FC2ブログ

この国の未来を考える

加計学園獣医学部を開学させてはならない

925日が臨時国会開催の予定日だそうです。まだ1ヶ月近くありますが、とりあえず安倍さんは加計・森友事件の追及を直接受けずにいます。でも、次から次へと新事実が出てきているので残念ながら〟フタをすることは無理のようです。

 

加計学園獣医学部の設計図面が出てきました。「今治加計獣医学部問題を考える会」によるものですが、代表の黒川氏は内部文書と表現していますので、おそらく設計事務所もしくは工事関係者から出たものであることは間違いないでしょう。ただ報道では、少し論点が外れているのではと思う部分がありますのでポイントを整理したいと思います。

 

1、設計図面は「ホンモノ」か?

黒川氏によると、NHK「クローズアップ現代」に図面を渡したが一向に放送されないので公開に踏み切ったと言及しています。なんでもNHKは「設計図の出処を明らかにしろ。偽物だったらどうする。部長のクビが飛ぶ、局長判断だ」と言っているとか。呆れて言葉が見つかりませんが、NHKは建築業界のことを知らないのかと思うけれど、そんなことはあり得ないので黒川氏の推測通り「圧力」か「忖度」なのは間違いないでしょう。
 少し乱暴な表現ですが、設計図面には「ホンモノもニセモノも」ないのです。もっとわかりやすく言えば、設計変更など現場では日常茶飯事で、変更していけないのは建築基準法に関わる部分だけです。基本的には構造や耐震、または安全に関わる部分と言ってよいでしょう。ですから企画された時点での図面が、そのまま竣工されることの方が少ないと言えます。

 

2、公開された図面は、どの時点で作成されたものなのか?

企画をした時点のものは前述した通りですから問題外です。次は建築確認申請に提出する図面になりますが、これは建築基準法に関わる部分をクリアーしているのかを確認するためのものですから、それ以外の部分を変更しても問題は何らありません。
 では加計学園の場合で一番重要になるのはどこか。それは補助金申請の際に文科省に提出した図面、さらには今治市に提出した図面です。

 

3、図面と言っても中身は色々ある

工事費の積算をするには、まず基本となる設計図面は当然として、材料の内訳や使用する重機の種類、または各設備機器の仕様書などが必要になります。それらを基にして積算をしたのが工事内訳明細書になり、一般的には見積書とも呼ばれます。あれだけの規模の建物となれば内容は相当多くなるでしょう。
 ここで少し解説をしておきますと、図面などの設計に関わる書類を「設計図書」と言い、これら一式は竣工後に残すことが義務付けられています(図面で該当するのは竣工図)。明細書は含まれませんが後日問題が発生した際には、この設計図書が大きな役割を果たすことになります。保管は発注主と施工主の両方に義務付けられています。
 もし、どの図面がホンモノかと無理矢理表現するとしたら、それは竣工図になるでしょう。なぜなら完工した建築物の図面だからです。でも時々、竣工図と実際の建物が違っていることがありますが、これは担当者が設計変更を忘れて図面を訂正していない場合が大半です。もし設計変更されていないのに図面と違った建物になっていたら大問題になるのは当然です。
 もう一つ付け加えると「施工図」というのもあります。これは施工管理者が工事に携わる職人さんや作業員に提示するものですが、中には図面を理解できない者もいますから、その際には施工管理者が立ち会って指導をします。施工図は現場事務所には山ほどあります。
 今回の件では、どこからの入手とか、これはホンモノなのかと言われていますが、図面は下請け業者にも共有していることが多いので、その気になれば簡単に手に入ります。なぜなら図面は「秘密にする」ものではないからで隠す理由もありません。まさか戦国時代の城のように「秘密の抜け道」を作っているとしたら別ですが ()

 

4、補助金申請と設計図面の整合性

「設計図」と「竣工図」では目的が違いますから、現時点で考えるのなら、竣工される建物に最も近い図面は今治市に提出されたものとするのが妥当です。
 今回の最大の問題はここになるのです。公開された設計図面が、今治市に提出されたものと同じ、もしくは多少の変更はあっても〝設計思想〟が同じであれば、内容から考えて「石破四条件」に適合したものと言えないのは確かです。とすれば補助金交付自体が大きく揺らぐのは間違いありません。ただ愛媛県は、まだ認めていないようですが。
 もし今治市や文科省に提出された図面や仕様書と、完工した建物が違っていたら法律違反かどうかは別として大問題になることは必至です。ある意味補助金詐欺になり森友学園と同じ構図になるのです。

 

5、高度な研究などするつもりはない、開学がすべてだった?

