この国の未来を考える

望月衣塑子記者を「ヒロイン」にしてはならない

記者としての本来の姿

まるでドラマを観ているような展開になってきました。2月の朝日新聞の森友スクープから始まって4ヶ月近くが経ちましたが、まさかここまで安倍政権崩壊の綻びが広がるとは正直思っていませんでした。森友学園事件が発覚した時、ウォーターゲート事件や第二のリクルート事件のようになるかもしれないと書きましたが、私の予測もまんざらではなかったようです。

 

しかし、どんな脚本家や小説家でも、この物語は想像できなかったでしょう。小学校建設を画策した、どうみても悪人面(申し訳ない、あくまでも印象です)の関西弁のおじさんの登場から始まって、元エリート官僚のまさかの告発、若き女性の毅然とした記者会見、そして美しいママさん記者の強烈な追求。ここへきて大方の役者が揃った感じですが、フィナーレは首相の退陣が一番相応しいと思っています。やはり悪は滅びるべきなのです。

 

これがドラマであれば望月衣塑子記者がヒロインになるかもしれません。しかしこれは現実に起きている出来事なのです。だからこそ望月記者を決してヒロインにしてはいけません。

 

望月記者は官房長官会見の様相を一変させました。しかし彼女は特別なことをしたのでしょうか?
 1970年代までの記者会見は、あのくらいは普通だったと聞いています。もっとも当時はネットもないし、テレビが全てを放送していたわけありませんから、あくまでも人聞きですが。けれども子供ながらに覚えていることがあります。それは「新聞は嘘ばかり書くから会見はNHKだけにする」と、当時の総理だった佐藤栄作氏が言った時、各新聞社の記者と放送記者は一斉に立ち上がって退出をして抗議の意志を示したことでした。その映像を見た時は、小学生であっても何か大変なことが起きたのだなと思ったものです。

 
 それにしてもインターネットの普及はありがたいですね。ネトウヨを生み出すなどの弊害もありますが、会見の全てを見ることができる意味は大きいと思います。
 故・筑紫哲也氏は「反対者であっても、どんな立場の人間であっても、生で語らせ、それをそのまま流す。それは息づかいや表情やしぐさ、または言葉と言葉の間まで、その全てを映し出すことによって、その人間の本質が表れる。テレビのもっとも大きな力はこれで、だからこそニュースは生放送で行うべきで、放送記者は質問をすることに躊躇してはならない」と言いました。この言説が如何に正しいか、今回で証明されたと思います。

 

望月記者はインタビューで「前川氏や詩織さんの思いや憤りをぶつけたかった」と答えていますが、そうなのです、世の中を変える力は「怒り」や「憤り」です。人権が侵されることや、不正によって泣く人々があった時、素直に怒りや憤りが生まれてくるからこそ、権力がそのような罪を犯したならば、その気持ちをもって追及することがジャーナリズムの仕事なのです。
 望月記者はジャーナリストとして当り前のことをしたに過ぎません。もっと多くの記者が同じことをすれば、彼女がこれほど目立つことはなかったはずです。だから言うのです。彼女がヒロインになってしまうのは本来の姿ではない、と。

 

 

「この国」を変えるのは女性しかいない

望月記者は二児のお母さんだそうですが、やはり子供のいる女性は強いなぁと改めて思いました。「女は弱し、されど母は強し」という言葉がありますが、若干、女性差別的な意味合いを含んでいるので私自身は好きではありません。けれども、例えば子供にアトピーが発症したりすると、食べ物や生活習慣などを徹底的に改善しようとするお母さんを、私の周りでも何人も見てきたからでしょうか、やはりこの言葉は正しいのかな、と思っています。
 これはあくまでも想像ですが、望月記者も一人の母として、または一人の女性として、今のような世の中を我が子に引き継がせてはいけない、という思いが原動力になっていると思えてなりません。

 

IWJのインタビューで岩上安身氏が「出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれない」と望月記者を励ましていましたが、メディアへの露出を増やす戦術は正しいと思います。知名度が上がれば上がるほど権力側が手を出すことが難しくなるからですが、ただ社会部の記者としてやってゆくのなら仕事がやりにくくなるでしょうね。なぜならジャーナリストにとって顔を知れることは、必ずしも良いことばかりではないからです。

 

東京新聞の幹部たちから「目立ち過ぎ」と言われているようですが、これは幹部たちが間違っています。望月記者を目立たなくしたいのなら、彼女と同様もしくは、それ以上の能力を持った記者を官邸に送り込めば良いではありませんか。まさか彼女と同じくらい、またはそれ以上の記者がいないなんてことはないではずです。これは、他紙でもテレビ局でも同じことですが・・・・。

 

私は以前から、この国が変わるとしたら、それを担うのは女性しかいないと確信しています。特に国会議員の半分は女性にするべきだとも考えています。もしそうなれば加計や森友事件、安保法制や共謀罪などの、こんなバカげたことは起きなかったでしょう。

 

望月記者や詩織さん、さらには社会に声を上げる女性に対して、まったく意味のないパッシングがネットで散乱していますが、この現象を一言で表現すれば「できない男たちの嫉妬」です。
 能力もあり、弱者に寄り添うことができ、正義感も持ち合わせている、本当の意味での「できる女」に、能力もなく、強者にすり寄ることしかできない、正義感の一かけらもない男たちが嫉妬をしている。なんてみっともなく、見苦しいことか。
 「恥を知れ!」と言いたいけれど、こんな連中は、おそらく恥が何かもわからないのでしょうからやめておきます(笑)

 

できる女性たちよ、どんどん出てきてください。そして、無能で嫉妬深くゴミのような男たち(別名ネトウヨ)を蹴散らしてください。私も無能だけど、できる女性に嫉妬などと、そんな愚かで見苦しいことはしません。むしろ尊敬しているので心から応援していますよ!

