この国の未来を考える

報道機関としての最低限の使命を果たしてくれませんか?

なぜ基地建設に反対するのかを理解しない人たち

沖縄県・高江でのヘリパッド建設反対に対する〝差別言動〟が表面化しました。大手メディアも取り上げているので詳細には触れませんが、一つだけ指摘をしておきます。
普段から使用していない言葉が興奮したからといって、どうして出てくるのでしょうか? さらには他の人が使っていたから、つい口に出た・・・とか。差別用語との認識がなかったは論外として、皆さんはどうですか? 日常的に使っている言葉だから、日常的に思っているから興奮したときに出てくるのではないでしょうか。ただし、その言葉を通常なら使ってはいけないと認識しているだけだと思うのです。府警機動隊員も同じでしょうが、問題なのは、それこそが差別意識なのだと理解していないことです。

〝差別言動〟以上に驚かされたのが松井大阪府知事です。発言を伝えた記事の中に「北部訓練場返還のためにヘリパッドを作っている。これは沖縄のためだ・・・」というような内容がありました。しかしこれは間違っています。返還が予定されている場所は米軍がジャングル戦の訓練をするためのものですが、現在はジャングル戦を想定するような時代ではありません。ですから米軍にとって無用になったから返還するのです。ところが、無用ならそのまま返せばよいのに6つのヘリパッド建設を要求したのです。それもオスプレー専用基地として。

沖縄の人たちが反対する理由の一つとして、ヘリパッドは新しい能力を要した基地であり、これを許すことは恒久的な新基地容認につながると懸念していることがあります。そして沖縄の人々は必ずこう叫びます。
「私たちから基地を望んだことは一度もない!」
辺野古も高江も理由は同じです。どうやら松井知事は、こんな初歩的なことすら理解していないらしい。この人の見識の低さが露見していますが、大阪で起きた韓国人に対する差別事件を考えると、大阪府のトップがこれでは不思議ではないのかもしれません。それにしても反権力・自由・開放的という大阪のイメージは、もう過去のものなのでしょうか・・・・。

理解ができない、理解をしようとしない人たちに声を大にして言いたい。
なぜ、日本という国の都合のために沖縄の人々が犠牲にならなければいけないのですか? 新潟知事選のときにも書きましたが基地問題と原発の構造は同じです。どこかの地域の犠牲によって成り立つなど、こんなバカなことをいつまで続けるのでしょうか。


報道機関としてやるべきこと

高江・辺野古を象徴とする沖縄の米軍基地問題は重要な局面に入ろうとしています。けれども日本の新聞・テレビは常駐記者を配置していません。東京から〝遠い〟ということもありますが、恒常的に報道しているのは沖縄の地元紙と地元放送局、IWJやのりこえねっと、そして、ごく普通の市民たちです。
取材をするのに費用が掛かるのは当然ですが、特にテレビの場合はライブ中継でなくても1ヶ月で500万円程度が必要だそうです。それを考えれば東京のキー局が二の足を踏むのは理解できますが、新聞社はどうでしょうか。たった一人で良いのです。常駐記者を置いたとしても経費はたかが知れています。編集委員や社会部のエースを投入しろとは言いません。新人で十分です。
やるべきことは、何があったのか、誰が何を言ったのか、そして何が起きようとしているのか、それを、ただ記録すれば良いのです。メモでも動画でも使えるものを全てで。記事にするかどうかは本社で判断しても構いません。

報道機関の最低限の仕事は「記録」です。ジャーナル(journal)という言葉には記録という意味も含まれており、その積み重ねが新聞や雑誌などの定期刊行物と表されるようになったと、何かの本で読んだ記憶があります。先日亡くなった「むのたけじ」氏も言っていました。続けることが「ジャーナル」になると。
朝日新聞や毎日新聞の腕章をした記者がそこにいるだけで、警察にどれだけのプレッシャーを与えるかを想像してください。ただし反対側の立場になれとか、政府側になれとか、そんなことは言いません。私の望みは、新聞社として高江や辺野古で起きていることを記録する使命を果たしてほしいだけです。それは20年後や30年後、さらには50年後に貴重な資料としても残ってゆくからです。
沖縄という地で警察や自衛隊を使って政府が何をしたのか、それに対して沖縄の人々はどう行動したのか。これらの記録は沖縄の報道機関だけが残すことではない。あくまでも〝日本の問題〟である以上、日本の報道機関もやるべきことなのです。
 