私だけが言っているわけではありません。多くの人が指摘していることです。
「加計学園は最初から、ウィルスなどの高度なライフサイエンス研究をするつもりはなかった。開学さえしてしまえば、その後の言い訳などどうにでもなる」
この推測通りであれば設計図面の杜撰さに納得がゆくのです。
 実は気がかりな点があるのです。それは、補助金交付の条件に設計変更した場合の特約が明記されているのか、ということです。
 設計図面通りの獣医学部棟なら〝バイオハザード〟は必至と専門家は警告しています。しかし言い訳は可能で、現在の工事は開学に間に合わせるためで、研究施設は開校してから順次進めてゆくと言われたら、どうするのでしょうか? どうやってチェックをするのでしょうか? 確かに予定では獣医学部棟だけではありませんから他の建物を変更することもできるのです。
 そもそも研究施設の適否を判断する専門家がWGや諮問会議に入っていないのがおかしいのです。それともこの連中たちは、それらは文科省や厚労省は農林水産省が判断することだとしているのでしょうか。そうだとしたら「国家戦略特区」など要らないではありませんか!
 本当にどうするつもりなのでしょうか。今治市に判断できる人がいるとは思えないし、おそらく愛媛県にもいないでしょう。たぶん、そのようなことも見通して工事を進めているとしか思えないのです。結論は、やはり〝世界に誇れる研究施設〟や〝世界水準の獣医学教育を目指す〟つもりなど最初からなかった。
 ひどい話です。高校生を持つ親御さんたちよ、こんな大学に我が子を行かせたいですか? はっきり言って加計孝太郎氏は「教育者を語る詐欺師」と表したい気持ちです。こんなことを言ったら名誉棄損で訴えられるかな?

 

6、なぜ新聞の報道が少ないのか

テレビは見ないのでわかりませんが、朝日や毎日や東京が設計図面に関してあまり報道をしていないようです。もしかしたらNHKと同じ理由があるかもしれません。確かに、公開された図面がどの時点のものかは重要ですし、加計側が最終のものではないと言い張るのも可能です。どうもその点で躊躇しているのと思いますが、けれども加計学園の本気度を調べることはできるのです。
 一番簡単なのは、設計事務所や建設業者がウィルス研究を実際に行っている建物を視察した事実があるか、または設計実績や施工実績のある業者にアドバイスを求めたのか、さらには専門家の意見を拝聴したのか、それらを調べれば本気なのかどうか検証できるはずです。私の経験から言って実績のない業者はけっこう不安なものです。ですから工事や設計を受注したら、実績のある業者に教えを乞うことは意外と多いと指摘しておきます。
 設計図面の問題は決定的と言えるでしょう。法律上の問題はともかくとして「倫理上の問題」は避けられません。なにしろ「ウソ」を言って補助金をもらおうとし、それで大学を作ろうとしているとしたら・・・・・しかもウィルス研究をしたら、近隣住民を危険にさらす可能性が極めて高い建物かもしれない・・・・。こんなことがまかり通ったら、と考えるだけで心底恐ろしくなってきます。

 

参照記事

【加計問題】「危険なウイルスの漏出100%起きる-専門家が指摘」、内部文書公開の市民団体が警告 (Yahooニュース・志葉玲)

 

【加計疑惑】自ら認めた「設計図は本物」 30年4月に開学できなければ白紙も?
     (BLOGOS・田中龍作)

 

番外ですが、例の加戸元愛媛県知事にまつわることで、あの「放送法遵守を求める視聴者の会」が、いつものことですが〝アホらしい〟ことを吠えています。それに対して完膚なきまでに叩きのめしている記事がありました。現新潟県知事・米山隆一氏です。

 

前川氏の証言と加戸氏の証言は同じ時間放送しなければならないか?
     (BLOGOS・米山隆一)

 

 

スポンサーサイト

想像力が欠如している日本人

NHKが左翼だったら私はテロリストになってしまうけど・・・・

813日に放送された、NHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」をユーチューブで見ました。さらに「戦慄の記録 インパール」も。
 テレビをまったく見ないのでリテラが取り上げていなければ見逃すところでしたが、なるほど、おバカなネトウヨが発狂するというのも理解できます。またぞろ「捏造」とか「反日」とか「左翼」とか「プロパガンダ」などと吠えているようですが、反論できない事実を突きつけられた時の〝いつもの反応〟で見苦しい限りです。そのアホぶりを笑ってあげましょう。

 

一つだけ指摘しておきます。裁判での証言を「言わせられた」とか「洗脳された」などほざいているようですが、だったらなぜ、今頃になって映像が発見されたのですか? プロパガンダに使うのなら裁判は1949年ですから、もっと以前に公表しても良かったはずですよね。
 おそらく証言者たちはシベリアに抑留されたと思いますが、もし「洗脳」や、何らかの〝取引〟をしたのなら早期に帰国をしていたはずです。その辺りはどうだったのか詳細を知りませんが、証言者のその後については一人だけしか触れていなかったのが残念です。その後を追っていれば番組のモチーフもさらに深まったでしょう。ただ、もしかしたら〝資料〟が残っていないのかもしれませんが。

 

正直、今回の放送内容は私からすれば特に目新しいものはありませんでした。ただ証言者の肉声が残っていたのは実に貴重で、それを発見しただけでも今回のNHKの仕事は価値があると言えるでしょう。
 エリート医師たちが人体実験に主導的な役割を果たしていたことが、証言で明らかになったことは極めて重要です。なぜなら記録映像では、捕らわれたのは圧倒的に下士官や軍属ばかりですから、医師たちや幹部をいち早く帰国させたのは隠蔽を図るため、ということがこれだけでも明白になりました。このようなことは以前から指摘されていましたが、同じ日本人によって証明されたことになったのです。
 731部隊の医師たちが戦後医療界の中心的存在になったことを番組でも指摘していましたが、一つだけ付け加えれば、薬害エイズで有名になった、あの「ミドリ十字」という薬品会社を創設したのは731部隊の生き残りだったことは、みなさん、御存知でしたか?

