この国の未来を考える

反対者を抹殺しようとする日本という国

品性の欠片もなく日本語能力も疑わしい、この国の官房長官

私は、森友学園事件が表面化した際に自らのブログで下記のように書きました。
国有地格安払下げとヘイト幼稚園と安倍首相、そして昭恵夫人 2017.2.13)より一部抜粋

▲これは私の推測ですが、仮に事件になったとしても「近畿財務局の担当者」を犠牲者にしようという意志があるのではないでしょうか。もしかしたら関わった政治家たちとも、その線で話がついているとか・・・・
恐ろしいことですが近畿財務局の担当者の方に言っておきます。もしそのような時は全てをブチまけましょう! 心ある国民が、必ずあなたを守りますよ▲

 

 残念ながら森友学園事件では内部告発はありませんでしたが、まさか文科省に飛び火し、そこのトップであった元事務次官の証言が出てくるとは思いませんでした。しかしこれは極めて大きな出来事と言えます。それは退職したとはいえ事務次官経験者が、現政権の致命傷になるような証言をしたことなど、戦前戦後を通じて一度もなかったからです。
 前川元文科省事務次官については後述しますが、その前に基本的なことを指摘しておかねばなりません。

 

「文書の存在を確認できなかった」と文科省が言っている。だから行政文書としても、またはそれ以外の物としても、もともと存在していないのだから指摘されたような事実もない、と、この国の官房長官が言い張っています。さらには個人のプライバシーまで暴いて人格攻撃を記者会見でやりました。
 過去を振り返っても、こんな低劣なことをやった官房長官を私は知りません。しかも言語能力や論理性も持ち合わせていないのです。その証明として官房長官の一連の言い訳をわかりやすく表現してみました。

 

お母さんからテストを見せなさいと言われた小学生が、こう答えます。
「ランドセルにテスト用紙を入れたと思うけど、探しても見つからなかった。だから、もともとテスト用紙はないし、テストもやっていないよ!」
呆れたお母さんが、こう問います。
「部屋の机の引き出しは探したの? それとも学校に忘れてきたんじゃないの?」
悪びれもせず小学生は、
「自分の部屋は探していない。学校にあるのかどうかもやっていない」
「どうして?」
「だって必要ないから」
さて、お母さんはどうしたら良いのでしょうか?

 

 お母さんを国民に置き換えてください。生意気な?小学生が安倍政権です。どうですか? ピッタリではありませんか?
 虐待はいけないけれど、まぁ大抵のお母さんなら手を上げそうです。そこまでしなくても厳しく叱るでしょう。もし私なら、たとえ泣きわめこうが暴れようが「テスト」を持ってくるまで許しません。たぶん食事も与えないでしょうね、たとえ虐待と言われても。

 

「確認できないことは無かったことなる」と学校で教わった人はいますか? そんな人はいませんよね。なぜなら、こんなおかしな論法は日本語には存在しないからです。まぁ他の言語でも同じでしょうけど。
 もっと簡単に言いましょう。例えば「見当たらないから今のところは無い」と表現することは日常生活でもあると思います。この場合は、あったはずだけど何処に置いたのか忘れたのであって、存在そのものを否定しているわけではありません。しかしもう一つの解釈ができます。それは、見たような気がするけれど勘違いかもしれない、というものです。この場合であれば存在そのものが疑われます。

 

 ところが官房長官は、調査が十分であったのかどうかも検証せずに、文書が見当たらないのだから存在しないのだ、と言っているのです。しかも、文書が存在しないのだから書かれている内容も事実ではないと、整合性をまったく無視して論理を飛躍させて・・・・
 そしてその傍証は、なんと内閣府の職員が否定しているからという証言のみで、その他の〝証拠〟を何一つ提出していないのです。まぁ、したくてもできないのでしょう、なにしろ内閣府側の記録が〝無い〟ようですから。

 

 実に困ったものです。この論法が通じるのなら、前述した「生意気な小学生の言い分」が通ってしまいます。
 全国の教員のみなさん、または全国の親御さんたちよ、どうしますか? これじゃ「しつけ」や「教育」どころじゃありませんよね。それなのに日本の伝統がどうたらこうたらとか、愛国心や郷土愛を育もうとか。よく言うよ、って感じです。だって自分の都合が悪い時は「ウソ」を突き通して「ごまかす」ことを政府が実践しているのですから。それを官房長官が体現しているのです。実に醜悪で、知性も品性もない行為だと思いませんか?

 

 

問題点のすり替えは安倍政権の常套手段

 先に結論を書いておきますが、前川元事務次官に対する行為は「共謀罪」施行後の世界を先取りしていると言えることです。
 なぜ人格攻撃をするのか? 答えは一つ、反論も反証もできないから。
 もし前川氏の言っていることが「ウソ」だとするなら、それこそ国会に喚問して偽証罪で告発すればよいではないか。絶対多数を持っている自民党なら可能なはずだ。告発は全会一致が原則としているが、数々の慣例を無視している現在の自民党なら、どんな無理でもできるではないか。
 もう一度問います。なぜ証人喚問をしないのか?