戦え、とは言わないが・・・

1022日、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が沖縄における報道の自由侵害を懸念する声明を発表しました。詳細は下記の通りです(沖縄タイムス+プラス1より)
記者拘束「危険な先例を作った」 国境なき記者団の沖縄声明全文
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/67867
はっきり言って「恥ずかしい」の一言です。私の記憶では、海外の機関から日本に対してこのような声明が出たことはないと思います。安倍政権のメディアに対する横暴は確かにひどい。しかし、このような声明を出されてしまう方にも問題があります。

経営と編集が分離していない日本の報道機関の問題点は昔から指摘されています。この件に関しては別の機会で書くつもりなので今回は省きますが、一言で言えば、その社会を反映する以上の報道機関は持てない、ということです。その国民の民度を反映した以上の政治家を持てないのと理屈は同じです。
日本の大企業を参考にすれば、もっとわかりやすい。経営に失敗してもコンプライアンス違反を犯しても、役員たちが責任を厳しく問われることもなく、部下や下請け企業に押しつける。その最大の例が東電です。自らの失態を税金で賄おうとしている。利益を上げたときは自分たちの懐へ、損失を出したときは税金で・・・・。これならどんなに無能な人間でも経営できる。だから色々な人々が東電に群がるのですね。
報道機関、特に新聞社も「会社」ですから、日本社会の例外になるはずがありません。けれども、たとえそうであっても報道機関としての責務だけは果たしてほしいのです。

私と同世代と思われる朝日新聞と毎日新聞の役員たちよ、出世のために記者としての魂を売ってしまったかもしれないが、あなたたちが在籍している「会社」は〝新聞社〟なのだ。戦え、とは言わない。その度胸がないことぐらい承知している。だが新聞社としての責務だけは果たすべきだ。その方法は〝心ある記者たち〟の邪魔をしないこと、それだけで良い。

もう一つ付け加えます。二社の労働組合から編集幹部と経営側に提案してくれませんか?
東京新聞は琉球新報と提携して定期的に記事を掲載していますが、そろそろ独自に常駐記者を派遣する時期に来ていませんか?

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新潟知事選の結果と解散風

新潟知事選の結果は喜ばしい結果になりました。しかしこれで再稼働が完全に止まったわけではないので今後の動向を注目したいと思います。


さて、選挙の内容を少しだけ振り返りましょう

市町村別の得票数を見ると柏崎刈羽原発に近い地域ほど森氏が多く、離れるほど米山氏の方が多くなっており、新潟市ではすべての区で米山氏が上回っていました。実に興味深い結果ですが、詳細は〝あの〟新潟日報にありますので参考にしてください。
http://www.niigata-nippo.co.jp/feature/chijisen2016/
(新潟日報知事選2016で検索しても出てきます)

もう一つは朝日新聞の出口調査の結果としてWEB版に出ていたのですが、森氏の投票した人の多くは20代~40代の男性で、米山氏の場合は40代~60代の女性が多かったとありました。これは5千人弱という数値ですので実態をどの程度反映しているかわかりませんが、相対的に女性は米山氏に投票した人が多かったようです。
以上の二点から考察すると、まず原発に近い地域の投票行動については柏崎市長と刈羽村村長が森氏支持ですので当然と言えば当然ですが、これは原発再稼働そのものが生活に直結している、もっと端的に言えば「経済的利益=お金」ということを表していると思います。その反面、原発から遠い地域での生活に直結するという意味は、経済的利益よりも「安全」と解釈して良いでしょう。ひとたび放射能汚染されればどうなるか、現在の福島を見ればわかることですから何を優先させているか考えるまでもないことです。

「経済」や「利益」よりも安全で健やかな生活を望むのは女性の方が多いと思います。なにしろ胎内に生命を宿し、誕生させて育てることに直面するのですから「安全」が何よりも大切です。子供が育ってゆくためには健やかな世の中も必要です。
今回の投票行動は少し乱暴な棲み分けになるかもしれませんが、男性は仕事などの経済的利益を望み、女性は安全や健康などの穏やかな生活を望んだ、と私は思っています。けれどもこれは、そもそも対立する考え方なのでしょうか? むしろ経済的利益を持続させるためにこそ「安全」で「健やかな」な環境が必要だと思うのですが。
多くの人が原発に代わるエネルギー源を提唱しています。もちろんすぐには実現できないとしても、本当の意味での「利益」を人間や社会にもたらすのはどちらでしょうか。