 

 今回少し驚いたというか呆れたのは、この程度の内容でネトウヨたちが大騒ぎをしていることです。私がまだ若かった頃の1970年代や1980年代では、この程度のドキュメンタリーはNHKでも民放でも普通に放送されていました。ですから何を今さら、という気持ちもありますが、ネットの影響力が増している昨今では、このような番組も必要不可欠であることは間違いないようです。

 

 私は〝筋金入り〟の受信料拒否者ですけれど、こういう番組ばかりなら受信料を払っても良いのですが() ですから遠慮せずにガンガンやってください。そして、おバカなネトウヨたちの気持ちを萎えさせ意気消沈させてください。そんなネトウヨを、私は見たくて見たくて!


毛沢東の言葉に『敵に反対されるのは悪いことではなく、よいことである』というのがありますが、ネトウヨやニセ愛国者、またはエセ保守、さらには差別主義者たちから罵声を浴びることは、この言葉通り、日本人にとって良いことをしているのです。ですから罵声されればされるほど、実はそれは応援しているのだと思いましょうね。
 いつも素早く反応しているリテラさんには感心しています。今後もネトウヨたちが発狂しそうな記事をお願いします。あなた方は〝日本人のために実に良いこと〟しているのですから。

 

NHKが731部隊の人体実験証言テープを公開し、安倍政権につながる重大な問題を指摘! ネトウヨが錯乱状態に

 

 

731部隊の幹部たちが免責をされた意味を考える

 今回の放送ではエリート医師たちの関わりを描いていますが、私にとって最も重要なことは、なぜアメリカは免責したのか、です。この当時の記録はアメリカでも最重要機密扱いになっているらしく、一部の公文書が公開されたのは21世紀に入ってからと聞いています。免責の経緯については公文書が順次公開されれば、きっと歴史家たちが解明してくれるでしょう。けれども私は731部隊の免責という事実が戦後の日本の在り方を決めてしまったのでないか、と最近強く思うようになりました。ただし731部隊は、あくまでも象徴という意味です。なぜなら日本の支配階級は、様々な問題で免責を求めた代わりに対米従属を受け容れた、と考えているからです。

 

最大の免責は「天皇の戦争責任」であることは言うまでもありません。なにしろポツダム宣言を受け容れるかどうかでも、「国体護持」と称して国民の命よりも国家体制を重んじていましたし、戦後の責任逃れに至っては、政治家も軍人も〝情けない〟の一言です。犠牲になるのはいつも庶民ばかりという現実。
 東京裁判の戦犯たちがスケープゴートだったのは間違いありません。なぜなら戦争犯罪人が、あの程度の数であるわけがないからです。ですから、おバカなネトウヨたちが言っている意味とは違って、東京裁判が茶番であることは紛れもない事実だと言っておきましょう。

 

 敗戦から73年が経過し、とりあえず日本本土での戦闘行為は一度もなく平和が保たれてきました。しかし沖縄を中心に、未だ米軍基地が日本の領土内に存在している事実を考えた時、これは免責をしてもらった代償なのではないか、と思えてなりません。

 

翁長沖縄県知事のインタビュー記事からの抜粋です(朝日ジャーナル・緊急復刊、201677日号)
・・・・ただ中央の政治家は私たちに寄り添う気持ちがありました。名前を挙げるのは一人にしておきますが、野中(広務・元官房長官)さんなんかは、ちゃぶ台に手を当てて土下座をせんばかりに頭を下げて謝罪をしました。それでも私らが「基地を減らしてほしい」と言っても、「今の日本にはできないんだ。申し訳ない」と言われました。

 

私はこの記事を読んだ時、なぜ? という言葉しか浮かびませんでした。そしてその後もずっと考えているのです、どうして米軍基地を置いておかねばならないのか。百歩譲って安全保障上の問題があるとしても、米軍基地を置かねばならない理由は本当にそれだけなのか?
 専門家の中には「日本を守るためではない、アメリカの世界戦略のために米軍基地はある」とはっきりいう人もいます。そして、もし日本政府が米軍撤退を要望し、安保条約の破棄まで言及したら本当に困るのはアメリカの方だ、とまで言っているのです。

 

この言説の方が正しいと私は思っているのですが、なぜ野中氏は翁長氏にそう言ったのか? その理由を色々考えると、どうしても答えは一つになってしまうのです。もし日本政府が対米従属から離脱するのなら、過去の免責した事柄を全て暴露する、とアメリカに脅かされているのではないか・・・・

 

アメリカにとっては免責の内容が公開されても痛くも痒くもない。しかし日本の支配層とっての打撃は計り知れないでしょう。その一例が「731部隊」であり、または「従軍慰安婦」にまつわる戦時性暴力の実態であり、数々の民間人虐殺ではないでしょうか。
 これらを突き詰めてゆけば、一部の人間にのみ戦争犯罪を押しつけ、下士官や兵卒だけをBC級戦犯として生贄にしたことが白日の下にさらされてしまうのです。そうなれば当然、日本人による戦争犯罪追及の声が上がるでしょう。そのような事態を一番恐れるのは、いったいどのような人々でしょうか。

 

 

日本が戦場になる日は来るのか?