 

 改めて言いますが「加計学園疑惑」の問題は文書の有無ではありません。学部新設の認可に正当性があるのかどうか、あるとするのなら、前川氏が指摘した〝四つの条件〟を満たしている〝証拠〟を提出し、全国民が納得できる説明をすればいいのです。
 しかし、お友達だからという理由で便宜を図り、さらには首相権限を行使して、本来なら認められないものを無理に押し通したとするなら、行政が捻じ曲げられたと言われるのは当然ではありませんか。

 

 菅官房長官は「批判は当たらない」とか「指摘された事実はない」と、オウムのように何度も繰り返しているけれど、何が〝当たらない〟のかを説明したことなど一度もありません。さらには内閣府の職員や安倍首相が、指摘されたような言動をしたことはないと言っていますが、それを証明できる「文書」を示したこともなく、終始「証言」のみなのです。この程度の説明で、政府の言っていることが正しい、だから信用しろと言われても、余程のお人好しでない限り無理というものです。

 

 

前川氏への攻撃は「共謀罪」施行後に日常的に起きること

 前川氏への批判形態は大まかに言うと二つあります。一つは人格攻撃をして、この人物は信用に値しないという印象操作です。もう一つは、なぜ現職の時に言わなかったのかというものですが、この言説については「ちゃんちゃらおかしい」と言っておきましょう。

 

 まずは、なぜ文科省だけ天下り問題が表面化したのでしょうか? 経産省や外務省や財務省や農林水産省や厚労省に天下りはなかったのでしょうか? どうして他の省庁も厳しく調べないのでしょうか?

 

 答えは明白です。文科省の反対を当初から認識していたからこそ、反対しそうな官僚たちの行動を公安に調べさせていたのです。そして抵抗したからこそ辞任に追いやった。こんなわかりやすい構図なのに、まったくオメデタイというか、物事の理解能力がないというか。

 

 文科省の天下り問題が表面化した時、なぜ安倍政権が擁護しないのか不思議でした。なぜなら安倍首相はもともと文教族ですし、第一次政権時から文科省は、その意に沿って従ってきたからです。
 なにしろ安倍首相は、喜んで戦争に行くような人間にするための教育や、軍国主義は正しかったから加害の責任などない、だから従軍慰安婦も存在しなかったと、狂信的と思えるほどの自説を掲げています。それに対して文科省は多少の抵抗をしたとしても、結局はそんな政治家に唯々諾々と従ってきたのです。それなのに、なぜ?
 

 けれども、これでようやく合点がいきました。お友達ための便宜を邪魔しようとしたから排除されたのです。そしてその手法は、まるで北朝鮮や中国や冷戦時の共産国家のような「秘密警察」を使って排除する。共謀罪が施行されれば、このような行為が公然と行われるのは間違いありません。

 

 しかし実に恐ろしいことです。一千万部の読者を誇る全国紙が官邸のリークでスキャンダルを記事にする。まさに〝語るに落ちた〟とはこのことですが、けれども現時点では墓穴を掘ったようです。少なくとも世論は官邸の思惑通りにはなっていません。ですが自民党議員や閣僚の一部、そして安倍信者とネトウヨたちは、狂ったように前川氏に対する人格攻撃を加速させています。目的は〝社会的抹殺〟ですが、まさしくこれこそが「共謀罪」の目的なのです。

 

 

私は断固として前川氏を支援します

 前川氏の証言は全て「すじ」が通っています。政策決定の過程を明らかにすることは民主主義の基本だ、というのに異論を挟む余地はありません。これだけでも証言の価値は揺るがないのですが、低劣な人格攻撃の原点になっていることに少し触れておきます。

 

 仮に買春目的だったら、はたして出会い系バーに行くでしょうか? なぜそう思うのかというと、不特定多数が出入りする場所よりもデリヘルを使った方が、スキャンダル面やセキュリティの面でも安全だからです。だって誰の目に触れるかわからないのですよ、現職事務次官というエリートが、そんな無防備に行動するとはどうしても思えないのです。

 

 確かに調査という言い訳は苦しいですが、おそらく単純な好奇心があったのでしょう。まぁ男として、という部分があると思います。これって不思議でも何でもない。そのような場所に来る女性はどんな人なのだろうか、と関心を持つのは男としては自然なことです。
 私は前川氏の性的嗜好に興味はありませんからこれ以上は言及しませんが、例えば未成年者に買春行為を働いたとか、暴力を用いて性的関係を迫ったのなら非難されても仕方がありません。しかしそのような事実はあるのですか? 安倍首相の太鼓持ちと言われているジャーナリストが、逮捕状まで出ていたのを〝揉み消して〟もらったようですが、前川氏はそんな「便宜」を図ってもらったのですか?

 

 前川氏は大企業の御曹司であり、東大法学部出身のいわばスーパーエリートです。省内で人望があったと伝えられていますが、もし女性に対して貪欲なら、彼ほどの立場と環境ならば、銀座や赤坂や六本木に行って愛人になってくれと懇願したら手を上げる女性はそれなりにいるのではありませんか。
 そんな境遇なのに、わざわざランクの下がる(このような差別的表現は翻意ではないが)女性が出入りする場所に行った理由は、そのような女性を好む嗜好があるか、もしくは本人が言う通りの〝調査〟以外はないと考えて差し支えはないでしょう。
 そのように考えると前川氏は、自身のスキャンダルには無頓着だと思えてなりません。要するに周囲の目や評価をあまり気にする人ではないと想像できるのです。そのような人物だとするのなら、地位に恋々としたという官房長官の言説は俄かに疑わしくなります。もしそのような人間なら、スキャンダルには細心の注意を払うはずですが・・・・
 