 

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あなたは、この国の未来をどう描いていますか?

「共謀罪」が成立したけれど・・・

 正式名称・組織犯罪処罰法改正案、いわゆる共謀罪が強行採決によって可決・成立しました。なんでも7月中旬ぐらいには施行されるとのこと。ずいぶんと早いですが、数々の疑問点や問題点を残しながらの運用となります。それにしても読めば読むほど不可解な法であることは間違いありませんが、その点に関しては、また後日にしたいと思います。少し勉強をして、この法律にどう対抗するか考えたいからですが、今回は別の側面から言及したと思います。

 

 安倍政権の傍若無人ぶりは今さらなのですが、共謀罪についてもこのような結果になることは予測できたことです。なにしろ衆参両院で与党に3分の2の議席を与えてしまったのですから、野党がどう反対しようが数の力で押し切ることができるのです。自民党はもともと民主主義が嫌いな政党ですから、議論を重ねることを望むのは、無いものねだりと言って良いでしょう。
 責任の一端が国民にあるのは明白なのですが、とはいっても得票率が四割にも満たない政党が六割以上の議席を占めてしまう選挙制度に問題があるのも確かです。しかし皮肉なことでもありますが、安倍政権および与党の暴走を止めて一気にひっくり返すことができるのも現在の選挙制度なのです。今年か来年なのかわかりませんが、衆議院選が行われることは確定していますから、投票の秘密は今のところ保たれているし、投票を強制される、または投票を妨げられることもないですから、総選挙では国民・市民の意志を示すことは可能です。それまでは共謀罪などという弾圧法に負けずに、我慢すべきことはして見返してやりましょう。

 

しかし民進党の執行部は何を考えているのでしょうか。どうして審議拒否をしなかったのか。数の問題はあるにせよ、野党をまとめることは可能だったはずで、国民の7割が加計学園や共謀罪について説明不足としているのですから、審議拒否という実力行使に出ても支持されたと思いますよ。これでは昔の旧社会党の方がましです。少なくとも戦闘力は遥かに上でしょう。
 邪推かもしれませんが民進党執行部は、何か弱みでも握られているのかなぁ? なにしろ公安を秘密警察のように使っているから安倍政権ですからね。

 

 

今どき開帳賭博なんて、暴力団でもやらない

 東京新聞・617日付け朝刊の「こちら特報部」では、共謀罪「賛成世論」の内実と題して、共謀罪成立に便乗したツイッターでの市民運動攻撃を紹介していました。アホらしいですが二つだけ拾いました。
「これからは国会前でデモしてる連中は共謀罪で逮捕できますよね?? 是非逮捕お願いします」
「早く共謀罪を適用して・・・」

 

 ネトウヨって本当にバカですね、この文面だけで条文を読んでいないことがわかります。あのね、おバカさんたち、国会前でデモをしても威力業務妨害にはなりませんよ。そもそもデモや公共での集会は、都道府県の公安委員会の許可を取ればいいのですから違法になりようがありません。国会前では具体的にどうしているのか知りませんが、もし逸脱した行為があれば今でも逮捕できるのですよ。まぁ、この法律を所管している法務大臣がまともに答弁できないレベルなのですから、法律を解釈する能力がネトウヨたちになくても当然ですが。

 

 共謀罪の対象として「組織的賭博開帳等図利」と「組織的な常習賭博」が入っています。しかも御丁寧なことに、競馬・競輪・競艇・オートレースの競争法違反になる、無資格競争行為も入っているのです。
 さすがに笑いました。ただでさえ公営競技の売上げが減っているのに、それらを対象とした開帳賭博をする者などいると思いますか? いわゆるノミ行為と呼ばれるものですが、これはリスクが大きいのです。なぜなら負けた人が腹いせに通報することが多いから、バブル期は盛んでしたが2000年以降はほとんど耳にすることはありません。
 さらにですが無資格で競争を実施する? はぁ? そんなことができると思いますか? 警察に知られずにどうやって競馬や競輪やオートレースや競艇をやるっていいの? しかもそれがテロリストや組織暴力集団の資金になるって・・・・、オメデタイと言うしかないですね。そんなマヌケなテロリストや暴力団がいたら是非見てみたいものです。

 

 常習賭博としては「違法カジノ」や「ゲーム賭博」がありますが、確かに時々摘発はされています。まぁ計画段階で摘発できるに越したことはないでしょうが、もう地方ではほとんど見かけないし、大都市ぐらいにしかありません。けれどもこれも通報(タレコミ)が主ですから、むしろできてから摘発した方が確実ですけどね。本物のテロリストだったらこんなリスクは犯さないし、暴力団でもリスクの割には実入りが少ないので実質的には手を引いているのが現状ですよ。
 さらに言えば職場などで、例えば高校野球の勝ち負けを賭けの対象にすることがありますよね。大半は仲間内の遊びですが、これだって常習性を認められれば違法になるのです。しかも損をした人間がチクれば、本人は自首したことになって罪が軽減される。もし気に食わない相手いたら、そうやって嵌めてしまうことも可能なのです。これって100%「一般人」ですよね? 対象になっている277の犯罪の条文を読んでください。一般人には関係ないというのが「ウソ」だということが理解できますから。

 

 

なぜ経済事犯の多いのか?