安倍政権の対米追従に警鐘を鳴らす声が増えてきました。安倍晋三という政治家は北朝鮮を絶えず利用してきました。その最たる例は「平壌宣言」を潰したことですが、この件については別の機会にします。ただ北朝鮮危機なるものを煽ってアメリカの武器を買い込もうとしている姿は、平壌宣言潰しに勝るとも劣らないぐらいの犯罪的行為だと断言しておきます。戦後、ここまで国民を危険に晒している政治家を私は知りません。
 さらに、731部隊の放送でも指摘されている通り、軍産共同ほど恐ろしいものはないのです。民間技術の軍事転用や各大学の軍事研究への協力、そして武器輸出。いったい何のためなのか? いったいどこで使のか? もし日本で作られた武器や軍事技術が他国や他民族で使用されたらどうなるか、本当に考えているのでしょうか。使われた側は絶対に忘れません。必ず日本という国、日本人という民族に恨みを抱くでしょう。ならば使われた側はどうするか、軍事力で対抗できなければ〝テロ〟を実行するしかなくなるのです。

 

以前にも指摘しましたが21世紀の戦争は瞬時に決着がつくのです。ただし軍隊同士という意味ですが、核攻撃であれば人が踏み入れない状態になる。仮に核攻撃をしないで決着がついたとしても残るのは治安維持ですが、イラクやアフガニスタンを見ればわかるでしょう。世界一最強な軍隊といえども平和にはできないのが現実なのです。

 
 敵地攻撃能力などと愚かな発言をする人間が防衛大臣をやっていますが、敵と想定されている側にしたら、この言葉は宣戦布告と同義語と言えるでしょう。このままアメリカに追随して行けば自衛隊は必ず戦闘を行います。しかも日本領土内ではないところで。そうなれば日本も〝テロ対象国〟になるのは間違いありません。いや、すでにそう見なされていると私は考えています。
 みなさんは想像していますか? テロに怯える日々を、ロケット砲や銃が乱射される日常を、そして核ミサイルで攻撃された街を。
 73年の平和な時代が破られようとしています。そう想像する私は異常でしょうか? でも、そんな光景が浮かんでくるのです。今なら、止められるはずです。元凶さえ取り除ければ・・・・。

「ホンモノ」は「ニセモノ」を駆逐する

良貨が悪貨を駆逐する

「悪貨が良貨を駆逐する」ということわざがあります。簡単に言うと一つの社会で、名目上は同じでも実質的な価値の違う貨幣が同時に流通すると、価値の高い方が駆逐されて低い方が流通してしまうという経済原則です。これを「グレシャムの法則」と言うそうですが、たとえとして「悪がはびこると善が滅ぶ」という意味にも使われています。

 

 もっともグレシャムの法則は、16世紀~19世紀に至るまでの金本位制に基づいた理論ですから、中央銀行の発行している貨幣が中心の現在では、必ずしも適用されるものではないようです。
 ただ「良貨が悪貨を駆逐する」という言葉に時々接することがあります。しかし経済用語としては成立していないようで、もっぱら〝たとえ〟として使われていますが、例えば「正義は必ず実現される」とか「公平・公正な社会にのみ人々の幸福がある」などでしょう。
 しかし、これらはどれも〝概念〟に過ぎません。現実としては、正義や公平・公正が本当に実行されているか疑わしい。けれども、どんな時代やどのような社会であっても、正義や公平・公正を求める人間がいなければ社会の進歩がなかったのも確かです。言い換えれば、正義や公平・公正を体現する人間がいたから、とも言えるのです。

 

 

「首相の人柄を信用できない」が不支持理由のトップという、この国の哀しさ

 加計学園問題について安倍応援団たちは未だに反論を試みています。このブログでも、その愚かさ・哀れさを何度も指摘していますが、やればやるほど自らの人間性を貶めていることに気づかないのでしょうか? 気づくぐらいなら最初からやらないだろう、とツッコミを入れられそうですが、他人事ながら余計な心配をしてしまうのです()

 

 これらの連中の対極にあるのが、例えば前川喜平氏であり、東京新聞の望月衣塑子氏です。参考として下記の記事を紹介します。

 

安倍政権をジワジワ追い詰めた、前川喜平氏の「人間力」
  (MAG2NEWS)

 

私が菅官房長官に「大きな声」で質問する理由 東京新聞・望月衣塑子記者インタビュー#1
(文春オンライン)
「長官を攻める私でも、夫婦ゲンカは受け身です」東京新聞・望月衣塑子記者インタビュー#2 (文春オンライン)

 

