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この国の未来を考える

韓国駆逐艦のレーダー照射を考える

大本営発表を垂れ流す新聞各社

 

 Kポップについて書くと予告していましたが、思わぬというか、やっぱりこういう事が起きたか、という事件?が発生しました。それは韓国軍駆逐艦による火炎管制レーダーの照射です。その相手は自衛隊の哨戒機でした。くれぐれも言っておきますが、戦闘機などの攻撃機に向けられたものではないことは認識しておいてください。

 

 おそらくリベラルの人や、韓国に対して親近感を持っている人たちは戸惑っていることと思います。いったいこれはどういうことなのか、と。しかし私たち一般市民にとって、この手のことを判断するのは容易ではありません。というか事実上不可能です。その理由は、まず現場にいない、それから軍事機密と称して情報公開が制限されるからです。

 専門家であれば限られた情報の中である程度の判断できるでしょう。けれども軍事知識のない人間には100%無理なことです。ですから大本営発表のごとく防衛省の言い分を聞くしかない。その場合、メディアの専門記者がチェックを入れるのが民主主義国家の前提ですが、今回の報道を見ていると朝日・毎日・東京とも、防衛省の発表や言い分を垂れ流しているだけに感じます。もっとも、バランスを取るために韓国側の言い分を最後の方に掲載しているけれど。

 あのね、新聞記者さんよ。発表したものを記事にするならAIで十分だ。一番大事なことは防衛省が発表した背景と、それが本当に事実に基づいた見解なのか、それを検証することのはずだ。今の報道では軍事知識のない市民は誤解をしてしまう。

 

 

前提としていることは正しいのか?

 

 防衛省が公開した動画を見ました。編集をしているのは承知の上ですが肝心の警告音がカットされています。周波数の特性がわかればどのようなレーダーなのか客観的に判断できると、日本に対して韓国側は公開を迫りましたが、自衛隊機の能力は軍事機密という理由で公開を拒否しました。

 正直、これでは水掛け論になってしまいます。でも一般市民からみれば〝どうでもいいこと〟なのです。その理由は以下の通りです。

 

火炎管制レーダーの照射は危険ではない!

 

参考記事:田母神氏投稿で物議 韓国照射“火器管制レーダー”の安全性|日刊ゲンダイDIGITAL

 

 専門的なことは軍事オタク同士の論争に任せますが、上記の記事の中に、日露海上事故防止協定では火炎管制レーダーの照射を危険行為としていない、と書いてあります。

 あれれ? 安倍政権お得意の〝ダブルスタンダード〟ですか? おかしいですよね、ロシアが同じことをやっても危険ではない。けれど韓国軍がやったら〝危険行為〟ですか?

 

 ここ数日で日本側のトーンが変わってきました。直ちに危険ではなくても、少なくとも友軍に対して行うのは非常識だ、と。あれれ? これも最初と言っていたことが違いますね。まぁそれはともかくとして、私の素朴な疑問は〝韓国軍と自衛隊は友軍なの?〟です。この件については後述しますが、自衛隊の提灯記事を書く〝ジャーナリスト〟ですら、直ちに危険ではないと書いています。

 

参考記事:韓国軍「日本には何をしてもいい」の理屈 (プレジデントオンラインより) 

 

 上記の記事では偶然にも、無知からくる言説で韓国軍人の変貌を憂いているけれど、まったく違う理由で韓国軍人は変わりつつある、というか既に変貌していると私は認識しているのです。

 

 

民主化されて三十年後の軍隊

 

 もう一度動画に戻ります。あの映像を観察していると、韓国側の視点からすれば自分たちが「監視対象」にされているという見方もできるのです。北朝鮮漁船の遭難に伴う救助活動時に自衛隊機が近づいてきて一部始終を記録している。いったい何のために、と考えても不思議ではありません。日本側は、公海上の哨戒活動として認められている行為であり、国際法上も何ら問題ないとしていますが、韓国側からすれば「不快」なことは間違いないでしょう。

 

考えてみてください。もし日本の自衛隊艦船が日本人漁船を救助している最中に、韓国軍機が何の連絡もなく近づいてきて一部始終を記録していたら、何だよ、おまえら、とはなりませんか?