 外為法が、なぜテロの実行に関する法律に括られるのか理解できません。一応条文上は、国際的な平和および安全の維持を妨げることとなる無許可取引、特定技術提供目的の無許可取引などとなっています。しかし判断するのは基本的に警察ですから、想定している取引が罪に問われないか、その度に確認しろということなのでしょうか。まるで役所の許認可みたいですね。
 その他資金源として実に101もの犯罪を対象としていますが、詳しくは御自分で調べてください。付け加えると618日付けの東京新聞では、「自由な経済活動を萎縮させる」と企業法務に詳しい弁護士が警鐘を鳴らす記事が掲載されていました。

 

しかし私が憂慮するのは別の問題です。それは、ライバル会社を蹴落とすために警察と癒着する企業が出てくる可能性です。要するに、ある事ないことを警察に御注進してライバル会社の企業イメージを貶める。そこには賄賂が蔓延り、天下りや再就職先の斡旋という便宜も考えられる。これは、一部の企業や人間たちだけが警察と組んで利益を得ようとグループを形成する構造です。
 なんか、どこかで見た光景ではありませんか? そう、加計学園や森友学園の構造と同じです。これを国家で見れば中国やロシアということになるのですが、公平・公正な競争が自由にできなくなることは、実質的な意味で市場経済が崩壊し、国家の管理に置かれることになるのです。別の言い方をすれば「賄賂がすべての腐敗した社会」です。

 

もう一つ言及しなければいけない点は、対象法がこれだけ多くては警察の人員は足りないという現実です。となれば実績を上げるためには、密告や通報が主力になるのは歴然としているのです。
 では、その場合どんなことが起きるのか。例えば前述した賭博のケースでは、見逃してやるから協力者になれとか、市民運動に加わってスパイになれとか強要されることです。市民を「協力者」という名で、監視の代行をさせて密告や通報を促す。その見返りは、おまえだけは見逃してやるよ、という甘言ですが、それも警察の意のままなのは間違いありません。この問題については、いずれまた言及します。

 

 

民主主義国家としては〝後進国〟になってしまった「この国」

 ソン・ガンホ主演の「弁護人」という映画を最近になって観ました。人権派の弁護士として民主化運動や冤罪事件に取り組んだ、故・廬武鉉元韓国大統領の若き頃をモデルにした映画です。内容は省きますが、舞台となっている時代は1980年代初期です。日本人でも多くの人が知っている「光州事件」が起きた頃でもあります。
 当時の韓国では反政府活動に対して厳しい弾圧が行われていました。例えば大学生に対しては副業の禁止や卒業制限があり、民主化運動に関連した者は逮捕後に強制的に軍隊に入営させました。その際に密告やスパイを奨励していたのです。しかもこれらの行為を「緑化事業」と政府は称したのでした。さらには非常戒厳令の拡大措置の一環として、失業者やホームレス、犯罪者や学生運動家や労働運動家などを逮捕して、悪名高き「三清教育隊」に強制的に入れ、過酷な訓練と強制労働をさせたのです。逮捕者は約4万人と言われていますが、中には死亡した者もいます。
 しかし現実は運動をしている人だけではありませんでした。戒厳令下とはいえ日常生活がありますから酒を飲んで酔ってしまうこともあります。そんな、たまたま寝込んでしまった人がホームレスと勘違いされ、三清教育隊に放り込まれてしまった例もあったのです。まさしく「一般人」のはずなのに。

 

 1980年代の全斗煥政権下の数々の弾圧は、1988年の民主化以降に少しずつ明らかになってゆきました。特に注目すべきは「国家保安法」違反での冤罪が多いことです。この国家保安法は治安維持法をモデルにしたといわれており、典型的な思想弾圧法なのですが詳細は省きます。ちなみに現在でもこの法律はありますが、さすがに運用は慎重になっているようです。

 

 1980年代は私が20代だった頃です。軍事政権下の韓国がどのような社会かは、ある程度は理解していましたが、光州事件の映像がほんの少し流れた時は同世代の若者たちが命懸けで戦っている姿に胸が打たれました。彼ら彼女らと比べて自分は、いったい何をやっているのかと情けない気持ちになったことを今でも覚えています。けれども同時に、日本に生まれて良かったと思ったのも事実です。韓国の人には申し訳ないですが、言論の自由があり、兵役も拷問もない社会で良かったと心から思ったのです。だからこそ私は、暴力を用いずに民主化を実現させた時は心から喜びました。同時に、なんて凄い国民なのだろうとも思いました。
 余談ですが、たぶん若い人たちは知らないと思うので書き加えますが、1970年代から1980年代にかけて、少数でしたが韓国の民主化に力を添えた日本のジャーナリストたちがいたのです。彼らは積極的に実態を伝えました。ある記者などは当時のKCIA(韓国情報部)にマークされていたほどです。