 

時代錯誤の自公陣営

東京新聞・本音のコラムで斎藤美奈子さんが指摘しているのですが、投票日前日の新潟日報に掲載された両陣営の意見広告が実に対照的でした。
米山陣営「いま問われています 再稼働YesNoか 真剣に考えてください」
森陣営「国から見放されない新潟県を!! 国との太いパイプをもつ新潟県を!!」

思わず笑ってしまいました。森陣営の文言を考えた人の見識を疑ってしまいます。おそらく広告代理店のコピーライターでしょうが、これほど新潟県民をバカにしている言葉はありません。国から見放される、とはどういうことなのでしょう・・・現在の沖縄県のことを言っているのでしょうか。確かに沖縄に対する差別は異常ですが、これは、言うことを聞かなければ沖縄みたいになるぞ、という「脅し」なのでしょうか。もしそうなら〝最低!〟と言っておきましょう。
しかしこれでは森氏が負けるのも当然です。要するに安倍政権の言うことを聞けば「仕事=金」を与えますよ、と言っているのに等しい。こんなことを言われたら、まともな人間なら反発するのが当り前です。

52万人の新潟県民は安倍政権の奴隷になることを拒否しました。もちろん森氏を支持した46万人が承諾したわけではありませんが、悲しいことに、それだけ切実だということは間違いないのです。そんな人々の足元を見るような意見広告には、呆れを通り越して怒りさえ覚えます。

 

民進党も連合も、全ての選挙で自主投票にしたらどうですか?

連合新潟の事務局長がIWJのインタビューに驚くべきことを言っています。詳細は省きますが要点は、「原発問題に特化した候補は、連合新潟としては応援できない・・・」と言っていることです。
連合新潟の言い分は、連合のエネルギー政策の方針との兼合いや労働問題と人口減少への取り組みなどもあり、原発に争点を絞った候補は支持できないということのようです。大変申し訳ないのですが、連合の原発に対する方針を私はあまり認識していなかったのですが、規制委員会がOKを出した原発の再稼働は容認しているようですね。もし間違っていたらごめんなさい。
けれども連合新潟は何もわかっていません。原発問題に特化、という表現すること自体がおかしいのです。原発を続けるのか、全てを廃炉にして撤退するのかは、まさしく国策の根元ではないですか。これは21世紀の日本社会をどう作るかという問題なのです。ということは人口減少問題も産業衰退も全て関わってくるのです。

新潟県の場合では人口減少と県内産業の衰退という現状で、原発を認めるのか、それとも原発をなくすのかを選択することは、これからの新潟県の未来とビジョンを決めることではないでしょうか。
再稼働をすれば、どう言い訳しようがそれは存続であり、再稼働を認めないということは基本的に撤退の方向に向かうということになります。くれぐれも言っておきますが、100%安全な原子力防災などありえません。必ず誰かが被害を受けます。だから泉田知事は再稼働に厳しい姿勢を取り続けたのではありませんか。
原発に対する姿勢をはっきり決めないと民進党も連合も存在意義がなくなりますよ。まぁ民進党に関しては、すでになくなっているけど。だって民進党を離党した人が他の野党の応援で当選したのですからね。

 

衆議院の解散が取り沙汰されています

鹿児島と新潟の知事選では安倍政権に冷水を浴びせましたが国政選挙での現状は厳しいと思います。小選挙区では無党派層の絶対数が少ないので「生活に密着する=金」の要素をばらまく与党系が強いのは否定できません。
野党側(民進党はどうでもいいですが)は、あくまでも、安全で健やかな生活を望む人々をターゲットにして今までの社会の在り方とは違ったものを提示すべきだと考えます。高度成長やバブルのようなことは、もう二度と起きないことを誰もが知っています。目先に捉われずに自分たちの子供や孫が健やかに暮らしている日本とはどういう社会なのか、それを示すことができなければ与党が再び圧勝するでしょう。
だからと言って理念だけが先行しても説得力がありません。まずは具体的なことを示すべきです。例えば、
●原発から撤退するかどうかは国民投票で決める。現段階では再稼働は一切認めない。
●辺野古移設工事の中止。
●普天間基地無条件返還をアメリカに申入れ。
●失業保険手当を増やして期間も延長する。その場合の条件は、新たな仕事に従事するための再教育が前提。