 人間の行動を損得勘定だけで判断するつもりはありませんが、どう考えても前川氏にとって証言をすることにメリットはありません。むしろデメリットの方がはるかに大きい。なにしろ全メディアに顔を晒し、プライバシーもさらに暴かれる可能性もある。場合によっては家族まで巻き込まれるからです。いや、すでに影響を受けているでしょう。
 前川氏に私怨がないと言ったら嘘になるでしょう。けれども私怨であったとしても、それが正しくて国民のためになるのなら何の問題があるのですか? まさしく「批判はあたらない」のです

 
 私の唯一の心配は、前川氏に危害を加えられることです。生命を狙われるかもしれない。そんな大袈裟な、と言うかもしれませんが、例えば〝精神異常〟を装って命を奪おうとすることは「謀略機関」の常套手段だからです。
 どの時代であれ権力者は、自らに都合の悪い人物を抹殺しようとします。オウム真理教事件だって豊田商事事件だって鍵となる人物が殺されたではありませんか。今回の「加計学園疑惑」でも前川氏のキーマンの一人なのです。くれぐれも身辺警護をしっかりしてもらいたい。と言っても私には何もできませんが、これだけは約束しておきます。前川氏がどんなに人格攻撃されようとも、もし「でっちあげ」で逮捕されようとも、私は前川氏を断固支援します!
 若い人たちは特に注目してくださいね。金子勝慶応大教授がラジオで言っていました。前川氏の価値観と、安倍首相や菅官房長官の価値観は正反対なのだと。そうなのです、これは〝真っ当な価値観〟と〝邪悪な価値観〟との戦いなのです。

 

 そうそう追記として、これだけは言っておきましょう。官僚のみなさん、これからも安倍政権から無理難題を押しつけられると思いますが、その時はスマホでもICレコーダーでもいいから会話を録音しておきましょうね。保身のためでOKですから。そうやって「敵」にプレッシャーを与えましょう。ところで、そろそろ録音したものが出てきても良さそうですが・・・・

 

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ジャーナリズムの使命を果たしている朝日新聞

腹をくくった朝日新聞

 加計学園疑惑についての朝日新聞のスクープですが、さすがに2日続けての一面トップには驚きました。初日の記事に対してネトウヨたちが「捏造だ!」と騒ぐことを予期していたかのように、くだらない雑音を吹き飛ばす2日目の記事。これは朝日新聞が用意周到に準備していた証拠でもあり、同時に相当な確信を持って報じたことも伝わってきます。

 

 新聞にとっての一面トップとは、ある意味その新聞の覚悟や決心でもあります。ネットのウソニュースなどと一緒にされるのは迷惑この上ないでしょう。
 幼稚園児程度の脳しか持たないネトウヨたちに言っておきますが、どの新聞社であれ(東スポと産経は除く)一面トップにする記事は、仮に裁判になっても負けない確信がなければ絶対に書きません。今回は現政権に対するものですから、その確信はより強固なものと考えて間違いないでしょう。さらに付け加えると日本の新聞社は、欧米と違って経営権と編集権が分離していないのです。朝日も例外ではないですから、今回の記事は社長以下役員たちも当然了承しているのです。それはいったい何を意味するのか? 私は、朝日新聞が「加計学園疑惑」の追及を決してやめないと宣言した、と解釈しています。

 

 それにしてもネトウヨたちの発狂しそうな声が聞こえてきそうで、実に愉快です。ネトウヨに限らず安倍信者たちは、自分たちに都合の悪いことは全て「捏造」「ウソ」と言いたがるけれど気にする必要はありません。時間の無駄だから無視しましょう!

 

 

報道機関の役割とは

 報道機関に「捜査権」はありません。ですから家宅捜索や取り調べができるわけではないのです。あくまでも相手の〝良心〟に訴えかけて証言をしてもらう、または証拠などを提出してもらうに過ぎません。取材とはそうしたものですから「真相」を解明できるわけではなく、事実の積み重ねによって「真相」により近づくだけなのです。

 

 では、いったい何のためにするのでしょうか? 実は何かのためにするのではありません。そこに〝疑惑〟があるのなら、それを「調べ」「伝える」ことが報道機関の責務だからです。そこには思想も目的もなく、あるのは役割または仕事なのです。それを放棄したら、新聞であれテレビであれ週刊誌であれ、その存在意義はなくなってしまうのです。
 そもそも疑惑を持たれる方が悪いのであって、その対象が政治家や官僚ならば「公人」ですから説明義務があるのは当然です。それをしないから調査され報道されるのは当り前ではないでしょうか。発表されたものだけを報道するならロボットがやればいい。そのような観点に立つならば読売新聞の安倍首相へのインタビューは何だったのでしょうか。せっかく単独インタビューの機会をもらいながら数々の疑惑を問わずに首相の言っていることだけを垂れ流している。そもそも質問を限定されるようのインタビューなどやるべきではないのです。それこそ責務の放棄ではありませんか?
 読売とは違って今回の朝日新聞は、まさにジャーナリズムの本道に沿ったものでした。これこそが新聞社としての責務と使命と言えるでしょう。

 

 

メディアと報道機関は同じなのか? 

