、まるでミーハーのように憧れていた・・・、そんな純真な子だから誘われればノコノコと付いていってしまう・・・。だから別荘に誘われて無邪気に行ってしまったのだと強調しています。ちなみにA子さんと二人きりで別荘に行ったと鳥越氏は認めているとありますが、録音はしてあるのでしょうね。もしないのなら、これも信憑性としては格下げになりますよ。

さらに驚くのは別荘での記述です。〝ほとんど全裸にされ、強引にキスされた・・・・〟 これが事実なら「淫行」どころではなく強姦未遂もしく強制わいせつに問われかねない。公表されればジャーナリスト生命も失うでしょう。けれども記事にしなかった理由が、直前になって記事にしないでほしいとA子さんと〝男性〟から申し出があったから、とか。
なぜでしょうか。仮に匿名でも、事実を思わせるものを提示できれば公共性・公益性に適うのは間違いありません。

ここで大きな疑念が生まれてきます。週刊新潮に記載された別荘での出来事が事実なら、なぜA子さんは「男性」に話をしたのか。または夫と称する当時の恋人に相談をしたのか。女性の立場からすればこのようなことは隠したいはずで、特に恋人や周囲の男に対しては。もし相談するとしたら親しい女性の友人か、姉妹や母親と考えるのが自然でしょう。実に不思議なのですがA子さんは二人の男性だけに話をしているようなのです。文春と新潮は当時の交友関係や親御さんに取材をしたのでしょうか。プライバシーに関わることですが、事実関係を確かめるためには避けて通れないはずです。トラウマになるぐらいの衝撃を受けたのなら母親や友人にもわかると思うのですが。
そう考えると、夫と称する男性とA子さんと鳥越氏の三人で会った理由が、さらに不可解になってくるのです。そんな辛い思いをしたのに、再び会うこと自体がどうしても理解できないのです(あくまでも私の感想ですが)
さらに文春の記事では2002年夏頃の出来事とあり、新潮に持ち込まれたのが2003年となっているのも理解に苦しみます。このタイムラグは何でしょうか?


これからは私の推論です。

A子さんには申し訳ありませんが、どうしても私には、ある四文字が浮かんでしまうのです。それは「被害妄想」という言葉です。

私の周囲にも程度の差はあれ嘘をつく人がいます。たいがいは他愛もないもので実害はないのですが、例えば自らが体験していないことをまるで自分の体験のように話す。例えば空想の出来事を実際あったかのように話す。または他人を悪く印象づけるために嘘の話をでっち上げる、などです。これらの事例の許容範囲はそれぞれでしょうが、精神疾患として認定される境界は私にはわかりません。けれども一つの特徴としては、自らの思いが通らないとそれがストレスになり、それを解消するために「嘘」をつく、と何かの本で読んだ記憶があります。

A子さんが鳥越氏に憧れ、その感情が膨張し、こうなって欲しいという願望を持ったとしても不思議ではありません。そうなればA子さんの方から親しく接しようとするでしょう。もしそうなった場合たいていの男は、そのような女性に対して無防備になります。俗にいう〝鼻の下をのばす〟という状態ですが、けれども男もある程度の年齢(50歳以上でしょうか)になれば警戒心が出てきます。それは若い女性が自分に近づくことなど、何か理由がなければあり得ないと知っているからです。しかし大学教授のような立場では普段から若い女性たちと接していますから、女性から親しく接してきても特別に警戒することはないでしょう。もっとも勘違いする男も多いから〝セクハラ〟が発生するのですが。
A子さんの行動に対して鳥越氏が深く考えなかったことは容易に想像できます。家に遊びに行きたいとか、別荘にも行ってみたいとか言われても、普段から学生を招き入れているのなら余程でない限り断わらないでしょう。このような環境で、もしA子さんが妄想を持ったとしたのなら、あらゆる点で説明がつくと私は感じています。

以上は私の推測ですし、もちろんA子さんを貶めるものでもありません。しかしA子さんの現在の様子がわかならないことや、当時の周囲の人々の声が出てこないのでは本人には申し訳ないですが、文春と新潮の記事からは上記のように推論するのは自然と思えるのです。


今回の件を忘れてはならない

前回で指摘した通り、女性の接し方に問題のある男性なら複数の事例が出てくるはすです。なぜ、そのような証言が出てこないのでしょうか。取材をしていないのか、それとも全く証言が出てこないのか。現在のところ二誌以外では記事になっていないので、鳥越氏の女性問題はどうやら問題なさそうです。

先ほどのA子さんに対する見解ですが、鳥越氏側の対応から推察できるのは、もしかしたらA子さんの状態を示す何らかの材料を持っているのかもしれませんね。選挙期間中というのもありますが、ここで鳥越氏側が「言論」で反論するとA子さんのプライバシーを侵しかねないと判断している可能性があります。告訴の相手はあくまでも「週刊文春」と「週刊新潮」ですので、むしろ鳥越氏側の方が配慮しているのかもしれません。
おそらく都知事選が終われば記事はピタリと止まるでしょう。東京地検が受理するかはともかく、民事裁判になるのは間違いないでしょうから、たとえ何年先になってもこの件は注視したいと考えています。

 

ヘイトスピーチに対する処置方法を聞きたいのだが。

障害者施設に侵入し、19人を殺害するという驚愕する事件が起きました。容疑者は「障害者は不幸を作ることしかできない、いなくなればいい」と、普段から言動していたと報じられています。なぜ、このような妄想に駆られていったのかを解明するには相当な時間が必要とされるでしょう。ただ一つだけ言えることは、この容疑者の根底にあるのは差別意識です。