 

 けれども・・・・まさか21世紀の日本が、当時の韓国に近づくような事態になるとは夢にも思いませんでした。もちろん共謀罪は治安維持法や国家保安法とは違います。しかし思想の自由や良心の自由を侵す危険性が限りなくあるのは否定できません。これに裁判の非公開(軍事法廷)が加われば拷問も可能になるのです。自民党の憲法改正案には軍事法廷が明記されていることを指摘しておきます。
 現在のところは弁護士の接見ができますから、肉体的な拷問があればすぐに発覚しますが、もしこれに制限が加えられたら恐ろしいことになるのです。その辺りは「弁護人」を観てもらえば理解できるでしょう。

 

 共謀罪が施行されても今のところは1980年代の韓国のようなことにはなりません。しかし監視をしっかりとしていないと警察・検察は必ず暴走します。裁判所もあてにはなりませんから、接見の制限や裁判の非公開を自民党が言い出したら要注意です。この連中は、とにかく弾圧したいのですから。

 

 もしかしたら日本人は、自由や人権のために〝権力〟と戦うことを歴史上で初めて試されているのかもしれません。苦しい闘いになることは間違いないですが、希望がないわけではありません。そうです、隣国である韓国の人々から学べば良いのです。徹底した非暴力で権力と戦う方法と精神を。それは何よりも、あなたや君や私たちが、人間らしく生きることに繋がってゆきます。だからこそ私は問いかけます。あなたは、この国の未来をどのように描いていますか?



弁護人 





 

「詩織さん」会見の意味を考える その3

生きてゆくための選択

性犯罪被害に遭った女性が名前も顔も出すことは極めて少ないことです。下世話な言い方をすればメリットよりもデメリットの方が多い。けれども詩織さんは、真っすぐと前を見据えてメディアの前に立ちました。

 

世の中の多くの人が「勇気がある」「強い人だ」と称賛をしています。確かに言葉通りでしょう。しかし私は違和感を持ちました。いや正確に言えば、529日の会見後の色々なインタビューや記事に接してからでした。
 詩織さんは「強かった」でもなく「勇気があった」でもない。〝強くならざるを得なかった〟〝勇気を持たなければいけなかった〟のではないでしょうか。

 

その1の冒頭で私は、会見の内容があまりに衝撃的だったので憤りだけが残ってしまい、危うく本質を見誤るところだったと書きました。
 確かに、現政権に近い人間による「恣意的な捜査と判断」があったことは間違いありません。21世紀の日本でこんなことが起きるとは信じ難い。だが、これが現実であることも否定のしようがないのです。しかしこの結果に目を奪われてしまうと、詩織さんの行動の意味が薄れてしまうのです。なぜならこの国には、強姦を男女間のトラブルに仕立て上げてしまう下地や背景が、依然と残っているという本質があるからなのです。

 

 

性犯罪の加害者は圧倒的に「顔見知り」が多いという現実

もし詩織さんが暴力を受けたのであれば、どんなに介入しようとも捻じ曲げることはできなかったでしょう。殴られた跡や傷などがあれば間違いなく逮捕・起訴されたはずです。近年では女性たちの長年の努力によって強姦や婦女暴行は厳罰化の方向にいっていますが、警察も病院もカウンセラーも、なぜか被害者である自分に冷たかったと詩織さんは言及しました。その理由は暴力の痕跡がなかったからでしょう。しかし必ずしも暴力や脅迫がなくても「意に沿わぬ性行為」もしくは「意に沿わぬ性的行為」は、限りなく性犯罪に近いことは紛れもない事実なのです。

 

内閣府の2014年の調査では、異性から無理やり性交された経験のある女性のうち、その相手が「まったく知らない人」と答えたのは、たったの11%。「交際相手や元交際相手」が28.2%で「配偶者や元配偶者」が19.7%となっており、実に50%近くが親しい、もしくは親しかった間柄なのです。さらに数字を見ると「職場やアルバイトの関係者」が13.7%で、他には「親や兄弟またはそれ以外の親戚」が8.5%、「知人」が4.3%となっています。
 なんと恐ろしい数字でしょう。要は9割近くが「顔見知り」なのです。しかも警察に相談や通報したのは全体のたった4.3%だそうです。私を含めた男たちは、この深刻な結果を重く受け止めなければいけません。なぜなら、まさしくここに「本質」が潜んでいるからです。

 

若い頃の私はギャンブルに染まっていたこともあり、周囲には世間から眉をひそめられる人物たちがいました。その中の一人が言ったことを今でも覚えています。
「女なんて二・三発殴れば、すぐにおとなしくなる」
「そうすればこっちのもので、やってしまえば言いなりさ」
 さらには酒に薬を入れて無抵抗な状態にして輪姦した、という話も聞いたことがありました。本当なのかどうかは知る由もないですが、その話をしている時の表情は、女性を〝モノ〟または〝性欲のハケ口〟としか見ていないことだけは感じとれました。

 