私は常々思っているのですが、昭和30年代の自民党の方が今よりも低所得者層のことを考えていたのではないかと感じています。当時は全体の底上げが必要でしたから、ある意味当然とも言えますが、現在の日本の状況も中間層や低所得者層の底上げが必要ではないでしょうか。
失業保険の給付額と期間の延長を実施すれば少なくともブラック企業は崩壊します。そんな会社はさっさとやめて、未来に希望を持てる仕事に就けるように国が後押しをする。もちろん一時的には支出は増えるでしょう。けれども軍備や自衛隊派遣に費用を使うぐらいなら、こちらに使う方がよっぽど国家のためになると思いませんか?
再教育を受けた人間が新たな仕事に従事し、そこで税金を払う。正社員になれば将来の計画を立てることもでき、結婚や子供を育てることも望むことができる。税収の増加と人口減少への歯止めになると思うのですが・・・・。
旧民主党が政権を取るときに掲げた、「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズは正しいと思います。今こそ「人に投資すべき」ではないでしょうか。野党側にとっての答えはここだと私は考えています。

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2016年・新潟県知事選挙の意味

1016日は新潟県知事選挙の投票日です。
自公推薦の元長岡市長の森氏と元民進党新潟県支部長の米山氏との一騎打ちで、現在では接戦が予想されていますが、この選挙の最大の問題は泉田現知事が出馬を見送ったことです。
私自身は泉田知事について詳しくありませんが、原発再稼働に関しては非常に厳しい見解を持っている知事、という印象があります。その程度の認識で大変申し訳ないのですが、これも原発立地がされていない地域の住民の特性でしょうね。けれども今回の選挙に関心を持ったのは撤退の経緯が異常だったからです。

 

新潟日報の異常性

通常、県を代表する新聞は余程のことがない限り、知事側もしくは議会の多数派側に立ちます。別の言い方をすれば地元経済界の押す政治家や政党とは敵対しないのが普通です。なぜなら広告収入に頼っているからですが、そのような観点からすれば今回、新潟県を代表する地元紙である新潟日報が執拗に泉田知事を追求したことは特筆すべき事態なのです。公称は45万部ですから、新潟県のあらゆる分野に対する影響は決して小さくありません。どうやら新潟県の経済界は泉田知事には降りてもらいたいと願っているようですね。どうやら連合も同じらしい。電力労連の影響が強いのかな?
泉田知事が撤退の要因にあげたのは「新潟日報」との関わりでした。日本海横断航路の船舶購入トラブルについては私自身が把握していないので、ここでは省きますが、問題なのは新潟日報の対応が報道・言論機関とは思えないことです。
参考としてIWJの泉田知事に対するインタビューを是非ご覧になってください。新潟日報とのいきさつだけでなく、原子力防災や事故が起きた時の避難計画について非常にわかりやすく語っています。IWJの好意で会員ではなくても観ることができるようになっています。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/337783
「ドラム缶に入って川に浮かぶ」という陰湿な恫喝が――。新潟県知事選への出馬を撤回した泉田裕彦知事に岩上安身が単独インタビュー! 地元紙「新潟日報」との確執や米山隆一・野党統一候補の応援の可能性にせまる! 2016.10.11

今年に入ってから東電の広告が5回にわたって掲載されたとのこと。泉田知事はそれらの金額を知りたいと発言していましたが、確かに象徴的な出来事です。
なぜ新潟日報は県側の反論を掲載しなかったのか。調査報道をするのは自由ですが、少なくとも45万部も発行している新聞社が反論を掲載しないのは言論機関であることを自ら放棄しているのも同然です。
要するに週刊誌や岩上氏も指摘している通り、泉田知事の追い落としであることは明らかでしょう。原発再稼働について厳しい現知事をなんとか交代させたい「東電」と「現政権」と「自民党」、そして「電力労連」。
ここへ来て流れを感じた民進党が米山氏の応援に回ったようです。今さらと呆れるばかりですが、応援しないよりは「まし」なので良かったとしましょう。


原発が本当に利益をもたらすのか?