 リベラルや左翼と呼ばれる人たちの中には〝メディアがだらしない〟と言う人がいます。けれども私は、一言でメディアと表現されることに違和感があります。例えばテレビのワイドショーを報道と思ったことは一度もありませんし、週刊誌などの雑誌も色々な分野がありますから、やはり報道とは別物という気持ちがあります。そういう意味で新聞は、やはり報道機関と言ってよいと思っていますが、ワイドショーや週刊誌、さらにはネットサイトと同一視して、新聞も〝メディア〟と表現するには無理があるのではないでしょうか?

 

 本来なら〝報道機関がだらしない〟と表現すべきなのです。確かにそういう面は否定できないのも事実ですから。けれども今回の朝日新聞は、よくやっているのではありませんか? そしてそれに追随するように毎日新聞や東京新聞も。この二紙も追及をやめたわけではないのですから。

 

 テレビの影響力がいまだに大きいのは承知しています。もしワイドショーに限らず他の番組でも、安倍政権に対して否定的な内容を連日流せば支持率は大幅に低下するでしょう。しかし、そんなことを望むこと自体が間違いなのです。詳しく言及するつもりはありませんが、東日本大震災の時の「原発報道」を思い出せば理解できるでしょう。

 

 けれども、みなさんにお願いです。〝頑張っているメディア〟を褒めてやってください。政権や自民党に迎合しているテレビでも、ごく少数ですが良質な番組を作っている人たちがいるからです。
 しかし過度な期待をしてはいけません。内閣を総辞職に追い込むとか、政権を倒すとか、そんなものは幻想に過ぎず、そんな力は新聞やテレビや週刊誌などにはないのです。過去を遡っても報道機関(またはメディア)が政権を倒したことなど一度もありません。あるのは「きっかけ」だけなのです。

 

 政権が倒れる時の条件は二つです。一つは総理大臣の側近や閣僚が逮捕され、それに総理自身の関与が疑われている場合。二つ目は逮捕まではいかなくても、色々な不祥事や政策の失敗による支持率の低下です。
 俗に30%を切ると危険水域と言われていますが当然ですね。与党議員たちにとって一番怖いのは選挙ですから支持率の低いまま選挙をやられても困るのです。その場合は与党内から倒閣の動きが始まりますが、今回の朝日の報道がその「きっかけ」になるかどうかは、まだわかりません。

 

 

「民主主義」に健全な報道機関は欠かせない

 素直に私は、まだ朝日新聞は死んでいなかったとホッとしています。もちろん過度な期待はしていませんが、少なくとも現首相の重大な疑惑を追及する姿勢を崩していないからです。これは民主主義にとって実に大切なことなのです。なぜなら報道機関の追及ができなくなることは、言論の死であるだけでなく独裁や弾圧に繋がるからです。これほど国民や市民にとって不幸なことはありません。

 

 海の向こうのアメリカでは報道機関によって大統領が追い詰められています。それを担っているNYタイムスや他誌が購読者を増やし、CNNは契約者が伸びているそうです。
 東京新聞の521日付け『こちら特報部』によると、トランプ支持者たちがいまだフェイクニュースを信じる一方で、何が起きているのかを正しく知るには『主流メディア』と再評価する人が増えていると伝えています。そしてその理由を、権力の暴走を防ぐ良質な報道の重要性が再認識された結果、と分析をしているニューヨーク在住のジャーリストを紹介していました。

 

 日本でも状況は同じです。権力者の暴走を止める役割は持つのが報道機関で、それを支えるのは国民であり市民です。たとえ「共謀罪」が成立しても、権力を追求する報道機関と、それを応援する市民がいる限り、決して民主主義が死ぬことはないのです。
 もちろん苦しい戦いですが、あきらめたらそこで終わってしまう以上、身の回りの範囲でできることをやり続ける、それ以外に方法はありません。

 

安倍首相の精神性と憲法改悪(下)

憲法を変える、または修正するのなら、その意味を考える必要がある

 安倍首相の思惑とは裏腹に、各方面から非論理性を批判する声が多くなり、憲法改正(改悪)論議が進展するのか雲行きが怪しくなってきました。

 

 憲法とは「国のかたち」や「国の在り方」を決める基本理念、もしくは基本精神であることは間違いありません。法律や制度は憲法の理念や精神に基づいて作るものであって、それに反すれば憲法違反になることは中学生でも理解していることです。そうであれば憲法を改正するということは、程度の差はあったとしても、その精神や理念を変更するということになります。けれども今の日本で、その基本となるものを変える必要性が生じたのでしょうか。

 

 安倍首相が提案した、九条の一項と二項をそのままに第三項を加えて、そこに自衛隊の存在を明記するという考えですが、これは典型的な自己矛盾になります。なぜなら憲法の中に相反する条文が存在することになるからです。

 

 仮に安倍首相の提案通りになったとしましょう。その場合、三つの項目のどれが優先されるのでしょうか? 自衛隊が戦力であることは、どのような明記をしても否定はできません。ですから二項に必ず抵触しますし、また百歩譲って自国防衛のみに限定と明記した場合はどうなるか? 間違いなく安保法制が憲法違反になります(今でも憲法違反ですが)

 