私自身も偉そうなことは言えません。暴力や脅迫で性行為をしたことはなくても、女性の気持ちを尊重せずに行為を迫ったことが何度もあるからです。言葉にすれば〝強引に口説く〟ということになりますが、それで性交をしたとしても、確かにそれ自体が犯罪になるわけではない。しかし前述した数字は女性からすれば、無理やりに性行為を強要されたという解釈も成り立つのです。一見「同意」のように見えても、実は様々な理由で「男の意に従った」または「従わざるを得なかった」。これが女性たちの本当の姿だと理解したのは、だいぶ齢を取ってからでした。

 

すぐ隣に、性犯罪の被害者に成りうる環境が全ての女性たちにあるという現実は、間違いなく男たちの責任です。しかし実際に被害に遭うと、まるで汚いものを見るかのように女性を蔑み、女の方にも落ち度があったとか、二人きりで会う方が悪いとか、一緒に酒を飲むからだとか、部屋に入れたのだからとか、あんな短いスカートを着ているからだとか、見苦しい言い訳をするのも男たちという情けない現実があります。
 そうです、最初に記したように〝強姦を男女間のトラブルにすり替える〟構造がここにあるのです。

 

 

崇高な精神と貧困な精神

詩織さんは低劣な偏見と構造から攻撃を受けています。けれども詩織さんが声を上げたのは、事件を消されることは「あったことをなかったことにされてしまう」と考え、しかしそれを認めてしまったら自分自身の否定になると思ったはずです。強姦は「魂の殺人」とも言われますが、まさしく彼女は「魂」を奪われまいとして戦うことを決意した、全人格を賭けて・・・・
 彼女が生きてゆくためには、これしか選択肢がなかった。だから強くならねばならなかった、勇気を出さねば生きてゆけなかった。
 示談もあり得なかった。それなりの金額をもらって日本以外でジャーナリストとして再出発しても、失われた魂のまま生きてゆくことはできない。今の自分を否定してしまったら、その後の人生も否定することになってしまう。なんと苦しい決断であり哀しい決意でしょうか。彼女の心情に思いを馳せると胸が痛くなります。

 

 けれども、なんと誇り高き決断でしょうか。彼女の表情には、思い悩み考えた末での〝覚悟〟があり、その瞳は清々しく、ある種の境地に達した人間の美しさがあります。私はそれを「崇高な精神」と呼びますが、それと比べると元記者の表情はなんと貧相なことか。捜査を中止した元刑事部長も・・・。
 事柄は違いますが、同じような感想を前川元事務次官にも持っています。ですから彼の人格攻撃をしている、この国の首相や官房長官や取り巻き連中も、とてつもなく貧相に見えるのです。そのみっともない姿からは「貧困な精神」という言葉しか浮かんできません。

 

最後に男たちも、強姦は「屈辱」でもあることを理解しなければなりません。そのヒントして「ショーシャンクの空に」というアメリカ映画を機会があれば観てほしいと思います。
 詳細は省きますが、刑務所に入った主人公の男性が長期刑の囚人たちに性欲の相手として襲われるシーンがあります。この囚人たちは必ずしも男色ではないのですが、長い囚人生活の中で性欲を満たす手段としたのでしょう。刑務所は男社会ですから、程度の差はあっても強い者が支配します。であれば筋力が乏しく弱々しい男は、そのような連中から性欲を満たす相手として狙われ、受け入れれば守られる対象にもなります。
 しかし主人公は抵抗します。けれども時には無理やりに組み伏せられてしまう。そんなシーンが描かれているのですが、私は思いました。これは耐えがたき「屈辱」なのだと。その時、強姦や性犯罪の被害に遭ってしまった女性たちの気持ちを、ほんの少しですが理解したような気がしました。そうなのです、性被害に遭うことは「耐えがたき屈辱」なのです。

 

男たちよ、考えてみなさい。性的なことでなくても人生の中には、職場で、学校で、街の中で「屈辱的な目に遭う」ことはいくらでもあるのです。耐えられるのならいいでしょう。けれども耐えられないのなら、どうしますか? 戦いますか? それとも死を選びますか? 「屈辱」を受ければ男だって心が崩壊するのです。ならば女性にとっての「最大の屈辱」とは何かを知るべきです。

 

「詩織さん」会見の意味を考える その2

民主主義の根幹を揺るがす〝捻じ曲げられた捜査〟

 申し訳ありません、続けて掲載するつもりでしたが〝五十肩〟のためにマウスを動かすだけで痛くて時間が掛かってしまいました。休めば良いのですが、次から次へと恐ろしいことが起きているので・・・・

 

報道されている経緯を見れば逮捕状が出るのは当然だと思いますが執行されませんでした。確かにそれ自体は違法ではありません。法律では司法警察員に判断を委ねられていると明記されているからです。しかし各メディアが報じているように〝極めて異例〟であることは間違いありません。そして嫌疑不十分という理由で「不起訴」という検察の判断も、実に不可思議です。
 なぜ、このような結果になるのか? その1で書いたように元記者の言い分はとても信用できるものではありません。あのような弁明を警察と検察が信じたとしたら〝無能〟の一言で、およそ捜査をする資格のない人間たちと言えるでしょう。

 

 なによりも疑問に思うのは、当時の警視庁刑事部長であった中村格氏の捜査指揮です。いくつかのニュースサイトから拾った、取材に対する中村氏の言葉を列挙します。

 