東電マネーは、きっと魅力的なのでしょうね。けれども柏崎刈羽原発が再稼働したとしても新潟の経済に利益をもたらすのでしょうか? 経済だけでなく県民に対して利益を本当にもたらすのでしょうか?新潟県の出している統計では他の地方と変わりなく、人口減少と製造業や第一次産業の衰退が顕著になっています。冬場に雪の降る地域が多いこと自体も不利ですが、日本の経済構造を根本的に変えない限り地方の衰退は止めようがありません。けれども自公の推薦候補は、産業の推進や新幹線を「日本海」に沿って作るなどと、企業誘致と公共事業という20世紀型の政策を相変わらず繰り返しています。どのような政策を取ろうと、ここ数十年は人口が減ってゆくのを止めることはできません。そのような状況の中で県民の生活を維持し、できれば向上させるのが県知事の役目だと考えます。では、
●原発再稼働が県民生活向上になるのでしょうか?
●新潟県に原発が必要なのでしょうか?
●柏崎刈羽原発が再稼働しても、その電力は首都圏に送られると聞いています。それだけのために新潟県民の安全が脅かされる必要があるのでしょうか?


立場が人を作る

泉田知事の経歴を見れば、いわゆる体制派の人であることは間違いありません。なにしろ経産省官僚ですから当初は原発推進派だったのでしょう。しかし「立場が人を作る」という言葉がある通り、新潟県知事という立場が泉田氏を変えたのでは、と考えています。それは中越地震、そして東日本大震災での福島原発事故を目の当たりしたことが大きいのでしょう。これは現実の問題として住民を安全に避難させる役目を知事が負っているからです。その観点からの発言は、どれも正論で議論の余地がないものです。職務に忠実であれば泉田知事の考え方になるのは当り前のことです。これには思想など全く関係がない。小学生でもわかる理屈です。

 

選択の重要性

新潟県民の皆さん、あなた方の選択はとても大きな意味を持っています。もし自公が推薦する候補が知事になれば間違いなく柏崎刈羽原発は再稼働するでしょう。確かに事故やテロの起きる確率は少ないかもしれません。けれども絶対はないのです。その時に再稼働するべきではなかったと後悔しても遅いのです。酷な言い方になりますが、選んだのは新潟県民ではないか、と言われてしまうからです。
改めて考えてほしいのです。首都圏の住民のために、なぜ、あなた方の安全が脅かされなければならないのか。そんな理由はどこにもないとは思いませんか?
原発立地の問題と沖縄の基地問題の構造は同じだと、最近つくづく実感しています。ですから、他の原発立地の地域で反対している人たちを後押しするような結果になることを期待してやみません。

 

もし再稼働するなら一万歩譲って、放射能漏れ等があり住民に被害が生じたら、原発関係者全てに刑事罰を与える法律を制定するべきだと考えます。関係者とは、原発所有企業の役員全員、経産相と部長以上の管理職、総理大臣と県知事と市町村の首長などかな。皆さんはどう思いますか?

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スタンディングオベーションと南スーダンの自衛隊

「賛美」することの意味

安倍首相の所信表明演説の際に起きたスタンディングオベーションについては様々な論評や反応がありました。私は映像を見ていないのですが、もしテレビ等で見ていたらと思うとゾッとします。吐き気を催してトイレに駆け込んだかもしれません。ただ、この報道に接した時に思い出したのは湾岸戦争(第1次イラク戦争)時のアメリカでした。
テレビのニュースだったと思いますが、メジャーリーグの試合を始まる直前に、選手や観客たちが胸に手を宛て祈っている姿が映っていました。おそらくというか間違いなく、兵士たちの無事を祈り、さらには敬意を表しているのでしょう。

こういう光景を〝憧れている〟政治家や保守の人たちがいます。しかしこれは、国家のために戦場へ赴き、そこで〝武器を使って戦う〟兵士たちへの賛美です。それがいけないのか、という人がいますが、では他国の軍隊に殺される側の立場から見たら、どう感じるのでしょうか。夏の甲子園で815日に戦没者に対して黙祷を捧げるのとは違うのです。亡くなった人々への慰霊ではない、これから「殺し、殺され、破壊し、破壊される」可能性が極めて高い人々への〝悲しい祈り〟なのです。