関東大震災時に多くの朝鮮人の方が殺されました。群集心理だとかパニックに陥ったからと解説されることもありますが、はたしてそうでしょうか? 私は違うと考えます。それは、普段からあった差別意識が生み出したと思うからです。群集心理やパニックになった場合でも、いきなり殺意を持つわけではありません。そもそも殺意をもたらす動機がなければ、そこまでは至らないはすです。パニックに陥っている時や、震災による心労が重なった時にデマが飛び交うと、そのデマを信じることによってストレスから解放されると錯覚し、その際に日頃から胸の内にある感情が噴き出してしまうのです。
「日本人よりも劣る民族のくせに、そんな奴らが井戸に毒を放り込むなんて。許せない、殺してしまえ!あいつらには何をしてもかまわない!」
おそらくこんな感情が渦巻いたのでしょう。しかし突然生まれるわけではない。多くの日本人が「朝鮮人なんか!」と、日頃から胸に溜めているからこそ湧き出てくる感情なのです。

ヘイトスピーチ規制法ができましたが、まだまだ欠陥だらけです。ユーチューブの動画で在特会のヘイトスピーチの酷さを知っていますが、オリンピックを控えたこの東京で、世界に恥ずべきヘイトスピーチが堂々と行われていたのです。

小池百合子氏は朝鮮人学校用地の撤回を述べていました。前都知事が朴大統領と約束したことを反古にしようとしています。この人の右翼的言動は昔からですが、学校用地は保育所建設に充てるとか。一国の元首と約束したことを撤回する重みを考えたことがあるのでしょうか。もし安倍首相が逆の立場になったとしても、小池百合子氏は相手の事情だからと許容をするのでしょうね。

私は、ある民族への差別意識を小池百合子氏から読み取っています。杞憂であってほしいが、最近では確信に近づいています。このような人が東京オリンピック時の知事だとすれば、世界に恥を晒すようなものだと思えてなりません。

そもそもヘイトスピーチやヘイトクライムをどう考えているのか、マスコミはなぜ聞かないのでしょうか。大阪市では条例を制定したのですから、東京ではどうするのか極めて大事なことです。ヘイトに関しては各国のジャーナリストは敏感です。日本の首都である東京のトップが差別意識を持った人間だと判断されれば容赦ない批判をしてくるでしょう。彼ら彼女らは日本のジャーナリストみたいにヤワじゃありませんから。
今の私にとっての唯一の救いは東京都民ではないことです。

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[女子大生淫行」疑惑記事への〝大いなる疑問〟

記事の信憑性と見分け方

参議院選挙の結果をふまえてその後について書くつもりでいたのですが、週刊文春による鳥越俊太郎氏についての報道に接して、これは決して看過できないと思いました。
週刊文春を買ったのは久しぶりですが、とりあえず記事がどう書かれているかに関心がありました。しかし、というかやはり、とういうか、内容および表現方法は私の予測を超えるものではありませんでした。

週刊文春は、知事になる可能性がある人物の資質を問うということで、公共性・公益性に資するものがあるというお決まりの文句を並べており、さらに判断は読者に委ねるということなので1人の読者として感想を書きます。
この記事は捏造の可能性が極めて高く、鳥越氏のイメージダウンを狙ったものである。
あくまでも私の感想です。では、なぜそう感じたか疑問点をいくつか列挙しました。同時にこれは「捏造」なのか、「事実により近い」のかを判断する際の参考にもなると思います。

●全ての証言が匿名になっている。大学関係者・毎日新聞OB・テレビ朝日関係者などで、大学名も書かれていない。

●日時の特定がほとんどない。女子大生との問題は2002年の夏頃というおおまかなもの。イベントの時期も2014年という表記のみ。さらには鳥越氏と、今回の証言者である夫と称する男性、およびA子さんの3人で会ったという日時も特定されていない。

●3人で会ったとされている都内のビジネスホテルの表記もない。さらには話をした場所はどこなのか、ロビーや喫茶室なのか、または部屋なのかも明らかにしていない。もし部屋を取ったのなら領収書があるはずで、ホテル名や領収書を提示しても問題はないと思うが。

●メールを送ったとしているが日時・通信方法の提示がない。一応、一部を黒く塗り潰した印刷物のような写真が小さく掲載されているが、これでは本物なのか判断できない。

●そもそも何のために3人で会ったのか。謝罪を求めるためなのか、大学で噂になった責任を追及するためなのか、その理由が釈然としない。

●もし謝罪を求めたのなら、なぜ第三者を立ち会わせなかったのか。通常なら弁護士が代理人になるべき事例と思える。もし鳥越氏が拒否をしたのなら、そう書くべきだし、弁護士には守秘義務があるのだから公表の心配もないはず。

●夫と称する人は当時の会話を克明に記憶しているとされていたが、録音およびメモの類があるのかも明記されていない。

●今回の証言をした理由について「義憤」に駆られてというような趣旨になっているが、書かれていた内容がもし事実なら知事やジャーナリストとしての資質以前の問題で、人間性に関わる事柄であると思われる。ならば2002年頃には、すでに有名になっていた鳥越氏を告発しても何ら不自然ではない。知事になりそうだからという理由だけで今回の証言に至ったとするなら14年間も沈黙していたことへの整合性に疑問が残る。

●A子さんに対する取材は勘弁してほしい、今でもトラウマになっているほど被害が大きいと言うのなら、親しい間柄の人間や家族からすれば心情として表面化するような行動を慎むのが自然ではなかろうか。

●イベントの出演をキャンセルしてほしいと鳥越氏にメールをしたとあるが、履歴を残しているのか、または通信手段はどのようなものだったのか。2014年ならば各社に通信記録が残っているはず。

要は全てが匿名証言で、夫と称する人物の証言についても全部が〝密室の会話〟だということです。もし実名での証言、もしくは鳥越氏が女子大生と二人きりで会ったという証言、さらにはそれを補強する事実の提示があれば記事の信憑性は高まるのですが、それらは一切ありません。この記事の信憑性を疑う最大の理由はここにあります。