「事件の中身として(逮捕の必要はないと)私が決裁した」
「(捜査の中止については)指揮として当然だと思います。自分として判断した覚えがあります」
「所轄署は女性の言い分だけをなぞっていた」
「もともと起訴されるような案件ではない」
「捜査一課を投入して家宅捜索までやった」

 

最初の二つは週刊新潮の記事に掲載されたものです。残りの三つは何かの記事の引用だったと思います。ですから本当に中村氏が言ったのか、その真偽はわかりません。

 

まず新潮のインタビューに対してですが、どうして逮捕の必要がないと判断したのか、どうして中止の指揮をしたのか、その説明をしていません。捜査についてですからマスコミに話す義務はないかもしれません。しかし警察も行政府の一部である以上、当然国民に対して説明義務を負っています。少なくとも告訴状を受理したのなら、提出をした被害者には理由を説明すべきではないでしょうか。
 警察の中立性や公正性に疑義が生じた時は国家公安委員会が調査にあたるのですが、国会の答弁では拒否をしました。これは許されるべきことではありません。所轄署が逮捕をしようとした直前に中止を命令し、捜査を警視庁の捜査一課に移管した〝正当な理由〟があるのなら、中村氏は国家公安委員会に説明する義務があるのです。野党には粘り強く要求してほしいと思っています。

 

「所轄署は女性の言い分をだけをなぞっていた」ですが、これは事実に反します。高輪署は当初腰が重かったのに、防犯カメラの映像などの客観的な証拠などが見つかったから逮捕状を請求したわけですよね? 

 

「もともと起訴される案件ではない」と本当に発言したのなら重大な越権行為です。起訴の判断をできるのは検察官だけなのに、刑事部門のトップとはいえ検察官でもない人間が、なぜこんなことを言えるのでしょうか。


「捜査一課まで投入して家宅捜索までやった」ですが、そもそも何を捜査したのでしょうか?
 酩酊状態でホテルに連れ込まれたことは明白で性行為があったことも認めている。ならば、少なくとも詩織さんが自らの意志を示す状態に疑いがある以上、準強姦容疑の要素は成立しているはずです。それともホテルの部屋での状況を捜査するとか? どうやって?
 家宅捜索にしても何を探すのでしょうか? 写真とか動画とか薬とか・・・・。しかし当時はアメリカに在住ですよね。日本の自宅? それともアメリカまで捜査員を派遣したのかな? どうも胡散臭いですね、まるでアリバイ作りというか「形だけ」としか思えませんね。けれども捜査一課の刑事さんたちには同情します。こんなアホみたいなことをやりたくなかったでしょう。
 当時はワシントン支局長だったのですから、身柄を拘束しなければ捜査の妨げになるのは当り前ですよね。しかしそれをせずに、何をどう捜査するというのでしょうか? 誰だって「何らかの意図があった」と考えるのは普通だと思います。
 

 

警察による「証拠隠蔽」? または物語を書き換える・・・

 詩織さんの証言では警視庁の捜査員たちから示談を勧められ、しかも望んでもいないのに弁護士のところに連れていかれたと言っています。
 強姦も準強姦も親告罪なので被害届が出て初めて捜査を開始しますから、示談の話が出てくるのは、通常は逮捕された加害者の弁護士から出てきます。要するに示談金を払うから被害届を取り下げてくれ、と言ったものですが、被害者が示談に応じなければ警察は捜査を続行し、その結果を検察に上げるのがいわゆる「送検」です。被疑者を勾留していれば送検で、勾留していない場合は「書類送検」というのが一般的です。

 

 さて、ここで一つ目の疑念が生じるのです。逮捕をしていないのに示談を勧めることは、刑事事件にはしたくないから民事でやってくれ、と言っているのと同じことですから警察の言うべきことではありません。これは警察の「逸脱行為」と言ってよいでしょう。まぁおそらくは刑事部長の指示だったことが容易に推測できます。簡単に言えば、準強姦を「和姦」だったという物語にすり替えた。
 和姦の意味には「不倫」という要素もあるようですが、ここでは「男女の合意の上での性行為」とします。合意の上であれば刑事事件になりようがありませんから、あくまでも男女間のトラブルという「民事事件」に仕立て上げようとしたのでしょう。けれども・・・・

 

詩織さんの証言では、防犯カメラの映像やタクシー運転手の証言などがありますから、和姦を成立させるのは難しいはずです。ですから、いくらボンクラな検察官でもそのような証拠があれば公判維持は可能と判断するはずなのです。
 ここで二つ目の疑念が生じるのです。それは〝証拠や証言が検察官に本当に送られたのか〟ということです。私が疑っているのは、所轄署が収集した証言や証拠を隠蔽したのではないか。もしくは改竄した可能性です。
 もちろん私は検事ではありませんから、どのようにして起訴・不起訴を決めるか知っているわけではありません。しかしみなさんも御承知の通り、詩織さんが指摘した証拠や証言があれば「起訴」されると思うのが普通ですよね。けれども、なぜか「不起訴」なのです。

 

提出されるべき「証拠」と「証言」がないのなら嫌疑不十分と判断される可能性はありますし、それ自体は検察官の責任ではありません。しかし、もし、もしですよ、担当検事が刑事部長の意図を汲んで「不起訴」にしたとするなら、なんと恐ろしいことでしょう。まさに司法の崩壊になってしまいます。ですから、いくら最近の検察は弱腰と言っても、まさかそこまで堕落しているとは思いたくないのですが・・・・

 

 

安倍首相はどこまで知っていたのか?