 ベースボールを始める前に「祈った」のアメリカ人たちはイラク戦争の実態を知った時に何を思ったでしょう。第1次イラク戦争はアメリカの騙し討ちみたいなものだし、第2次イラク戦争では大量破壊兵器があるという前提でしたが実際はなかったことが証明されています。
いったい何のための戦争(侵略?)だったのか、アメリカの人たちにとっての「祈り」は何だったのか、結局は兵士も国民も国(政府)に騙されただけではないのか。

私はアメリカ国籍ではないし、アメリカという国家に忠誠を抱いているわけでもないから、アメリカ国民がどう考えているのか知りません。けれども日本という国家、または安倍政権でも良いでしょう、一人の日本人として考えるとこうなります。
日本の領土ではない地域で自衛隊員が命を落とす、または自衛隊員が他国の人々の命を奪う、それでも私たちは〝悲しい祈り〟捧げなければいけないのだろうか。


政治家の仕事とは

自衛隊や海保や警察の人々が「命懸け」で任務に取り組んでいることは承知しています。自衛隊なら災害時での活動、海保なら海難事故での救助、警察なら凶悪犯に対して身を呈すこともある。これらの活動に〝敬意を持たない日本人〟などいないはずです。しかし今の日本の現実は、領土でない地域にPKOと称されて派遣される自衛隊、海難救助を引き起こすような他国船への取り締まり、基地建設反対者を「災害救助」などと称してロープで吊るす警察。残念ながら私は、これらの行為・活動に敬意を持つことはできません。

公僕ではないけれど社会を支えている人々は民間にたくさんいます。例えば下水管の保守や清掃をする人たちです。夏のゲリラ豪雨時に予想以上の雨水が流れ込み、作業員が死亡したことがありました。幸いなことに今年はありませんでしたが、多くの人たちは忘れている、否、意識すらしていないのです。こういう人々がいなければ、都会など途端に排水機能が低下して大変なことになるのです。
私は原発反対だけど、送電線の保守管理作業をやっている人たちもそうです。安全対策はしっかりやっていますが一歩間違えば命はありません。彼らも日々社会に貢献していますが、安倍首相はそのような人々に対して一度でも敬意を表すべき、などと言ったでしょうか。

現在の政治家が本来やるべきことは下記のようなことだと考えます。
●自衛隊が専守防衛に徹する政治状況を作ること
●海保の警戒が必要ではない、より安全な漁業海域にするよう交渉すること
●基地反対者の強制を警察に委ねるのではなく、反対者に耳を傾けて話し合うこと


南スーダンの実態

私が高校二年生の時にベトナム戦争が終わりました。ベトナムのアメリカ大使が米軍機で逃げ出す映像を今でも覚えています。日本から近いということがありましたが、この頃までは日本の報道機関も「戦争」について報道していました。しかしPKOという名目で自衛隊の派遣されるようになってから二十年以上経過していますが、意図しているのか、それとも国の制約なのか、報道機関によってPKOの実態が知らされる機会は極めて少ないと言えるでしょう。
そして、いよいよ安保法制の運用が始まります。自衛隊による「駆けつけ警護」「宿営地の共同防護」という名の、実質的には戦闘行為と考えて間違いのない現実が南スーダンで起きようとしています。しかし南スーダンの現状は政府見解とは大きく異なっているようです。それを最近の記事で知りましたが、もし事実であればPKO派遣条件をクリアーしているとはとても思えません。

参考として二つの記事を提示しておきます。一つ目は、シカゴ・トリビューンが掲載したAP通信記者による記事(IWJからの引用で仮訳もあり)。もう一つは毎日新聞の記事で、URLは下記の通りです。ちなみにIWJは会員でないと全てを読むことができませんが、少なくとも状況だけは理解できると思います。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/332104
IWJ追跡検証レポート・前編】兵士の性犯罪が相次ぐ南スーダンで自衛隊が「駆けつけ警護」!国連平和維持軍は助けないどころか自らレイプ…これが戦地の現実!稲田朋美防衛相には見えていない? 2016.9.16

http://mainichi.jp/articles/20160902/dde/012/010/022000c
続報真相 南スーダンへの自衛隊派遣 空論でなく現実見よ(毎日新聞)