 歴代政権や自民党は個別的自衛権を根拠にして自衛隊を存続させてきました。その考えに賛同する学者や法律家たちは多くいますし、国民も支持したからこそ自衛隊の存在を受け入れているのです。ですから安倍首相の言っている、憲法違反と言われないようにという理由は間違っているのです。それだけではありません。今までの解釈の否定だけでなく、安倍首相自身が自衛隊を憲法違反であると認めたことになるのです。みっともないぐらいの自己矛盾ですね。けれども、もしかしたら本人は気づいていないのかもしれません。なにしろ、あの精神性ですから・・・・

 

 交戦権の放棄や武力による紛争解決をしないということは、簡単に言えば「戦争はしませんよ」という基本理念・精神です。同時にそれは、日本の領土以外に自衛隊を出さないという意味でもありますから、日本はそういう国なのですと、世界に向かって宣言した証拠として憲法に明記したのです。しかし憲法改正とは、その理念と精神を変えることを世界の国々や民族に対して宣言することになるのです。はたして現在の日本人は、そのような認識をどれだけ持っているのでしょうか。

 

 自国の領土が攻撃される、または国民の生命が脅かされる侵略に対して〝正当防衛〟として反撃する、という考えが歴代政権の憲法解釈であったし、そもそもの自衛隊の存在意義でした。私はこの考え方を否定しません。と言うより、当然の権利だと思っています。なぜなら侵略されても抵抗しなければ、殺されるか奴隷にされるかのどちらかですから、そんな目に遭うくらいなら戦って死んだ方がマシだからです。
 しかし、この方針(理念と精神)に対してさらなる賛同をするのは、この考えに沿っている限り日本は、間違っても侵略者にならないだけでなく、自衛隊員が他国の人や他民族を殺す可能性もないからです。けれども安倍政権は安保法制によってこの禁を破り、侵略を可能とする国に変えてしまったのです。その上に憲法改正(改悪)では、日本の未来には暗雲しか漂っていないと考えるしかありません。

 

 

 

「力の外交」に憧れる嘆かわしい人々

 憲法改正(改悪)を目指す人々の目的は、軍事力を背景として〝力の外交〟をしたいのは明白です。アメリカがずっとやり続けていること、または戦前の日本が行ったことです。けれども結果は一目瞭然です。

 

 日本は民族存続の危機に陥り、アメリカは巨大な軍事費のおかげで財政が破綻しました。その結果、アメリカファーストと称して(建国以来そうだけど)精神性に疑問符がつくような人物が大統領になったのです。そしてその人物は、軍事費を他国に支出させようと画策しているのです。

 

 日本の悲劇は、本来なら「敗戦」と言うべきことを「終戦」とごまかした時から始まりました。それはアメリカへのコンプレックスを引き起こし、同時に、アメリカのように力を示して目的を遂げることへの憧憬にもなりました。けれどもアメリカと肩を並べることは許してくれません。あくまでも〝召使い〟もしくは〝部下〟として力を誇示することだけが許されているのです。ですから植民地のように米軍基地を受け入れ、地位協定の改正すら要求できない、ただの奴隷国家に成り下がったのです。

 

 こんな国に〝力の外交〟などできるはずがありません。いくら形だけ取り揃えても世界には見透かされます。けれども、そのような国になる方が幸せなのだと本気で思うのなら、力の外交ができる国にしてほしい、そのためには憲法改正が必要だと、なぜ正々堂々と言わないのでしょうか。場合によっては戦争によって犠牲者が出るかもしれないが、生き残った人々は必ず幸福にすると、なぜ言えないのでしょうか。

 

 要するに本当は自信がないのです。正しいとも思っていないのです。自らの願望を、ただ叶えたいだけ。戦後、誰も成しえなかった「憲法を変えた」という実績?で歴史に名を残そうとしているだけなのです。
 確かに悪い意味で名を残すのは間違いありません。祖父の岸信介氏と同じ末路ですね。しかしそれにしても、なんと卑屈で器の小さい人間なのでしょうか。

 

 

 

融和の外交こそが日本の生きる道

 最大の安全保障とは敵対関係を作らないことです。無理に仲良くする必要もありませんが、何があっても武力衝突だけはしないという関係を築くことが一番大切なのです。もっと簡単に言えば、武力や暴力以外のあらゆる方法を使って〝喧嘩〟はするけれど、で良いのです。

 

 幸か不幸か日本は海という天然の要塞を持った国ですが、そのおかげで侵略されなかったという面があります。しかしそれは同時に、攻撃のために出てゆくことが容易ではなく、完璧に守ることも難しいという意味でもあるのです。そして21世紀の現在は、ミサイル技術の発達で防波堤になっていた海を飛び越えるようになってしまいました。
 占領して植民地にするとか、その国民を奴隷にするとかの意志があるならともかく、一つの国や地域を壊滅させることが以前より遥かに容易になったのです。そんな時代に軍備の増強や核武装をしても、それらは決して使えません。なぜなら使ってしまったら、国そのもの国民そのものが消滅してしまう可能性が高いからです。そんなものに税金を費やすことに、いったい何の意味があるのでしょうか? 〝愚か〟としか言いようがありません。

 

 まずは海を隔てた隣国たちと、たとえ1%でも武力衝突の可能性があるのなら、その芽を摘み取る努力をすべきです。前述したように武力以外の方法でいくらでも喧嘩をすればいい。けれどもどこかで妥協点を見つけなければ、お互いに損をするだけですから、最終的には融和をしない限りどんな国でも生き残っていけないのです。その選択をしなければ、征服するか・されるかという最悪の選択肢しか残らないのです。