例えばビジネスホテルの部屋で話をしたのなら料金が発生しますから、誰がそれを払ったのか、そして領収書はどうしたのか。もしこれらが明確にされれば、ビジネスホテルで会ったという証言の信頼度は増してきます。さらには書かれた内容通りならば「資質を問われる」のは当然で、いわゆる関係者を匿名にする必要性があるとは思えないことです。関係者を追い込むほどの権力が鳥越氏にあるとは思えませんし、本当に「資質」に疑問があるのなら実名で証言すべきで、匿名では説得力がありません。

この記事に限らず関係者と称する匿名証言が大半を占めるものは〝まゆつば〟と考えた方が良いでしょう。少なくとも日時の特定などは基本ですし、〝密室の会話〟を片方の証言だけ掲載する場合は「事実」と推測できる要素がないものを信頼することはできません。
そういう観点からすれば鳥越氏側がインタビューに応じなかったのは正解です。このような〝ある意図〟を持った記事に対しては、誠意を持った対応をすればするほど相手の土俵に嵌ってしまうので得策ではありません。

 

「資質」を問うのなら

書かれていた内容だけで推察すると、鳥越氏がA子さんを誘って性的関係を迫ったということに尽きるようです。その補強材料として〝関係者〟の匿名証言が頻繁に出てきますが、全てが「女性好き」「女性関係が派手」との印象を与えるものです。もし本当にこのような癖のある男性なら、調べれば複数以上の事例が必ず出てくるのは間違いありません。

都知事の資質としての、女性に対する接し方等を問題にするのであれば、テレビ関係者や大学関係者や新聞社など鳥越氏が関わった全ての人に対して取材すればわかるでしょう。他にも似たようなケースがあったのか、または昔から女性に対して〝積極的な行動〟とる人だったのか。一番手っ取り早いのはスクープという番組で長くパートナーを組んだ長野智子さんに聞けば良いでしょう。彼女も誘われたと証言すれば今回の記事の信憑性は一段と高まります。

今のところ(725日現在)WEBでは多少話題になっているものの、鳥越氏の資質を追っかけているマスコミは見当たりません。こういう問題に飛びつくのは週刊誌ですが、今週号で扱っているかどうかは知りません。さらには肝心の文春が、他のケースを〝スクープ〟して第二弾・三弾と続けることができるのでしょうか。けれども〝思惑通り〟に鳥越氏の劣勢が伝えられているので、おそらく続きはないでしょう。

 
もう少し疑問点を列挙します(私の推測ですが)

そもそも鳥越氏とA子なる女性が二人きりになる状態がイメージできないのです。記事でもこの辺りのいきさつが書かれていないのですが、14年前なら鳥越氏は61歳か62歳、20歳の女子大生と二人きりになること自体が不自然であるのは間違いない。例えばA子さんの〝マスコミ志望〟という気持ちを利用して、甘い言葉を使って二人きりになり性的関係を迫ったというのなら可能性としてはありますが、鳥越氏が大学教授でA子さんがゼミの学生というのならまだしも、誘われていたという第三者の証言、もしくはA子さんが誘いに応じたとする補強材料がない以上、説得力に欠けると言わざるを得ません。

今回の記事でも性的な関係については「なかった」としています。しかし記事のタイトルでは「女子大生淫行」疑惑、とありました。
淫行の意味は、みだらな行為、もしくは社会の性道徳から外れた行為とされているようです。今回の記事が全て事実だったとしても、はたして淫行という言葉に該当するのでしょうか? むしろセクハラとうべきもの、もしくはストーカー的行為と表現した方が近いのではないでしょうか。それでも「淫行」という言葉を用いたのはなぜでしょうか?〝何らかの意図〟があるのは明らかです。

還暦を越えた男性と20歳の女子大生の恋愛が成立しないとは言えません。稀にあることは事実ですし、そういう意味では二人双方、もしくはどちらかに恋愛感情があったのかもしれませんが、仮にそうっだとしてもここで重要なのは、事実として二人だけになったことがあるのか、でしょう。仮にあったのならどのような経緯だったのか。今回の記事ではこれらについて触れた箇所が一つもないのです。

 

補足として

鳥越氏側は、自宅や別荘に数人の学生が訪れて懇親の機会を持ったこと、A子さんならびにB氏(今回の証言者と文春側は言っている)と会ったことは認めている。ちなみにB氏と夫と称する人が、同一人物だとは鳥越氏側は言っていません。さらに、A子さんに対して性的な関係を迫ったことは一切ないと回答しています。

 

火のない所に煙は立たぬ、と言いますが、火のない所に煙を立たせるのが「捏造」「でっち上げ」

橋下徹氏が今回の件をツィートしていると産経新聞のWEBサイトで掲載されていました。要旨は公人である以上説明の義務があると言っているようです。相変わらず〝すりかえ〟をしていますね。では逆にお聞きしたい。
「嘘の記事を、嘘と言う以外、他にどんな方法があるのか」

基本的に公人にはプライバシーはないと私は思っています。政治家であれば、その資質を疑う事実を提示された時に説明の義務が生じるのは当然です。しかし今回の記事には〝事実の提示〟が一切ありません。あくまでも「噂の類」で、たった一人の仮名を名乗る人間の証言(しかも密室での会話)、さらには全てが匿名証言なのです。これら全てが嘘なら何をどう説明すると言うのでしょうか。
アメリカやヨーロッパならこの内容では絶対に記事になりません。なぜならこれは芸能人のゴシップ記事に相当するからです。もし公人に対してこのような記事を掲載したら、この雑誌は言うに及ばす、発行元の出版社に対して莫大な慰謝料が請求されるでしょう。国によっては刑事罰が科せられる可能性すらあります。
もしかしたら橋本氏は、この問題が思ったより拡散しないので苛立っているのかなと、つい邪推をしてしまいました。
 