 特に新 恭氏の記事は出色でした。なるほど「人間力」かぁ・・・。言い換えれば「人間性」でもありますね。記事中には実に面白い指摘がありました。
・・・前川氏の言うことは論旨明快ウソ偽りが感じられない。だから、安倍首相をはじめ官邸や内閣府の面々が対照的に、胡散臭く見えてしまう。実際、安倍首相の人気急落には、前川氏の出現も大いに影響しているのではないか。(抜粋)

 

 官邸や安倍応援団たちが、いくら前川氏の人間性を貶めようとしても、やればやるほど前川氏の「人間力」が際立ってしまうのです。御本人には申し訳ないけれど〝実に愉快〟で溜飲が下がる思いです。

 

ほぼ同時ですが、先週発売された「アエラ」で前川氏のインタビュー記事が掲載されていました。この中で前川氏は、小学生の時に自身が不登校になった体験を語っています。さらには教育に対する考え方なども。一言で言えば、安倍さんとは対極の価値観を持ち、同時に〝信頼に値する人物〟であることも間違いありません。

 

日本人の多くは、実に常識的な感性を持っていると安心しました。なぜなら安倍さんは「ウソつき」で、その取り巻き連中も「平然とウソをついている」と判断しているからです。まさしく「正義を訴え、公平・公正を求める」人間が存在していた、と表現したら褒め過ぎでしょうか?
 望月衣塑子記者のインタビューも是非読んでもらいたいです。その内容から「誠実さ」を感じ取れない人間は、実に不幸であり、一度自らを見つめ直した方が良いでしょう、特に男性は。彼女が、なぜ官房長官会見に出向かざるを得なかったのか、その心情を理解できなければ、あなたは一生「女性の敵」になってしまいますよ。

 

日本も、まだまだ捨てたものじゃないなと最近感じているのは、前川氏とか望月氏の存在です。もちろん他にも、名は知られていなくても「不正を追及する」人々が存在していますが、彼ら彼女らこそ人間として「ホンモノ」であると言っておきましょう。このような人々がいる限り、決して暗いだけの未来ではないし、たとえ時間がかかっても「ホンモノ」が「ニセモノ」を追い出すでしょう。まさしく「良貨が悪貨を駆逐する」です。

 

付け足しですが、典型的な「ニセモノ」と指摘している記事を紹介しておきます。

 

高橋洋一、岸博幸原英史…加計問題を「岩盤規制突破」と正当化する安倍応援団が裏で“特区コンサル”企業に協力していた

 

 

前川喜平氏と和泉補佐官

この二人はエリートと呼ばれる人生を歩んできました。和泉補佐官は東大工学部出身で、旧建設省に入省しました。事務次官にはなれませんでしたが審議官まで登り詰めています。さらには工学博士を取得しています。

 

前川喜平氏は東大法学部を卒業し文部省(現・文科省)に入省しました。アエラで拝読しましたが、その役職履歴はエリートそのもので、なおかつ官僚としても優秀だったことがわかります。

 

二人の経歴からすれば私のような人間は、おそらく口も利いてもらえないような存在でしょう。この二人が閉会中国会審議で相まみえました。
 前川氏は相変わらず淡々とし、和泉氏も落ち着いた様子に感じましたが、前川氏の方向へ視線を向けた時(本当に見たかどうかはわからないけれど)、その姿は敵意を持っているように思えました。もちろん私の感想ですから、穿った見方だと言われても否定はできません。けれども・・・・なのです。

 

その態度は「自分が悪いとは、つゆほども思っていない」と、どうしても私には見受けられるのです。以下は私の推測ですが、おそらく和泉補佐官はこう思っているのではないでしょうか。
能力を認めて抜擢してくれた以上、その政治家の意向を実現するために動くことは官僚として当然のことだ。
自分は官僚として尽力しただけであって、前川氏とは考え方の違いもあるから反対だったのも理解している。それでも、その際の官僚同士のやり取りを後日になって公表するのは、官僚として〝仁義〟に反しているのではないか。なぜその時に、もっと抵抗や反対をしなかったのか。

 

しかし、もし私の推測通りなら本末転倒と言わざるを得ません。確かに、政治家の意向や望みに沿って動くことや努力することは、必ずしも悪いことではありません。けれどもそこで大事なのは、その意向や望みが、本当に国民のためや国のためになるのか、という視点でしょう。決して一部の人間の利益のためであってはならないはずです。
 もっと簡単に言えば、本当に〝正しいこと〟なのか、という視点が欠落していなかったのか。もしそうであれば、全体の奉仕者ではなく一部の政治家の奉仕者になってしまい、それでは官僚の本文から外れてしまうことになるのです。
 さらに付け加えれば、仮に反対や抵抗したら「結果」が変わったのでしょうか? 安倍首相は「事務次官という立場なら直接自分に言うことができるのに、なぜそうしなかったのか」と言いましたが、むしろ反対・抵抗したからこそ、天下り問題を持ち出して事務次官から追いやったではありませんか。もし違うと言うのなら、他省の天下り問題になぜ触れないのか、その説明を一度たりともしていないのです。

 