公安委員会に対して調査を要求するのも大事ですが、野党のみなさんには是非国会で問い質してほしいことがあります。
 疑惑の元記者は2016年の6月に「総理」という本を刊行しています。今さら説明するまでもありませんが安倍首相の御用記者、もしくは「安倍政権の犬」などとネットでは言われています。それはどうでもよいことですが、私が知りたいのは、安倍首相は元記者の容疑の件を知らなかったのか、また知ったのはいつなのか、ということです。
 だっておかしいでしょ? 一国の総理ともあろう人が、準強姦容疑で逮捕状まで出された記者の取材を受け、なおかつ起訴か不起訴か決まっていない段階で首相の写真が表紙を飾っている本を出版するとは・・・・いったいどういう見識なのか?
 問い質す理由は十分でしょう。だって「倫理」として問題だし、常識として少なくとも検察の結果が出るまで自重するのが普通ではありませんか?
 安倍首相が元記者を「無実」だと信じるのは勝手だけれど、いったい周囲の人々は何をしていたんでしょうね。通常なら止めますよね? 私には、まるで不起訴になるのがわかっていたように感じるのです。これは邪推でしょうか? しかし元記者のメディア露出や出版のタイミングを見れば、それ以外に考えられないのです。もしそうであれば三権分立が崩壊したことになってしまいます。
 私の推測が誤っていることを願いますが、もし正しいのなら、日本はもはや民主主義国家ではなく、政府の意向で全てが決まってしまう中国や北朝鮮やロシアと同じになったことを意味します。

 

その3 崇高な精神と貧困な精神に続く

「詩織さん」会見の意味を考える その1

どちらに説得力があるのか

 次から次へと「スキャンダル」が出てくるので、それらを伝えた記事を読むだけでも一苦労です。しかし戦前戦後も含めての憲政史上で、これほどスキャンダルにまみれた内閣があったでしょうか。しかもその内容は、すべて民主主義の根幹に関わることばかりです。

 

 529日に行われた「詩織さん」の会見はあまりに衝撃的でした。週刊新潮で報道されたこと自体は知っていたけれど詳細は知らなかったのですが、その内容があまりにひどかったので憤りだけが残っています。
 しかし私は、その怒りの強さに危うく本質を見失うところでした。確かに「恣意的な捜査」と「恣意的な判断」が警察と検察で行われたことに疑う余地はありません。けれどもそれはあくまでも結果であって、それを生み出す背景があることを、その後の詩織さんのインタビューや記事に接するまで気づきませんでした。そんな愚かな自分を反省しています。

 

 けれどもこの事件に関しては、どうしても解せない部分があるのでそれだけは指摘しておきます。事件の概要については下記の記事を参考にしました。


私はレイプされた」。著名ジャーナリストからの被害を、女性が実名で告白
(Yahooニュースより、Buzzeedジャパン)

 

レイプ告白「あの夜、なにがあったのか詩織さんと山口氏それぞれに聞いた
(Buzzeedニュースから)


 詳細は記事を読んでもらうとして基本的に私は、どんな問題であれ当事者の言い分が食い違っている時には、まず双方の言っている中に共通している事柄を探します。その理由は、お互いの認識が一致しているのなら、それはほぼ事実であろうという推測が成り立つからです。そのような観点からいくつか列挙しました。

 

①メールのやり取りをしている間柄であった

②詩織さんはTBSのワシントン支局で働きたいという希望があった。そのことは元記者も知っており、まだ現職のワシントン支局長だった。

③元記者からの「会えないか?」という誘いに詩織さんは承諾している

④この時点で恋愛感情があるようなことを双方とも言っていない。特に詩織さんの方は皆無であり、あくまでも相談という認識であったことに疑いの余地はない

⑤詩織さんが歩けないぐらいの〝酩酊状態〟であったことは元記者も否定していないので、これについては間違いなく事実ある

⑥それを裏付ける証拠として、ホテルの防犯カメラ映像・タクシー運転手の証言・ベルボーイの証言がある。これらについても元記者は何の言及もしていないので、事実であることが推測される

⑦性行為があったことは双方とも認めている

⑧詩織さんが被害届を出して受理されたこと。所轄署で捜査が行われ逮捕状が請求されて認められたこと

⑨逮捕状が執行されず、さらには不起訴になったこと

 

記事や会見から拾い出したものですが、少なくとも上記のことは疑いようのない事実だと考えて差し支えないでしょう。
 では何が問題なのか? それは酩酊状態だった詩織さんに、同意や拒否をすることが可能だったのかということになります。
 薬を飲まされたかどうかを証明することは不可能ですから、可能かどうかの判断は状況証拠や証言に委ねられますが、ということは逮捕状の請求と許可が下りたという事実は、所轄署と裁判所は準強姦の要件を満たしている、要するに詩織さんが自らの意志を示すことが不可能だったと判断していたと考えられます。

 