どっちに転んでも週刊文春に損はない。

冒頭で書いたように私自身は、この記事は捏造であり、鳥越氏のイメージダウンを狙ったものという感想を持っており、さらにはA子と称する人の存在すら疑っています。その理由は上記した通りなので繰り返しませんが、ここで問題としたいのは、これがセンセーショナルリズムに基づくもの、スキャンダルをでっち上げて雑誌を売るためにやっている、と思えるからです。

これで思い出すのが2004年に休刊になった雑誌「噂の真相」です。若い人たちは知らないかもしれませんが、一行記事などに代表されていた〝スキャンダル〟を主眼においた雑誌で、たびたび名誉棄損で刑事告訴されていました。休刊した理由について色々と言われていますが、編集長の逮捕が現実味を帯びてきたからという指摘もありました。
なぜ取り上げたかというと、今回の記事の書き方が「噂の真相」と同じだからです。やはりほとんどが匿名証言で、事実提示が少なく、まさしく「噂の類」で記事にするやり方でした。しかし月刊誌の発行部数としては「文藝春秋」に次ぐものがあり、商業誌としては成功していたのです。要するに〝売るため〟にセンセーショナルリズムに徹し、虚偽であっても記事にするという方針のようでした。さらに特徴としては、激しい抗議や刑事告訴を伝えられるとすぐに謝罪してしまうことです。売った後なら謝罪をしてもかまわないという、商売に徹したやり方と言っても差し支えないでしょう。

鳥越氏が都知事なっても落選しても週刊文春にとってはどっちでも良いのです。売るのが目的であり、イメージダウンさえ達成できれば、裁判になって負けたとしても小さな訂正と微々たる慰謝料を払えば、この日本では済んでしまうからです。そしてそうなるまでには数年を必要とし、その頃には世間も忘れているのです。
そう考えれば、なぜ全てが匿名証言で、なぜ事実提示がされないのか理解できるでしょう。実名や事実を提示すれば裁判で敗訴した際に、虚偽が明らかなのに意図的に掲載したと判断される可能性があるからです。あくまでも噂の類に留めて、それを匿名にしておけば〝訂正と謝罪〟で名誉棄損から逃れることができるからです。なんか腹立たしいぐらい巧妙ですね。

週刊文春を発行しているのは「文藝春秋」という出版社です。その歴史を辿ればどのような出版社か知ることができますが、ちなみに1970年代に出された「文藝春秋の研究」という本を読んでみてください。アマゾン等で購入できます。この本を読めば、今回の記事が週刊文春に掲載された理由も理解できますよ。

 

「捏造」された時の対処法

都知事選の投票日まで1週間です。報道では小池氏がリードしているようで、そういう意味では今回の記事がボディブローのように効いているのかもしれません。もちろん、どのように影響したのかを測ることは容易ではないので選挙妨害として公職選挙法違反に問えるかは難しいと思います。
鳥越氏側は東京地検に名誉棄損で刑事告訴を準備していると報道されていますが、はたして受理されるのでしょうか。仮に受理されたとしても東京地検が強制捜査するとは思えず、事情聴取したとしても任意でしょうから週刊文春側が、A子さんや夫と称する人を明かすとは思えません。きっと、うやむやの内に終わるのではと推測しています。

最後に公人だけでなく、一般の方や芸能人の方々にも参考にしていただければと思います。もし「捏造」「でっち上げ」の記事を書かれたり報道された時には、「これは嘘です」とだけ言ってその後は一切無視しましょう。そしてあらゆる法的手段を取ることを勧めます。このようなことを繰り返せば頭の堅い裁判所も少しずつ態度を変えてゆくかもしれません。
「国民・市民は、その民度にふさわしい政治家しか迎え入れることができない」という言葉があります。しかしそれは政治だけではないでしょう。司法も行政もマスコミも同じではないでしょうか。

東京都民ではないので私は投票できませんが、都民の方々には賢明な判断をお願いしたと思っています。ただ今回の野党陣営は戦略を間違えたと感じています。鳥越氏のジャーナリストとしての実績は十分ですが政治家としては未知数ですし、年齢や健康の問題もあります。何よりも立候補自体が唐突だった感があり、同じことを多くの人が感じている気がしてなりません。それが苦戦の原因ではないでしょうか。
個人的には宇都宮健児氏を統一候補にしてほしかったですが、その理由は、何よりも弱者のために戦ってきた人だからです。弁護士としての実績も十分ですし、知識面でも都の行政官に相対する能力も持ち合わせているでしょう。まぁ今となっては遅いのですが。
正直、政党渡り鳥だった小池氏だけは勘弁してほしいです。この人からは信念を感じませんし、政治行動を見れば〝節操がない〟と評価されても仕方がないと思います。でも女性というだけで無党派層に浸透しているようですね・・・・タメ息が出ます。さて都知事には誰がなるのでしょうか。

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投票に行けと言われても・・・・。その気持ちはわかります

投票に行かない人たちの心理

新聞やネットでは投票率が低下しそうだと懸念されています。昨年の安保関連法案反対の勢いからすれば意外な感もありますが、ふと考えてみれば当然かもしれないと思えるのです。なぜなら、現在の40代や50代や60代の人たちが若かった頃、どれだけの人が投票所に行ったのか疑問だからです。私も含めてですが、1980年代も若年層の投票率は低かったと記憶しています。時代は、高成長が終わったとはいえバブル前夜です。若い世代の多くが政治に無関心だったことを実感として皮膚が覚えています。ですから、こられの世代の人たちが、今さら〝目覚める〟と思えないのです。

生まれた時から自民党政権が続いていました。選挙時の世論調査では、だいたい自民党が優勢と報道されることが多かったので、自民党政権が続いても何の得もない私にとって選挙はシラける存在でしかありませんでした。特に県議選や市町村議会選などは投票しない方が多かったです。