永遠に権力の座にいることはできません。法律をどんなに変えても、または軍隊や警察を指揮下に置いても、独裁者にもやがて「老い」はやってきます。そうなると自らの意に沿う後継者を指名したがりますが、歴史を見れば必ずしも上手くいかないことが多いのです。それは側近とて同じことです。
 現在の日本の政治制度では、政治家が権力の座にいられるのは長くても56年が限度です。例外的に10年近くいたケースが一度だけありましたが、官僚であれば後が控えているので期間はさらに短くなります。そういう意味では、今の安倍政権での官僚たちはかなり異例なのですが、通常なら、補佐官や秘書官を退任して天下りしても数年ぐらいで、現在の年齢なら直ぐに70代に入るのです。その年齢で企業や政治の中枢に居続けることは相当難しいと言えるでしょう。

 

誰しもが「老い」を迎え、高齢者と呼ばれるようになります。その時、人は何を思い、何を考え、何を思い出すのか。私は、まだ高齢者の手前なのでわかりません。ただ言えることは、私が「この人の話を聞いてみたい」と思えるのは前川氏のようなタイプであって、間違っても和泉補佐官のようなタイプではないことです。さらには、人生の後輩たちや若者たちが興味を持つのはどちらだと考えた時、その答えも明白です。

 

官僚たちよ、あなた方に問いたい。高齢者になり自らの人生を振り返った時、自分の行ったことは正しかったのか、と思えますか? そしてその時、周囲には誰がいてくれるのか、誰が話を聞いてくれるのか、それを想像したことはありますか?

こんなものいらない! 諮問会議とWGの民間委員たち

自民党を倒すことは簡単ではない

本題に入る前に、まずは安倍改造内閣ですが、下げ止まらなかった支持率が少し回復したようですね。安倍応援団たちはホッとしたことでしょう。ある程度回復するだろうことは見込まれていましたから、特に驚くことではありませんけれど。
 それにしても安倍サンの低姿勢は気持ち悪いですね。とにかく、嵐が過ぎ去るのをじっと待つということなのでしょうが、国民の大半は見抜いていますよ。どこまで頑張れるか、高みの見物でもしましょう。

 

ところで、仕事人内閣などと安倍サンは言っていますが、一言ツッコミを。では、今までは仕事をしていなかったの?
 確かにそうですね。やったことは、安保法制を強行採決して戦争への道を進めたこと。特定秘密保護法や共謀罪で反対者を弾圧する態勢を整えたこと。派遣法の改正で非正規労働者の固定化を図ったこと。そしてアホノミクスでは一部の人間だけに利益をもたらしたこと、などでした。おそらく後世の人は、これらの政策?を「内閣の仕事」とは認めないでしょう。国民を苦しめ、さらには戦争被害もしくはテロへの危険を増大させた「最悪の首相」と評価されるのは間違いありません。
 でも、みなさん、忘れないでください。これは安倍サン一人がやったことではないのです。自民党と公明党と維新の議員たちが賛成したから成立したのです。野田総務相も河野外相も賛成したではありませんか!
 これで、いったい何が変わると言うのでしょう。反省するというのなら、今までやってきたことを「撤回」するのがスジではありませんか? 態度だけなら「サル」でもできる!

 

でも数字は正直です。改造前の支持率は30%を切っていましたが、もともと何があっても自民党支持が変わらない「コア」層は全体の3割程度ですから、この数字は無党派層の支持を失くしたことを意味しているのです。ですから改造後の支持率が56%近く伸びたといっても、無党派層でも心情的には自民党寄りの人々が戻っただけなのです。けれどもこの数字では選挙に「勝つ」ことはできませんし、なによりも不支持で最も多い理由が「安倍首相を信用できない」ですからね。もっとも現在の野党の状況では「負ける」こともないけれど・・・・

 

私が、今回の内閣改造に関して一番目を引いたのは下記の記事です。
「古賀・菅連合内閣」が安倍改造内閣の本質だ、後藤謙次氏が解説
    (ダイヤモンドオンラインより)

 

後藤氏の解説が正しいのかは別にして、記事に書かれている古賀誠氏の発言に、私は〝自民党の強さ〟を改めて感じました。それは、
「政権が困っているときに足を引っ張らない。それが保守本流である宏池会(岸田派)の伝統だ」
という発言です。
 この意味については様々な見解があると思いますが、私なりには、これは自民党内での一種の〝揺り戻し〟が働いたのだろうと思っています。安倍政権があまりにも右に旋回し、さらには私物化も目立ってきた。事実、古賀氏は安倍批判をしていましたからね。けれどもここで政権を倒す側に回らないというのが、保守本流と呼ばれる「宏池会」の賢さであり狡さでもあるのです。
 次を意識しているのは明らかですが、政権を取るために〝あの時は協力したのだから、次はあなただよ〟という意味ですけれど、はたして安倍サンは約束を守るのでしょうか。

 

大きな変革を嫌う傾向が日本人にはあるようです。実際に戦後の政治を辿ってみれば、いわゆる保守本流の政治家たちが、このような心情を慮りながら政策を実行してきたことは否定できません。そういう意味では安倍政権が保守政治から懸け離れていると考えてよいでしょう。
 これから自民党内で本格的な戦いが始まるのかもしれませんが、私自身は正直どうでもよいのです。しかし民進党のだらしなさを見ていると、古賀氏のような人物こそ民進党には必要ではないかと思えてなりません。
 ただ誤解しないでくださいね、古賀氏を賛美しているわけではありません。要は、このくらいの「したたかさ」がなければ自民党を倒すことなど百年経ってもできないと言いたいだけです。