では元記者の言い分はどうでしょうか? 要点だけ書きます。ちなみにホテルに入るまでの詩織さんの証言については否定も反論もしていないようですが。

①部屋の二ヶ所で嘔吐をし、その後はトイレに駆け込みそのまま寝てしまった

②寝込んでしまった詩織さんをベッドに連れて行った。詩織さんはイビキをかきだした。

③嘔吐物で臭かったので別のベッドで寝た

④その後(どのくらいの時間が経過したのか記されていない)、唐突にトイレに立った詩織さんは戻ると元記者のベッドに入ってきた

⑤その際に「飲み過ぎちゃった」などと言い、普通に話をした

記事には「普通に話をした」後に性行為に及んだ、とは書いてありません。

 

みなさん、できれば繰り返し読んでみてください。不自然な箇所がいくつもありますから。私はこれを読んだ時、苦笑したというか呆れたというか、ずいぶん都合の良い話だと思いました。
 まず元記者の言い分通りなら、詩織さんはずいぶんと回復力の早い人(特異体質?)だということになります。部屋の二ヶ所で嘔吐をし、トイレに駆け込んでそのまま寝込んでしまい、ベッドでもイビキをかくほどの状態なのに・・・・いったいどのくらいで回復したのでしょうか? こんな人いるかなぁ・・・・もしお酒が強いのなら、そもそも酩酊なんかしないし・・・・

 

私の経験から言えば、これほどの泥酔をしていたら少なくとも5.6時間は目が覚めないと思いますが、記事によれば、防犯カメラの映像ではホテルに着いたのが午後1120分頃となっているので、元記者の証言通りなら、わずか数時間で目が覚めないと辻褄が合いません。ところが詩織さんの証言では、痛みで意識が戻ったのは午前5時頃で、その時には詩織さんの身体の上に元記者が跨っていたとなっています。ちなみに午前5時頃に部屋を飛び出してゆく詩織さんの姿が防犯カメラの映像で確認されているそうです。

 

基本的にこれほど泥酔すれば、目が覚めたとしてもかなり不快な状態なのが一般的でしょう。正直、性行為をしようなんて思わないのが普通です。しかも元記者は「ゲロで臭くて」と言っているのですよ。詩織さんはいつシャワーを浴びたのでしょうか? それとも性行為時に元記者さんは気にならなかったのかな? 実に不思議ですね。ついでに言えば、記憶の飛んでいる詩織さんの方ができるだけ時間系列を明確にしているのに、元記者はまったく言及していないのが不自然過ぎます。

 

私の感想は、もしこれが事実なら、詩織さんは男にとって実に都合の良い女性になってしまいます。勝手に泥酔し、勝手に寝込んで、起きたと思ったら半裸でベッドに入り込んでくる。そんな女性に私は今まで出会ったことがありません。と言うより、このような女性が存在するとはとっても思えない。みなさんはどうですか?

 

 そもそも女性は相手の男性に好意を持っていれば、醜態を晒したくないと考えて飲酒を抑えます。酔わない自信があれば別ですが仕事関係の相手でもそれは同じです。男性を前にして酔っぱらう時は、相当相手を信頼していない限りありえません。若い女性なら、なおさらその傾向は強くなります。
 しかし時には「酔ったふりをする」女性がいるのも事実です。その場合は、好意を寄せている男性がなかなか誘ってくれなくて、そのきっかけというか誘いやすくさせるために「ふり」をするというものです。その他には何らかの意図がある場合ですが、いずれであっても泥酔したら元も子もないことは言うまでもありません。

 

 どう見ても詩織さんが、元記者に対して好意を持っていたとか信頼を寄せていたとは思えない。あくまでも相談相手としての男性という認識であったと考えるのが自然でしょう。なにしろ相手はキー局のワシントン支局長ですし、何らかの便宜を期待しても非難されることではありません。むしろ普通のことだと思います。
 仮に詩織さんに何らかの意図があったとしたら〝レイプ〟後の行動が辻褄に合わないのです。彼女は元記者に対して何か要求をしましたか? したのは抗議ですよね。意図があって近づいたとか、性的関係をちらつかせて便宜を求めたというのなら、抗議や被害届を出すこと自体がおかしいではありませんか?

 

 小動物程度の脳みそしかない「ネトウヨ」や「安倍信者」または「女性蔑視主義者」らが、詩織さんに対して誹謗や中傷をネットで繰り広げているようですが、事実関係だけを追っても「自らの意志でホテルに行ったでもなく」「性行為も同意していない」ことは明白なのです。

ネトウヨたちの言動を見れば、女性にモテないことが手に取るようにわかりますが、もう少し女性を理解する努力をした方がいいですよ。足りない脳みそなりにね。
 あっ、失礼しました。それができないから「ネトウヨ」でしたね。不可能なことを要求してしまったようです。とりあえず撤回しておきます。

 

その2 民主主義の根幹を揺るがす〝捻じ曲げられた捜査〟に続く

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Author:カイトアキラ
もうすぐ老人と呼ばれる年齢になりました。
今までオートレース・ギャンブルについて書きましたが、今の日本の状況を考えると、たとえ影響力がなくても、もしかしたら若い人たちに響いてくれたら、という微かな希望を持ってブログを続けようと思います。
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