これは私の偏見かもしれませんが、どの選挙でも欠かさず投票に行く人たちは、何らかの「実利」があるからではと思っています。具体的なことを書くと長くなるのでやめますが、成人してから40年近く社会の末端で生きてきた人間としての素直な感想です。さらに付け加えるとすれば、人間はイデオロギー(思想)では動かず、実利=利益があるかないかで動く、と確信しています。ただ誤解なきように願うのは、この場合の実利とは「お金」だけではありません。地位だったり、名誉だったり、または満足感や価値観の充足も該当します。簡単に言えば〝幸福感〟を得られるか、に尽きるでしょう。


みな様々な事情がある

例えば、シングルマザーで養育費もろくにもらえなかった人は、それこそ昼夜働かなければ生きていけません。そんな人からすれば、投票に行ったからといって明日から賃金が上がるわけでもないし、半年後や1年後に上がる保証もない。だとすれば貴重な休みを子供と過ごしたいと思っても非難できるしょうか。

例えば、経済的に苦しい大学生がいたとします。親には頼れず、学費も生活費もアルバイトで捻出しなければいけない。シールズの主張には共鳴するけれども、デモに行く時間も集会に参加する時間もない。そんな学生からすれば、確かに投票が大事だと思っても、アルバイトに大半の時間を費やさねばならない境遇に対する虚しさから、そうではない人々につい反目する行動を取ってしまうことがあります。そんな悲しく複雑な感情を私は理解できます。

例えば、経済的理由で大学にも専門学校にも行けず、ただただ生活のために単純労働をしている若者。または様々な事情があるがゆえ、夜の飲食業や風俗で働いている女性たち。彼女たちからすれば憲法改正という言葉は、それはそれは遠い世界の話なのです。付け加えれば、基本的人権と言ったって彼女たちには響きません。なぜなら、すでに侵されているからこそ、そのような境遇にいるからです。

みんな願いは切実です。1年後や2年後のことより、明日や明後日、1週間後や1ヶ月後の方が大事なのです。なぜなら、そんな短期間でも今と同じ暮らしをできるのか、その保証もないから不安なのです。
しかし・・・・。

若い人たちに限らず、私と同世代でも「法治国家」の意味を本当に理解している人は多くありません。私たちの暮らしや生き方、そして未来に「法」は、本当は深く結びついており、その「法」を作るのが議員の仕事であり、運用する行政官を指導・監視するのも議員の仕事です。
「法治国家」とは、国家をより良くするための「法」を作る権利を選挙で選ばれた人間に与え、その「法」に基づいて行政を運営する責任を与えたのです。ですから「国家」に生きている限り、関わりがないということなどあり得ないのです。
投票に行かない人々に、これらのことが届く言葉、もしくは行動とは何か、参議院選挙後も私は考えてゆきたいと思います。

 

安倍政権と、その一派たちが目指す世の中とは

あくまでも私なりの表現ですが、簡単に言えば「経済格差による新たな身分社会を作ろうとしている」でしょうか。その頂点には天皇があり、その制度を支えるという名目で、富裕層を固定化させるのが目的だと考えています。
現在の教育制度は(以前からですが)お金をかけた方が圧倒的に有利です。ですから多少ボンクラでも、お金さえかければ大学までは何とかなる。しかしその後は、本当の意味での競争社会だったら、親の持つ資産も地位も譲り受けることはできません。けれども世の中の仕組みとして確立してしまえば、どんな無能な子弟でも引き継ぐことが可能になります。そのような社会で貧困層に生まれた場合、抜け出すことは容易ではありません。まれに優秀な若者が貧困層から出てくると、遺伝子的には無能な連中が多いので、少しでも有能な遺伝子を取り込もうと財力で引き入れようとします。しかし、それには条件が付くのです。

●決して体制側に逆らわないこと
●富裕層に不利益を及ぼすことは絶対にしない
●貧困層の人々とは付き合わない

最近になって確信に変わってきました。彼らは戦争をしようとか考えているわけではなさそうですが、アメリカに憲法を押し付けられた、戦後レジームからの脱却だと言いながら、日米地位協定を改訂しようというつもりもない。TPPでもアメリカの言いなりです。どうやら本当の意味で独立・自主など目指していないのではないか。要は、限りなく戦前に近い社会に〝戻したい〟だけのようです。そうすれば自らも子孫も、永久に安泰なのだと錯覚しているようです。なんとまぁ幼稚な発想でしょうか。反知性主義と言われても仕方ありませんね。


やはりお願いをします、恐縮ですが・・・。

新しく選挙権を得た10代後半の若者、20代の人たち、そして30代で子育てに従事している人。さらには20代・30代で、これからどう生きてゆこうか迷っている人。
選挙より大事なものがあるのは承知しています。ですから、どうしても投票に行ってくれとは言いません。今回パスしたとしても批判する資格など私にはないからです。こんな世の中にしてしまったのは、紛れもなく私たちの世代だからです。でも、ほんの少しで良いから考えてください。あなたの未来を、あなたのまだ見ぬ子供たちの未来を。数分で良いのです、どうかイメージしてください。そんな社会に近づくためにはどうすべきかを。

個人的な意見ですが福島みずほ氏には、どうしても国会議員でいて欲しいと思っています。その最大の理由は、民主党政権時代の辺野古移設の閣議決定署名を拒否したからです。その結果社民党は政権から離脱したのですが、彼女はこの一点だけでも、おそらく歴史に名を残す政治家になりました。評価されるのは20年後か30年後、いや、もっと後かもしれません。けれども彼女が信念の人であることは間違いありません。衆参含めての国会議員や知事・市長など、多くの政治家と呼ばれる人がいますが、信念に殉じる人がどれだけいるでしょうか。
あっ、1人いました。沖縄の翁長知事です。彼も〝信念の政治家〟と評して良いでしょう。