だとすれば動画から想像できるのは、自衛隊の哨戒機が鬱陶しくて追い払うためにレーダー照射をしたのではないか、ということです。

 

 軍事政権時代の韓国軍と日本の右翼は仲が良かった。その理由は「反共」というただの一点です。ということは、当時の韓国軍人は限りなくファシストであったことも否定できないのです。

これはジャーナリストの安田浩一氏の指摘でもありますが、ファシスト同士が仲良くなるのは当たり前。けれども「反共」という前提が崩れ、南北の融和が止まらない状況になってきた今、いわゆる右翼やエセ保守が韓国を非難するのも当然かもしれない。もともと民族差別意識が底流にあるのだから、としています。

 

以前にも書きましたが、文大統領には「如何なる理由があっても朝鮮半島を戦場にしない」という断固たる意志を感じるのです。その確固たる意志は、当然韓国軍の幹部や末端の兵士まで伝わっているでしょう。ならば明白なのです。アメリカに盲従して軍備増強を図る日本の方が、より警戒する相手ではないか、ということを。

 

今回の件は、その意識が表層化した現象だと私は考えています。なにしろ安倍政権のアホどもは韓国人の神経を逆なですることばかりやっている。相手は軍事政権を民主的に倒して民族なのですよ、昔のままであるわけがない。

それを、上記の〝自衛隊御用ジャーナリスト〟は「反日教育の毒」と称しているのですが、まさに〝お笑い〟としか言いようがありません。

本来なら、こう表現すべきでしょう。軍事政権下で入隊した者は大半が退役して一部が幹部になっているに過ぎず、現在の韓国軍の中核は、すべて1988年の以降の民主化後に入隊した人々だ。そう、民主主義教育を受けた人が軍人になっている。それを「反日教育」と呼べば反発するのは当然ではないか。

 

最後に田岡俊次氏の言葉を書いておきます。

「例えばピストルに弾を込めて照準を定めれば、それは直ちに攻撃をするという意味になるが、弾の入ってないピストルの照準を向けたところで、それを危険だというバカはいないだろう。今回の火炎管制レーダー照射は、これとまったく同じであって、むしろ国際的には、レーダー照射をして何が悪いんだ、という方が大勢を占めている」

 

 もちろん細かい部分では色々な問題があるのは承知しています。しかし今回の騒動は、不支持が拡大しつつある安倍政権の点数稼ぎ、と称されても仕方がないくらいお粗末なものですね。

リベラルな人や韓国に親近感を持っている人たちよ、心配しないでください。もともと文大統領と安倍晋三では人間の器が違いますから、韓国側は最初からお見通しなのです。だから大統領府は沈黙しているのでしょう。これは軍同士の問題だと。


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日韓の未来は決して暗くない。条件付きだけど・・・ その2

自由がなければ文化は育たない

 

 私は韓流ブームが日本を覆う前から、韓国映画のレベルが徐々に上がってきていることに注目していました。同時に、2000年に入った頃からKポップが独自性を発揮しだしたことにも関心を持ちました。そしてその現象から感じたのは、戦後の日本と同じことが韓国でも起きている、と思ったことです。

 

 戦後の日本では、主に1950年以降に映画界が活況を呈しました。もちろんテレビがまだ始まった頃ですから娯楽の王様は映画なのですが、多くの映画人を勢いづけたのは国際映画祭での日本映画の受賞だったのです。

 

 1951年に黒澤明監督の「羅生門」がベネチア映画祭で金獅子賞を取り、その後は1954年のカンヌ映画祭では衣笠貞之助監督の「地獄門」がパルムドールを受賞します。さらには溝口健二監督の作品である「西鶴一代女」・「雨月物語」・「山椒大夫」で、3年連続ベネチア映画祭に入賞するという快挙を果たしたのです。付け加えれば小津安二郎監督も、すでに巨匠の地位を得ていましたが海外で賞を取ったのはこの頃でした。

 

映画に詳しい人は知っていると思いますが、この頃の日本映画は、その後の世界中の映画監督に多大な影響を与えたのです。特に有名なのは小津安二郎監督ですが、必ずしも賞だけではありません。代表的なのは、後にハリウッドで「荒野の七人」という西部劇でしょう。これは1954年に製作された黒澤明監督の「七人の侍」のリメイク版ということをご存知でしたか?