 

 おまけですが、加計学園について安倍応援団が絶望的になる記事を拡散します。加計学園について問題がないという人はこの記事にきちんと反論してくださいね。

 

獣医学の重鎮が加計問題で安倍首相を一刀両断! 過剰な獣医師養成は税金の無駄遣い、地域振興のために獣医学レベル低下…
   (リテラ・2017.8.5

 

 

諮問会議・ワーキンググループの正体

 国家戦略特区というものが、如何にデタラメでまやかしあるかは報道等で見聞されてきました。しかしその中身に関しては、議事録等が全面的に開示されないので知ることができません。そう思っていた時に面白い記事を発見しました。

 

文科省は科学を蔑ろにしているのか?
(BLOGOS・石水智尚 2017.7.26

 

 石水氏は前川氏に対して批判的で、構造改革に反対する抵抗勢力の、どうしようもない官僚と捉えているようです。紹介しているものは小泉政権下での、いわゆる「規制緩和」や「新自由主義」を教育にも、という御題目で設置した教育ワーキンググループの議事録です。
 石水氏は一部を引用して論を展開していますが、あまりにお粗末で、最後に書かれている「呆れてものを言えないと思うのは私だけでしょうか」という文面を、そっくりそのままお返ししたい気分です。

 

 基本的な問題で二つだけ指摘しておきます。まずは教員養成や免許取得の〝効果〟とは何なのか。例えば、どのような教師になったら〝効果〟があったと認めるのでしょうか。そもそも教育に「市場調査のようなデーター」を求めること自体がおかしいのです。
 二つ目は、石水氏も民間委員も「教育基本法」を知らないのか読んでいないのか、それとも理解する能力がないのか・・・・。戦後、教育基本法がなぜ制定されたのか、その精神から学ぶ必要がありそうです。

 

まずは、みなさん、全文を読んでください。おバカなネトウヨくんたちでは読解力がないので「しんどい」と思いますが、まぁ頑張ってください。

 

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/old/minutes/wg/2005/0712/summary050712_01.pdf

 

教育界にも規制緩和や市場原理の名の下の競争が必要だ、という視点が小泉政権下で竹中平蔵氏などを中心に叫ばれていました。しかし教育者たちからの反論も大きかったと記憶しています。今から十年以上前のことですし私も関心がなかったので、実際にどういう議論がなされたのか知りませんでした。しかし今回、偶然にも知ることができたので、そういう意味では石水氏に感謝しています。けれども結論から言えば「酷い」の一言です。何が? 誰が? それは民間議員と称する連中です。とりあえず簡単に触れておきましょう。

 

抜粋です(10P)
福井委員:・・・・現に行われている養成制度や免許制度の効果測定について、実証的で科学的なものを我々は寡聞にして一度も見聞きしたことがございませんので、それは文科省の責任できちんと調べていただくべきものだと思います。

 

石水氏の引用もここから始まるのですが、引用部分の概要を整理すると委員側の指摘は以下の通りです。
1現在の教員養成制度や免許性の効果について科学的なデーターがない
2そのデーターを取るのは文科省の責任だ
3文科省が行っている政策について、どのような根拠を持って行っているのか、または、その結果についての効果をデーターとして取っていないのがおかしい

 

これに対して文科省側は、
1現在の教員養成のやり方に疑義を持つなら、まずはその根拠を示してほしい
2データーといってもどのようなものなのか具体的に示してほしい
3示せないのなら委員側から出すべきではないか

 

まず議論の前提がむちゃくちゃです。これを読んだ時、効果測定とは何を指すのか理解できませんでした。
 何事でもそうですが、一つのことを実施した時に、結果として効果があったのかどうかを調べるには基準になるものが存在しなければいけません。文中に「エビデンス」という言葉が頻繁に出てきますが、これは主に医療などで、薬を投与した際の「効果」という結果に使われる言葉です。
 例えば「抗がん剤」を投与した際の効き目を測定する場合は、癌細胞が小さくなったかどうか、さらにどの程度小さくなったのかが基準になります。そしてそれを男女や年齢、または臓器などでデーターを集積してゆくのですが、エビデンスという言葉はこれら全体を指して用いられているようです。

 

では、みなさん、教員養成や免許制度に「エビデンス」を適用できると思いますか? もし用いるのなら、効果があったのかどうかの「基準」が必要になりますよね。でも、その基準は何になるのでしょうか?
 例えば、現在の制度は〝優秀な教師〟を生み出していないとします。しかし〝優秀な教師〟とは具体的にどのような教師を指すのでしょうか?
 東大合格者をたくさん排出する先生? 野球やサッカーで輝かしい成績を残した指導者? 非行に走る少年少女を改心させた教師? 「いじめ」を解決できる先生?
 ではダメな教師とは。 生徒に性的な悪戯をする先生、すぐ殴るなどの「体罰」をする指導者、「いじめ」があっても見て見ぬふりをする教師、などなど。

 