◆仮に参議院で改憲勢力が3分の2を取ったとしても、まだ弾圧法ができたわけではありませんから十分に戦えます。諦めるのはまだ早い。さらに言えば憲法が改正されて基本的人権や自由が奪われたとしても、まだ大丈夫です。お隣の韓国を手本にすれば良いのです。韓国の人々は武力を用いずに軍事政権を倒しました。私たち日本人だってできるはずです。ただし、その場合は多くの犠牲者が出るでしょう。そうなのです。民主主義や自由や人権を勝ち取るためには〝命を賭けねばならない〟時もあるのです。今はまだ、そこまでしなくても守れるのですが・・・・。
最後に一言だけ。1人区の選挙区の方、どうか野党に入れてください。比例区は好きな政党もしくは個人で。

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中国が攻めてくるって、本当?

参議院選挙まで、あと少しです。
私はテレビを全く見ないので知りませんでしたが、ネットなどで指摘されているのは選挙に関する番組がほとんどないとか。東京新聞でも報じられていましたが、最大の理由は視聴率が取れないから、ということらしいです。真偽はわかりませんが、この国のテレビ局の実態をよく表している現象だと思います。

選挙前にどうしても書いておきたいことがあります。内容はタイトルの通りですが、「安全保障環境が厳しくなった」という理由づけの最大のものが〝中国の脅威〟になっているからです。
ある作家が沖縄に関して「島の一つでも取られてみないとわからないようだ」と、無神経・無定見な発言をしていました。いわゆるネトウヨと呼ばれる人たちも、中国の脅威を真しやかに言っています。でも、本当なのでしょうか?


ソ連脅威論の嘘

結論から言います。中国の軍隊が日本を攻撃することは、万に一つもありません。
その根拠を書く前に簡単に触れたいことがあります。それは1970年代にあった「ソ連脅威論」です。
特に言われたのが〝ソ連の北海道侵攻〟でした。確かに当時は冷戦の最中ですし、ミグ戦闘機が年中行事のように領空侵犯を繰り返していました。何よりも最大の根拠は、第二次大戦末期のどさくさに北方四島を火事場泥棒のように占領した「前科」があるからでした。
当時高校生だった私がこの脅威論に影響されるのも当然です。けれども、ふと思ったことがありました。

なぜ米軍基地が北海道にないのだろう?

この理由が解けたのは数十年後になりました。ソ連の崩壊とアメリカ公文書の開示によって、当時のソ連政府と軍部は日本を含むアジアには興味がなかったこと。さらには北海道を軍事侵攻する装備能力もなかったことが判明したのです。
アメリカはかなり早い段階で知っていたらしく、そうであれば1950年代に北海道から米軍基地がなくなったのも理解できます。当然日本政府にも情報が伝えられたはずですが、どういうわけか「ソ連脅威論」は一向に収まりませんでした。
なぜでしょうか? 
最大の理由はアメリカの意向だと思っています。それは武器を買ってもらうため。だから「ソ連脅威論」にもアメリカは口を噤んでいたのでしょう。

当時よく言われた〝侵攻〟の根拠が二つありました。「領土的野心」と「膨張主義」です。最近も、よくこの言葉を聞きませんか? 
しかし、こんな抽象的な言葉に意味があるとは思えません。最も大事なことは、ソ連が北海道に侵攻してどういうメリットがあるのか、ではないでしょうか。けれども、この疑問を解き明かしてくれる指摘に出会うことはありませんでした。

だいぶ大人になってから軍事史をそれなりに知ったおかげで、ソ連の北海道侵攻が如何に荒唐無稽かを理解しました。考えてみれば簡単なことです。北洋海域は世界でも有数の荒れる(天候不順も含めて)海です。特に冬季では艦船であっても航行が厳しくなるので、そんな海を何千・何万の兵士や兵器を運ばなければならないのです。さらには侵攻がうまくできたとしてもその後の補給がありますから、どれだけの装備と費用が必要になるか。まさか食料や弾薬など、旧日本軍のように全部現地調達をするから大丈夫、なんて言ったら笑い者になるでしょう。

何度も書いていますが地上戦は、どんなに兵器が優れていても犠牲者が必ず出ます。陸続きならともかく、そんな危険な海を渡って、さらには言語も理解できない不慣れな土地で戦闘を行うのです。優れた軍人であればあるほど、北海道侵攻が机上の空論であることをすぐに理解するはずです。
さらには政府(ソ連共産党)にとっては、それだけの代償を払っても得る利益があるのなら考えるかもしれません。しかし北海道を占領したところで、いったい何の利益があるのでしょうか?


中国脅威論の実相

このような前提に立って〝中国脅威論〟を考えてみてください。
中国が、日本の一部を攻撃する・占領する「メリット」とはいったい何なのか中国脅威論を言う人たちは、まずはこの「メリット」を事実として説明しなければいけないはずです。でも、できるはずがありません。できることは「領土的野心」や「膨張主義」、最近では「価値観を共有しない国」というのもありましたが、それらの虚しい言葉を並べるのが関の山でしょう。なぜなら具体的な「メリット」など存在しないからです。

●喉から手の出るような資源が日本にありますか? 
●第二次大戦後のソ連のように日本の科学者を連行しますか?
●それとも日本人を奴隷化しようとしているのでしょうか?
愚かな妄想・空想はいりません。

現実として考えてください。
戦闘行為には莫大な経費が必要です。もし失敗したら、その穴埋めはどうするのでしょうか? さらには空爆だけなら死傷者の出ない可能性もありますが、地上戦ではまずあり得ないので人民解放軍兵士からも犠牲が出るでしょう。その場合、民衆の不満が爆発することは容易に想像できます。
失敗し、何のメリットもなく、死傷者も出た。こんな状況になったら、たとえ一党独裁の共産党でも政権を維持するのは難しくなります。そんなリスクを冒すと思いますか?