なぜ、このようなことを列記したのか。その理由は1950年代ということを考えてほしいのです。侵略戦争の敗北が1945年ですが、その後は曲がりなりにも民主主義が施されて表現の自由が保障されるようになりました。そうなのです、自由になったのです。国から理不尽なことを言われずに、検閲もなく自由に映画が作れるようになった。映画人にとってこれほど喜ばしいことはなかったはずです。前述した映画監督は戦前から監督をしていた人たちですから、おそらくその自由を噛み締めていたでしょう。

 

自由に作品を作れる。まさにこれが、1950年代に一気に開花した理由ではないかと私は思っています。もちろん商業面での制約もあったでしょうし、事実として駄作もたくさんありました。けれども、とにかくこの時代の映画には勢いを感じてしまうのです。確かに21世紀の今から見れば古臭い。けれども、どの映画からも〝抑圧から解放された息吹〟が至るところに見られるのです。

 

 

自由を得た韓国にもたらしたもの

 

 韓国が民主化されたのは1988年です。武力ではなく、あくまでも民主的に行われた稀有な例ですが、韓国の映画人や芸能人は自由を得ることができました。なにしろ民主化されるまで韓国に検閲があったことを知っていましたか?

歌では暗い歌詞やメロディはダメとか、世の中を悲観するものもダメだとか。今となれば笑ってしまいそうな理由ばかりです。でも同じような国がありましたね。そう、明治憲法下の日本、戦前の日本です。映画や歌を自由に創作できない社会だったのです。

 

 しかし民主化されたからといって、すぐに色々なものが生まれるわけでもありません。事実として1990年代前半のKポップは、韓国の人には申し訳ないけれど、笑ってしまうぐらい日本のモノマネばかりでした(YouTubeで探せば見つかりますよ)。映画も、とてもじゃないけれど論評に値するものではなかった。ただ、試行錯誤をしていることだけは感じ取れたのを覚えています。

 

 そして民主化されてから約10年後、日本に韓流ブームが押し寄せました。ちょうど日本映画が世界から認められ、一気に花を咲かせたのと同じぐらいの時間経過なのです。その様子を見ていて、1950年代の日本もこうだったのではと私は思いました。まだ生まれていないので想像するしかないのですが、きっとこんな感じだったのだろうと思ったのです。

 

 そこに共通するものは何か。それは、やはり〝抑圧からの解放〟なのです。映画もドラマも歌もダンスも、あらゆる芸能文化は自由がなければ成立しない。私にはその証明のような気がしてなりませんでした。

いや芸能だけではありません。美術や小説や科学技術でも、創作の自由がなければ文化として社会に根付くことなどあり得ないのです。仮に、抑圧された社会で存在できる文化があるとしたら、それは権力を握る側にとって都合の良いものなのでしょう。

 

 年代は違っても「抑圧された社会から解放された」という意味では、日本と韓国は同じ価値観を共有しています。自由と平等・公平と公正、そして民主的な選挙による代議員制度を採用している政治。

もちろんどちらの国にも問題点はあります。しかしKポップに限らず韓国の映画やテレビドラマ、そして日本の映画やテレビドラマやJポップは、いずれも似たような政治制度を採用し、さらには表現の自由を認めている社会だから生まれているのです。むしろそういう社会だからこそ、良いものは良いと言える、そういう世の中だからこそ言語や国籍や人種が違っても、同じことが言えるし感じることができるのです。

前回で記した若い女性は、まさにこれを体現していると私は感じました。そして、このような感性を持った人が増えれば増えるほど、日韓は互いの文化を理解することが可能になってゆくでしょう。そしてこれこそが朝鮮半島の永続的な平和に繋がる、と私は確信しています。


次回は「今後のKポップと韓国芸能界の課題」です。



日韓の未来は決して暗くない。ただし条件付きだけど・・・・ その1

私も署名しました。

 

 あなたの声をホワイトハウスに届けよう、という「WE the PEOPLE」のタイトルで行われた電子署名運動が目標の10万筆を達成しました。13歳以上のなら国籍・居住を問わず誰でも署名できるので、これを知った私は即座に署名をしました。

 

 もちろんこれで辺野古の工事が止まるとは思っていません。おそらくアホなネトウヨどもが、この署名運動に対して中傷や侮蔑を繰り返し、こんなもので工事が止まるものかと冷水を浴びせているでしょう。けれどもこの運動の意義は、沖縄の置かれている現実を、より多くの人に知ってもらうことではないでしょうか。

国籍や居住場所、さらには人種や性別も関係ない。しかしあまりに理不尽なことが、さらには民主主義そのものを崩壊させることが、東アジアの島で行われている現実を世界の人々に知ってもらうことに意義があるのです。同時に、このような運動を繰り返すことは、安倍政権に有形無形のプレッシャーを与えることになるでしょう。