 

 それにしても中国や韓国、もしくは他のアジアの国々の人から見たら、安倍政権下の日本の方が「ならず者国家」に見えてしまうかもしれませんね。なにしろトランプ大統領にべったりで、ほとんど無意味といってよい米艦隊の警護をするわ、ミサイルが落下してから電車を止めるわ・・・・戦争への準備をしていると見られても仕方がありません。
 共謀罪という名の言論弾圧法案を強行採決すれば、いよいよ「ならず者国家」への道を驀進してゆきます。はたして日本の国民は、この〝ならず者化〟を止めることでできるのでしょうか・・・・

安倍首相の精神性と憲法改悪(上)

あまりに身勝手な安倍首相、その精神性は錯乱状態と言っても過言ではない

 以前に、安倍首相はトランプ大統領と同じ病気ではないかと書きましたが、自衛隊明記の憲法改正案や民進党に対案を出せと言ったことは、その証明であると改めて思いました。とにかく言うことがコロコロ変わる、すぐ激高する、問われたことに答えず議論をすり替える、一方的に自分の考えだけを言う、などなど・・・・。

 

 なかでも呆れたのは民進党に憲法の改正案提示を求めたことです。これは、例えば離婚を望んでいる夫が拒否している妻に対して、その意志を無視して離婚手続きの方法を考えろ、と言っていることに等しいですし、または倒産寸前の会社の社長や役員が、それまでの経営責任を棚上げして、存続を望む労組に対して〝清算の仕方を提案しろ〟と言うのとも同じです。どちらも身勝手この上ないのですが、これと同じことを平然と言っているのです。

 

 民進党や他の野党は対案を出す必要はありません。安倍政権下では改憲議論をしないでも良いし、もし論議をするなら自民党改正草案のデタラメさを徹底的に突けばいいのです。そもそも改憲の必要はないと言っている人々に、改憲をしたいからと言って対案を出せとは図々しいも甚だしいし、どうしてそんなことに付き合わなければいけないのですか?

 

 最近ですが、安倍首相の精神状態を疑う声がさすがに一部のメディアから出てきました。一説によれば、森友学園問題がボディブローのように効いているらしく、それが錯乱?の原因となっているとか。もちろん真偽はわかりませんが、その可能性は大いにあると思います。けれどもむしろ問題なのは、誰が見ても〝おかしい人物〟を周囲が止められないことなのです。
 安倍首相を支えている人物が複数いるのは間違いないでしょうが、しかし多くの人は流れに逆らえないだけで、たとえ疑問に感じても周囲の顔色を窺って「言うべきことを言えない」状況に陥っていると考えた方がよいでしょう。しかしこれは実に恐ろしいことなのです。

 

 かつて、ハンナ・アーレントというドイツ出身のユダヤ人哲学者がいました。彼女はイスラエルでの「アイヒマン裁判」を傍聴して、有名な「イスラエルのアイヒマン-悪の陳腐さの報告」を発表しました。その中で彼女はユダヤ人虐殺を主導したアイヒマンを、決して怪物的な人間ではなく、思考の欠如した官僚であると評したのです。そしてそれを「悪の凡庸」「悪の陳腐さ」と書きました。詳しく知りたい方はぜひ調べてほしいのですが、今のこの国は、まさしく「凡庸な官僚」たちが、精神疾患を疑われる政治家に対して思考停止をしてしまい、悪の陳腐さを実行しているのです。その典型的な出来事が森友学園事件であり、さらには共謀罪の法制化だと私は考えています。

 

 

 

本当に憲法を改正する環境になっているのか?

 憲法改正(改悪)を主張する人々は、安全保障を巡る環境が厳しくなってきたとか、社会の在り方が変化したのだから、などと言いますが本当にそうなのでしょうか? 以下、常套句のように言われている事柄を検証してみます。

 

◆中国や北朝鮮の「脅威」
 年々軍備が増強していることを脅威と言いますが、高度成長期の日本も同じように増強しました。その時に中国や北朝鮮が日本を「脅威」と言わなかったと思います。少なくとも中国はなかったはずです。アメリカについては言っていましたけどね。

 

◆領土的な野心を中国が持っている
 尖閣に関しては主張をしていますが、棚上げを言っていたのは中国の方です。しかも現在は実質的な棚上げになっているし・・・・。

 

◆北朝鮮と領土の争いはありますか?
 あるのは拉致問題です。しかし昨日今日の話ではありませんし、それが安全保障上の脅威になっているとは思えませんが。

 

◆昔はソ連の領土的野心というのが強調されていたけれど
 現在のロシアに向っては言いませんね、どうしてなのでしょうか? ウクライナでの行為を領土的野心と言う人がいますが、背景はそんな単純な問題ではありませんよね。ですから北方領土とは本質的に違います。ちなみに高度成長期の自衛隊増強の理由は、ソ連の脅威が定番でしたが・・・・。

 