なぜ日本は侵略されなかったか?

日本列島の長い歴史の中で、なぜ大和民族は他民族や他国の支配を受けなかったのでしょうか。その理由はたった一つです。四方が海に囲まれているからです。それは21世紀の現在でも変わりありません。
確かに、航空機やミサイルの発達で攻撃自体は容易にできるようになりました。けれども占領や統治といった支配を行うのは人間です。それには海を渡らねばならない。5000人や1万人の人間を運ぶのにどれだけの艦船が必要になると思いますか? さらには運んでいる間に攻撃されないためには戦闘機も必要です。これだけでも、海に囲まれた土地を支配することが如何に大変か、理解できると思います。
それは小さな島でも変わりありません。占領すること自体は簡単かもしれませんが、支配を維持するためには弾薬や物資、そして人間を運ばねばならず、滑走路や港の整備も当然必要でしょう。それらを防御するために多くの兵器や兵士が必要になるのですから、どう考えても割に合わないと思いませんか?


軍隊同士の戦争の時代でない 

21世紀の今日、国と国とが戦う(軍隊同士)可能性は限りなく低くなっているのは間違いないでしょう。基本的には第二次大戦が最後といって良いと思います。しかし同時に、国(軍隊)対ゲリラやテロ、言い換えれば一般民衆との戦いが芽生えた大戦でもありました。その一番良い例が、旧日本軍と八路軍(抗日ゲリラ)です。それはベトナム戦争にも繫がり、イラク戦争にもその姿を表しています。
軍隊同士の戦争は、もう終わったというべきでしょう。21世紀の戦争は、いまやテロリズムなのです。その〝脅威〟の前には、軍隊でさえも無力化しているのが現実なのです。

中国軍と自衛隊が国の存亡を賭けて戦うことなど、現実を冷静に見ればあるはずがないと理解できるはずです。あるのは、軍事力を背景としての〝交渉〟という戦争、言い換えれば21世紀の経済侵略〟だと思います。その一例がTTPです。

保守派もリベラルも、なぜ指摘しないのか不思議です。中国共産党が目指しているのは「アメリカのような国になること」ではないでしょうか。
そのうち脅威を煽った人たちが仰天することが起きるのでは、と私は思っています。それは中国がアメリカから兵器を買うことです。そして日本は、この二大大国の属国として生きればよいと宣告される日が来るかもしれません。


繰り返し書きます。安倍政権や取り巻きの〝嘘〟には騙されないでください。
仮に、尖閣諸島で小規模な戦闘行為が起きた場合、中国共産党にとっては負けが許されないのです。戦闘を始めたら勝たない限り、国民の不満を抑えることができないからです。しかし安倍首相にとってはどうでしょうか。勝っても負けても「やはり中国の脅威はあった」と証明したことになってしまうのです。だから〝煽る〟のですね。

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中国艦船・領海通過報道の意味

領海通過の背景

69日および615日に発生した、中国艦船の領海通過が新聞やテレビのなどでニュースとして報道されました。大半は事実関係だけを伝えるもので、その意味や背景に関しては伝えられていませんでした。その後たまたまだったのですが、週間金曜日と東洋経済オンラインにて、この件についての解説記事を読む機会がありました。
奇しくも二つの記事に共通していることは、日本政府の抗議を筋違いと指摘していることです。
軍事オタクでもない私が解説しても仕方がないので、少し長くなりますが記事を引用します。週間金曜日での軍事ジャーナリスト・田岡俊次氏の記事から、


69日・尖閣諸島周辺の接続水域通過について、
●海洋法条約は幅12海里(22キロ)の領海の外側に、12海里の接続水域を設けることを沿岸国に認めている。(中略)沿岸国は密輸、密入国防止と検疫のために民間船を検査できるが、領海ではないから他国の艦船は自由に通行できる。
だが日本政府は中国艦船が接続水域に入ったことで緊張し、深夜に国家安全保障会議を開き、外務省の斎木昭隆事務次官は午前2時、程永華駐日中国大使を外務省に呼び「緊張感を高める」と抗議、「直ちに退去せよ」と要求した。自宅前の公道を他人が通ったのに怒り、どなり込むクレーマーのような行動だった。


615日に関しては、
●一方、615日未明には、中国の「東調」級情報収集艦(6000t級)が鹿児島県の口永良部島と屋久島西方の日本領海を突き切る事件が起きた。(中略)屋久島西方のトカラ海峡は日本領海内ではあっても、公海と公海を結ぶ「国際海峡」だから海洋法条約により「すべての船舶、航空機が通過通行権を有する」と中国国防部は言う。だが、同条約では外国船舶は海峡通過中に「いかなる調査活動も行うことができない」としている。「東調」級は電波情報収集艦だから、日本領海通行中に電波を受信していた公算は大きい。その証拠はないが、他人の家に盗聴器を仕掛ければ「実際には聞いていなかった」と言っても、盗聴と見なされるのと同様、日本が中国に抗議しても他国は当然と思うだろう。
領海外の接続水域に中国のフリゲートが入ったことは深夜に大使を呼び付けて激しく抗議をした一方、領海を情報収集艦が航行したのには電話で中国公使に「懸念を伝えた」というのは全く逆の対応ではないかと思わざるをえない


なお補足として69日の中国フリゲート艦「馬鞍山」の行動は、ロシア艦の通過を海上自衛隊が監視していた様子を見るために接近した可能性があること。そして615日では、海上自衛隊とアメリカおよびインド海軍が沖縄東方海域での共同演習を実施していたため、佐世保から出たインド艦2隻を追尾していた可能性を指摘しています。さらに記事の最後の方で田岡氏は、海洋法をよく知らない政治家に従ってしまった外務省官僚の〝だらしなさ〟にも言及していました。
東洋経済オンラインの筆者は69日・15日とも合法であると指摘し、やはり抗議については「筋違い」であると書いています。内容について田岡氏とは認識の違いがありますので、この点について言及できるほどの知識が私にはないので、興味のある方は参考までに読んでみてください。