さて、どこに基準を設けるのでしょうか。バカな私には見当がつきません。けれどもこの問題に対しては文科省の基本的な考え方が載っているのです。引用された文よりも前ですが、なぜか掲載されていません(9P)
戸渡教職員課長:・・・・教育現場に立って子どもたちと接する上で、子どもたちが被害を受けない最小限度の資質能力を養成する・・・・

 

 要するに基準などない、と言うより作れるはずがない、と言った方が正確でしょう。もし文科省が、こういう教師を養成しなさいと決めてしまったら、それは戦前の教育と同じになってしまうことが理解できないのでしょうか。
 基準がなければ〝効果を測定〟することなど不可能です。これは明らかな「無理難題」というか「いちゃもん」です。なにしろ無いものを出せと言って、不可能だからやっていないのに、それを怠慢だと罵っているのですから呆れてモノが言えなくなるのは私だけでしょうか?

 

 要するに委員たちは、学校や教師を競い合わせて、どこそこの進学校に多くの合格者を出したから、そこの教師は優秀だとして、それを数値化したいだけなのです。まさに「市場原理」の導入なのですが、おそらくこの委員たちは竹中平蔵氏の手先でしょうから、確かに考えそうなことですね。けれどもこれだけは言っておきます。少なくとも義務教育に市場原理を用いたら、それは明らかな「憲法違反」です。

 

 

 

教育基本法を理解していない「愚かな連中」

教育基本法の第十六条(教育行政)には、こう書かれています。

 

第十六条  教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
 国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。
 地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。
 国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。
※赤字=筆者

 

 WGの議事録では後半部分で教育委員会のことが出てきます。この中では、各都道府県や各市町村の教育委員会から、なぜデーターを取っていないのか、という「いちゃもん」が投げ付けられています。特に教職員の採用や研修、または校長が行う評価などについてとか、越境入学やフリースクールなども挙げられていました。

 

ここで民間委員たちは根本的な錯誤を犯しています。条文をもう一度読んでください。文科省と各教育委員会は仕事も役割も違うだけでなく、文科省が指導する立場でもないと明記しているではありませんか。あくまでも同等なのです。
 文科省は2で規定されているように、学習指導要領の策定や大学の教職課程の内容などの総合的なことが仕事で、教育委員会は教員の採用や研修、または学校運営などの策定するのが仕事と明確に線引きをしているのです。もし文科省が、教員の採用内容や研修成果のデーターを出してくれと言ったら、それは越権行為であり、教育行政の中立性を損なうことになることがどうして理解できないのでしょう。だいたい採用や不採用の情報はプライバシーですよ。
 民間委員たちの狙いは、各教育委員会に介入して文科省の指導下に置きたいということなのでしょう。まさしく軍国主義下の日本そのものです。

 

まぁ、そもそも自民党は「国家に都合の良い、従順な国民」を作り出して、一部の人間のためだけに働いたり、場合によっては戦争で死んでもらいたいと願っているのですから、国民の教育水準を上げたいなどと本気で思っているわけでありません。高等教育の無償化も本当の狙いがありますが、これは別の機会で書くつもりです。

 

最後に、諮問会議やWGのメンバーの正体に言及しましょう。27Pの最後の部分です。
草刈主査:・・・・・それで、私はしかるべくおたくの官庁の人に話をしに行きます。要するに私たちは生産的なことを求めて議論をしているわけで、生産性を上げようと思っている話を全部否定するのだったら、そんな議論をしてもしようがないんです。

 

 まさに「虎の威を借りて、なんとやら」ですね。自分たちの言い分が否定されたからと言って、相手の上司に告げ口をすると恫喝するとはね。「情けない」の一言ですが、世の中ではこんな人間が一番軽蔑されるのに。しかも自らの根拠も示せないくせに上から目線で一方的に議論をやめている。さらには出てきましたよ「生産性を上げる」という経済用語が。でも、これで理解できたのではないでしょうか。この委員たちにとっては「教育基本法」や「憲法の第二十三条と二十六条」こそが岩盤規制なのでしょう。要するに商売の邪魔なのです。加計学園や森友学園の問題も全てはこの流れの中あるのです。

 

正直、前川氏には同情します。この程度の連中の相手をしなければいけないとはね。私だったら怒鳴りつけていますけど。なぜなら私でも論破できる連中ですから。

 

 | HOME | 

 

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

カイトアキラ

Author:カイトアキラ
2019年は強権国家への道を阻むことができた最後の年だったと、20年後や30年後に言われているかもしれません。もっともその時、日本という国家または日本人という民族が存続しているのかわからないけれど。
今夏には参院選があり、同日選も取り沙汰されています。ここで、少なくとも参院選で与野党が逆転しなければ「安倍独裁」が冗談ではなくなるでしょう。けれども野党の動向を見ていると心もとないと言うしかありません。しかし諦めたらそれで終わりです。微力ながら発言を続けていきます。

電子書籍案内

お薦めです

このブログをリンクに追加する

最新記事

月別アーカイブ

できればプチっと


政治ランキング

より多くの人に読んでもらうために

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

カテゴリ

この国の未来 (167)
未分類 (0)

最新トラックバック

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Template by たけやん