◆中国の艦船や戦闘機が領海・領空侵犯を繰り返している
 防衛省の一方的な発表ですから、どこまで信じることができるのでしょうか。過去には大本営発表というデタラメもありましたよね。防衛省の発表後、しばらくしてから事実が報道されることがあります。たいていは、ただ領海を通過しただけで、しかも事前通告があったとか。国際ルールを犯したという話は聞いたことがないのですが。
 スクランブル発信の回数が増えたことが強調されています。けれども報道機関や一般の国民には、それが事実なのかどうか確認できません。ちなみに軍事専門家によっては過剰反応と指摘する人もいるけれど・・・・。

 

核武装や軍備増強をしても「抑止力」にはならない?
 政府が各都道府県などに対して、ミサイル発射時の避難訓練を実施するように促していますが、Jアラートが如何にお粗末なものであるか、または、まったく無意味なことを政府が言っていると指摘している記事があります。

 

「Jアラート」の警報は北朝鮮ミサイル落下に間に合わない

 

 軍事力の評価と判断に右翼も左翼もありません。そこにあるのは厳然たる事実だけで、思想も感情も入る余地はないのです。この記事はその証明のようなものですが、以前から田岡俊次氏が言っているのは、
「抑止力とは、攻撃したら反撃されるという理性が働いて思いとどまる相手なら通用するが、死なばもろともとか、とにかく相手をやっつけるとしか考えない〝ならず者〟にはまったく通用しない」
これが本質でしょう。この考えを否定する人は頭がおかしいとしか思えません。

 

 北朝鮮が理性的な国家なのか、それとも「ならず者国家」なのか私にはわかりません。ただしはっきりしていることは、アメリカが経済制裁しても核開発をやめないし、日本が経済制裁しても拉致被害者を取り戻せていないことです。その状況を見れば軍備増強をしても何も変わらないと言えるでしょう。

 

 ざっと挙げてもこれだけの疑問点があります。他にも、本当に安全保障上の脅威が高まっているのなら、なぜ原発警護をしないのか、もあります。ですから特に冷静に考えなくても、安倍政権が言うような「脅威」は存在しません。

(下)に続きます。

 

京都ヘイトラーメン

ヘイトスピーチの影響とは

 「京都ヘイトラーメン」と称した差別言動事件がありました。詳細は、もうほとんどの人がご存知でしょうから内容は繰り返しませんが、またか、という思いです。その後の経過では店主が謝罪の意を表しているので、とりあえず落ち着いたと思ったのですが、昨日(5/6)のヤフーニュースでは、このラーメン店が休業をしたことが報じられていました。休業の理由が伝えられていないので憶測で言及するわけにはいきませんが、コメント欄では店に抗議が殺到したなどと、あたかもヘイトスピーチに反対する人が扇動しているかのようなことが書かれています。

 

 相変わらずというか、呆れるばかりです。店は被害者だというコメントが多いですが、確かに直接の加害者ではありません。しかし動画には、はっきりと笑い声が入っていました。これが全てなのです。店側に差別の意図がなかったとしても、やはり注意すべきでした。少なくとも、ヘイトスピーチを行った者を出入り禁止するぐらいの意志表示が必要だったのではないでしょうか。

 

 そこまでする必要があるのかと思うかもしれません。しかし、たった一つの店の行動によって京都全体の飲食業が、差別を容認するかのようなイメージを様々な国の人々に持たせたとしたら、その影響は限りなく大きいと言わざるを得ません。けれども動画の中に差別を諫める言動が、もし入っていたとしたら、称賛されることはあっても非難されることは絶対にないでしょう。

 

 それにしても韓国の俳優さんが冷静なコメントしているので安心しました。ヘイトをする側とされた側の人間性の差が出ましたね。あのような言動をした張本人は、間違いなく貧困な精神の持ち主ですから、何を言っても無駄だと思います。○○は死ななきゃ治らないとか、○○は死んでも治らないとかの類いなので。

 

 私は差別主義者のような連中に何かを言うつもりはありません。このような相手に対しては無視をするか闘うかのどちらかです。ただ、くれぐれも言っておきますが、こういう人間を心の底から憎む日本人は意外と多いのですよ。気をつけてくださいね。
 このような連中は放っといて、少なくともこのような言動には違和感を持っているけれど、どう考え、どう向き合えば良いのか、それを迷っている人たちに向かって書きます。

 

 

低レベルというか、脳が未発達な人々かもしれないが・・・・

 この事件に対するコメントをヤフーニュースでいくつか読みました。まぁ、脳がお子様レベルとしか思えない者ばかりで、とても真剣には読めませんでしたが。しかし中国や韓国を嫌う人や、差別主義者と排外主義者とネトウヨくんたちは、本当にコメントが好きですね。というか、ある程度の長さの文章を書けないのかな? まぁそれは当然です。それなりの長さの文章を書くためには一定レベルの『論理性』が必要ですからね。ツィッターぐらいならボロが出ない。だからなんでしょうね、SNSの氾濫ぶりは。

 

具体例としては以下の通りです。

◆これは〝やらせ〟だ!
 このようなコメントがとにかく多い。でも普通に考えてください。韓国人俳優さんと差別言動をした人にとってメリットは何ですか? この動画が「炎上」すれば確かに俳優さんの知名度は上がります。もしそれで広告収入が増えればメリットはあるでしょう。実際のところは知りませんが、もし〝やらせ〟と言うのなら証明しなければ説得力はないですよ。

 

◆大袈裟に扱い過ぎる
 もし他の国で日本人が同じような目に遭遇したら、日本のメディアも韓国のメディア同様に取り上げると思いますけど。

 