では、いったい何が問題なのでしょうか。田岡氏の指摘通りであれば〝中国が日本を挑発している〟と認識するには無理があることです。

69日のケースは「接続水域の航行」が自由なわけですから、領有権を主張し合っている場所だとしても、そのこと自体が緊張感を高めるとは言えないでしょう。
615のケースでは、田岡氏は合法ではなく「グレー」という認識のようですが、これも日本に対する監視というよりインド艦船の様子を探ったと解釈する方が、より実態に近いと考えるのが自然だと思います。何よりも中国とインドは仲が悪いし、実際に過去に於いて国境紛争を起こしていますから、インド海軍の動向に関心を持つのは当然だと言えます。そもそもこのような艦船の行動は、善し悪しは別にして地球上の至るところの海域で実施されているのではないでしょうか。〝海軍〟という存在がある限り、もしかすると永遠に続く行動とも思えるのです。
このような前提に立てば、近年に於いて特に珍しいことではないのかもしれません。けれども日本政府は、わざわざ時期を選んだ発表したのでは? と勘繰りたくなるのです。何しろ参議院選挙の直前ですし、安保関連法案の正当性を訴えるために〝危機〟があるのですよ、と印象づけようとしていると思えるのです。

さらに630日では統合幕僚長が会見で「空でも海でも、中国軍の活動がエスカレートしている印象を受けている」と発言しました。併せて発表された内容は、4月~6月の戦闘機によるスクランブル回数が1月~3月の回数とほぼ同数になる見通しということでした。この数字だけで考えれば、この時期に特に増えたというわけではないようですし、そもそも過去の数字が報道されていないので、過去水準最高と言及されても比較のしようがないのですから、俄かには信じ難いと思います。
やはり、どうひいき目に見ても〝意図的〟だと感じるのは過敏でしょうか。


軍事問題には冷静な分析が大事

田岡俊次氏は元朝日新聞記者で軍事を専門としている人です。もう56年前だったと思いますが、ある番組で「海自・空自と中国海軍・空軍が戦闘した場合、自衛隊が圧倒的に勝つ」と田岡氏は言っていました。その理由は装備に違いがありすぎるからで、現代の戦闘は武器能力で決まると以前に書いたのも、この発言を参考にしたものです。さらに中国の国防費が増えているのは、最新兵器の前では全く役に立たない古い兵器が多く、新しい兵器に順次入れ替えているが新兵器ほど値段は高いので、国防費(軍事費)が増すのは当然だということです。自衛隊も高度成長期には倍々ゲームのように軍事費が伸びて行ったとのこと。これは経済成長すれば、どこの国でも必然として起きると解説していました。

このように田岡氏は難しい軍事について、わかりやすく丁寧に説明をしてくれるので、10年前以上から記事を読んでいました。何よりも事実に即して冷静に分析しているからですが、今回の件でもそれは健在のようです。
もう一つ付け加えると田岡氏は、だいぶ前から沖縄の海兵隊は必要ないと言っていますが、それに関連してユーチューブ・のりこえねっと「渡瀬夏彦の、うちなー民主主義最前線」の628日放送を、多くの若い人たちに観て欲しいと願っています。元沖縄タイムス論説委員でフリーライターの屋良朝博氏が、海兵隊についてわかりやすく解説しているので参考になると思います。
詳しくは観ていただくとして、みなさんは、海兵隊と人民解放軍が共同訓練している事実とか、海兵隊の役割がテロ対策と大規模災害に対する活動へと変貌していることを知っていましたか。恥ずかしながら私は知りませんでした。これも〝事実〟に基づいて冷静に分析しているのです。


どうか探してください

安保関連法案の前提としていることが如何に実態とかけ離れているか、さらには平然と嘘をついて国民を欺いている安倍政権と支持勢力。正直、空恐ろしくなります。ただ悲観的になっても得るものは何もないので、たとえ小さな声でも上げることが大事だと考えています。
これからの21世紀を生きてゆく若い人たちにとっての現在のマスコミの大半は、伝えるべきことを報道していないので、「真相」を知ることが難しいのは事実です。けれども意識をもって探せば、細々とではあっても伝えている人もいますので、どうかそういうものに接して投票の参考にして欲しいと願っています。


追記

この文章を書いている途中でバングラデシュでの無差別テロの報道に接しました。犠牲になった方々は、さぞ無念だったと想像するに余りあります。私にできることは、ただ冥福を祈るばかりです。
まだ報道等で具体的なことは判明していないようですが、襲撃の目的として日本人を狙ったのか、それとも不幸と偶然が重なっただけなのか。もし前者だとしたら、多くの人たちの懸念が現実となってしまったようです。もう世界中のどの国に行っても、無差別テロに巻き込まれる可能性と、日本人だから狙われないという状況もなくなったと考えるべきなのでしょう。
正直、テロと戦うと言われても具体的にどうすべきか、私には見当もつきません。基本的には危険性の高い国や地域には行かないことでしょうが、私たちが暮らす日本では起きないという保障はありません。しかし、わずかだとしても危険性を減らせるとすれば、それは〝アメリカの手先〟と見られないことでは、と思えてなりません。
犠牲になった方々の冥福を心からお祈り申し上げます。合掌

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もうすぐ老人と呼ばれる年齢になりました。
今までオートレース・ギャンブルについて書きましたが、今の日本の状況を考えると、たとえ影響力がなくても、もしかしたら若い人たちに響いてくれたら、という微かな希望を持ってブログを続けようと思います。
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