IWJの仮訳の一部を引用・掲載します。
2016816日 シカゴ・トリビューン Rampaging South Sudan troops raped foreigners, killed local journalist; U.N. didnt help

銃口を突きつけられた女性は非武装。一般市民である。その女性はその後、夜になるまで15人の南スーダン政府軍の兵士にレイプされ続けたという。その女性を含む援助団体の外国人職員が多く滞在していた宿泊施設には、711日、首都ジュバで反政府軍に対し勝利をおさめた政府軍がなだれこみ、4時間にわたって殺戮、レイプ、暴行、強奪、処刑の真似事などの暴虐の限りを尽くした。

何よりも衝撃的なことは、襲撃されていた4時間もの間、助けを求められた国連平和維持軍が、一切応じようとしなかった、と伝えられていることである。国連平和維持軍の駐屯地は、襲撃された現場からわずか1.6km程度しか離れていなかった。すぐに応じていれば、多くの市民を守ることができていたかもしれない。にもかかわらず、国連平和維持軍は、拱手傍観して、必死で助けを求める市民を見殺しにした。結局、事件の鎮圧にあたったのは、南スーダン軍の治安部隊や民間警備会社だったのだ。

 

自衛隊は何をさせられるのか

この記事の通りであればPKO派遣5原則に反していることは明らかです。けれども一番問題なのは安全なのかどうかではありません。IWJと毎日新聞の記事を読めば理解できますが、国連平和維持軍や他国のPKO派遣部隊も現実としては戦闘を極力避けていることです。場合によっては住民を見殺しにしているケースもあるようです。善悪の判断は私にはできません。しかし南スーダンの実態が政府の見解とは全く違うのは確かなようです。
では、自衛隊の新しい任務はこの現実にどう立ち向かうのでしょうか。「駆けつけ警護」と言うのですから助けを求められたら戦わねばならない。戦闘当事者の一方が自衛隊の宿営地に逃げ込もうとしたらどうするのでしょうか。追い返すのか、それとも引渡しを要求する相手と戦うのか・・・・。いずれにしても無事では済まないことは間違いありません。

問題は、こんな状況下で新しい任務を付け加える目的はいったい何なのか、を考えざるを得ません。私の認識は、戦死者が出るのを秘かに願っているとしか思えないということです。そしてその事実が国民世論をどう導くか見極めようとしているのではないか。自衛隊への賛美と同情が多ければ九条改憲へと一気に進もうとする。まさしく政治家の思惑によって自衛隊員の生命が奪われかもしれないのです。
このように考えるのは私の独りよがりでしょうか? けれどもスタンディングオベーションという見え透いたパフォーマンスの理由はこれ以外考えられないのです。特に若い人たちは真剣に受け止めてほしい。自衛隊員の志願者が減れば、間違いなく徴兵制を導入されますよ。そして国家のためという言葉で煽られ、戦前のように自由もなくなってしまうのです。


「悲しい祈り」を実現させないために

現在の日本で一番求められることは報道機関が南スーダンに行くことだと思います。現状を国民に知らせ、PKO派遣の必要性が本当にあるのかを調べる。さらには「駆けつけ警護」と「宿営地共同防護」を実際に行った場合の影響も伝える。自衛隊を派遣させている以上、これらは日本の報道機関の義務ではないでしょうか。危険だからといってフリーの記者に任せているだけではダメです。この報道こそ「知る権利」であり、どのような報道機関であれ、国民の知る権利を守らなければいけないはずです。
国益に反する報道をしてはならない、と言う人がいます。ニューヨークタイムズもワシントンポストも報道する時は、絶えずアメリカの国益を考えると言われていますが、では国益とは何でしょう? 私は「国の利益」ではなく「国民の利益」が最も大切だと考えています。自衛隊員とて国民です。その生命が侵されそうな時の報道機関の役割とは何でしょうか。自衛隊員の生命を守ることも報道機関の義務ではないでしょうか?

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Author:カイトアキラ
もうすぐ老人と呼ばれる年齢になりました。
今までオートレース・ギャンブルについて書きましたが、今の日本の状況を考えると、たとえ影響力がなくても、もしかしたら若い人たちに響いてくれたら、という微かな希望を持ってブログを続けようと思います。
偏っていると感じるかもしれませんが、私は個人ですので、ご了承の程をお願いします。

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