◆あのような英語を日本人は使わない
 「NO HATE TV」で野間氏が指摘をしていますが、張本人が着ていたTシャツは、主にパンク系の人々が身につける物らしい。であればパンク系のバンドなら、あのような言葉は歌詞の中にも頻繁に使われるし、ファンなども日常的に使っています。ですから不思議でも何でもない。

 

◆韓国人だって日本人にヘイト行為をしている
 こうコメントした人は具体的な例を何一つ示していないのですが、おそらく従軍慰安婦問題などを日本人に対するヘイト行為と言いたいのでしょう。よく見かける反日教育という言葉と同じですね。
 では、日本人が行っている「原爆被害を継承する行為」を反米教育とか、アメリカ人に対するヘイト行為だと、当のアメリカが言っていますか? さらには反米基地運動に対しても言っていますか? 嘆かわしい日本人たち(ネトウヨたち)が言っていますけどね。
 アメリカは原爆投下を一切謝罪していませんし、民間人殺傷を狙った無差別爆撃もしかりです。しかし東京大空襲に限らず空襲被害を受けた多くの都市が、後世に伝えるという作業をしているのは何のためですか? 罪であることを認めて謝罪をしてほしいと思っているからではありませんか?  
 韓国で行っていることを「反日教育」や「ヘイト行為」と非難するのなら、前述した日本人の行為も同じだと言わねば整合性が取れません。言い換えれば『論理的』ではない、ということになります。日本人の行為には口をつぐみ、韓国人の行為だけを非難する。ずいぶん身勝手ですが、欧米に限らずどの国どの民族でも、こういう人間が一番軽蔑されるのではありませんか?

 



民主主義を自力で獲得した国

 1988年のソウルオリンピックまで韓国は軍部独裁政治でした。言論も人権も弾圧されたのです。今の日本は、当時の韓国に限りなく近づいていると思えてなりませんが、その話は別にして、みなさんもご存知かもしれませんが、有名な『光州事件』が起きたのは1980年でした。その様子が、わずかですがNHKのニュースで流れたのを記憶しています。正直ショックでした。自分と同年代の若者たちが命懸けで戦っていたからです。それと比べて自分は・・・・と情けなくなったのを覚えています。

 

 それから30年以上が経ちましたが、現在の大統領の候補者は、いずれも軍事政権下で10代・20代を過ごした人たちです。ですから今の韓国を動かしている人たちは、自由や人権の尊さを肌で知っている世代と言えるでしょう。そして1988年以降に生まれた〝民主主義しか知らない世代〟が、もうすぐ社会の中枢に入ってきます。この世代の人たちは、当り前のことですが自由や人権の重要性を知っている世代に育てられました。

 

 その成果が色々なところに表れています。朴前大統領を弾劾に追い込んだデモも、その一つと言ってよいでしょう。それだけではありません。かつての韓国は、民主主義に関わる法律や制度などは日本を参考にすることが多かったようですが、ここ最近は違ってきています。例えば「取り調べの可視化」などですが、もう一つは韓国の投票制度です。日本より遥かに民主的なので正直羨ましい限りです。そのようなことを扱った最近の記事がありますので、ぜひ参考にしてください。

 

大統領選の韓国 ソウルを行く 投票事情「ろうそくデモ」

 

 嫌韓と呼ばれる人たちは、日本の方が優れていて韓国の方が劣っていると、未だに思っているようですが、1980年代までは確かにそのような部分が多かったのは間違いないでしょう。しかしそれは、あくまでも民主的という部分が大半を占めていたに過ぎません。すでに韓国は民主化して30年が経過しているのです。少なくとも民主主義という点では、日本の方が遅れを取っていると私は考えています。

 

 そもそも、何をもって優れているとか劣っているとかを判断するのでしょうか。どんな民族や国であれ、長所もあれば欠点もあります。人間と同じなのですから、そんな観点で誹謗や中傷するほど愚かな行為はありません。ヘイトスピーチは、その最たる行為と言ってよいでしょう。
 昨年でしたか大阪で、ある寿司店でのヘイト行為が話題になりました。日本では低劣なコメントばかりでしたが、聞くところよると韓国では、この事件を韓国人にとって自虐的なコントにして「お笑い」にしたとか。もし日本の芸人が同じことしたらどうなるか? 凄まじいパッシングが起きるのでは、と思えてなりません。

 

 10代や20代の若い日本人のみなさん、韓国では民主主義の成果が確実に上がっていますから、その果実を知ったほうが良いですよ。もう彼ら彼女らは日本など見ていないのです。その態度には余裕すら感じてしまいます。
 バカなネトウヨや、事実を冷静に判断できない「自称保守」、または哀れな差別主義者の言動には惑わされないでください。あなた方が社会の中枢を担う年代になった時に付き合うのは、大統領を弾劾に追い込んだデモに参加した人たちなのです。地球が滅亡しない限り、韓国という隣国の存在が消えることはないのですから。

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Author:カイトアキラ
もうすぐ老人と呼ばれる年齢になりました。
今までオートレース・ギャンブルについて書きましたが、今の日本の状況を考えると、たとえ影響力がなくても、もしかしたら若い人たちに響いてくれたら、という微かな希望を持ってブログを続けようと思います。
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