 

ホワイトハウスの回答は予測できます。間違っても我々の期待する答えは出てきません。しかし多くのアメリカ人、そして、たとえ一部の議会人だったとしても「おかしなことが行われているかもしれない」「そうでなければ、こんな短時間に署名が集まるわけがない」と疑問を持ってもらえれば、この署名運動は大成功と言えるのです。何よりも安倍政権は、アメリカ議会から疑問符を付けられることを恐れているのは間違いないからです。

 

 特に若い人たちに呼びかけたい。辺野古移設反対の「百万人署名運動」をやってみませんか? 本土居住者限定で、国籍も人種も性別も問わず、年齢は13歳以上です。アメリカのマネなのですが、ただし条件を付けます。選挙権を持っている人には、辺野古移設に賛成する議員には投票しないという項目を付けて、そこにも署名してもらうのです。できれば都道府県別もしくは選挙区別で集計するのが面白いでしょう。

どうですか? 特に、元シールズのみなさん、やってみませんか? いつの時代も世の中を変えるのは若者なのですよ。私のような老人は手助けをするだけです。

 

 

「BTS」を韓流ブームと、未だに言っているアホな人たちへ

 

 最近のことですが、たまたま話をした若い女性に〝素直に感心する〟出来事がありました。それはKポップグループの「BTS」についてなのですが、20代前半の日本の女の子で、BTSが好きだからコンサートを観るために何度も韓国に行っていると言っていました。そこで私は、こう聞いたのです。

 

「韓国に興味があるとか、韓国人男性を恋人にしたいとか、そういう気持ちはあるの?」

「いいえ全然。BTSをいいと思っているからで、韓国人だからという気持ちはないです」

「そう、あくまでもBTSだから、だね?」

「はい」

「ところで今回のBTS騒ぎ、どう感じた?」

「正直、何が問題なのか、よくわからなくて。ただ日本と韓国の間では色々なことがあったらしい、ということだけはわかりました」

「歴史はあまり知らない?」

「はい」

「だったら、同じBTSファンの韓国の女性と友達になれたらいいね」

「どうしてですか?」

「色々と教えてもらえるから。韓国の若い人たちは歴史を知っているよ」

「そっか、そうなんだ。わかりました!」

 

 何よりも私が感心したのは、日本人アイドルや欧米のアーティストたちと同列にBTSを見ていることでした。そこには国籍や人種は関係なく、ただBTSの音楽性や、パフォーマンスとしてのダンスを好きになっている。そう感じた私は、Kポップがここまで浸透していることに、ある種の感慨を持ったのです。なぜなら決して「ウォッチャー」ではないけれど、90年代の初めからKポップに関心を持っていたからです。正確に言えばアジア全体ですが。

 

 2000年代の初めに、いわゆる「韓流ブーム」が日本を席巻しました。詳しいことは今さらなので省きますが、「BTS原爆Tシャツ問題」が賑やかだった頃、たまたま見かけたアホなネトウヨのコメントに大笑いをしました。そこにはBTSを「韓流ブーム」と記していたからです。

 バッカじゃないの? と思いました。韓流ブームはとっくの昔に終わっている。そんなことは常識なのにも係わらず、さらにはBTSや現在のKポップアーティストたちが、韓流ブームとはまったく違うことを理解できていない。まぁネトウヨの脳みそでは仕方ないけれど。

 

 いいですか、本物でなければビルボートの1位になれるわけがない。しかもBTSは2年連続で、その前には「江南スタイル」が1位を取っている。さらに驚くのは英語ではなく韓国語で歌っているのです。私のような年代の人間からすれば信じ難いことだけれど、それだけ音楽性とダンスパフォーマンスが受け入れられている証拠でもあるのです。もう一つ付け加えれば江南スタイルは、あのオバマ前大統領の前でも演じられたのです。日本人ミュージシャンでそんな人、いたかなぁ? 記憶にないですね。

 でも私には少しも不思議ではありません。簡単に言えば、Kポップは2000年代から世界を、正確にはアメリカですが、そこを見据えて展開してきたからです。その結果が今に表れているに過ぎないのです。

 

 前述した若い女性にこれを話したら喜ばれました。しかも私のような年代の人間が、BTSやKポップに詳しいことに素直に驚いていたのです。特にBTSのダンスパフォーマンスは、アメリカのダンサーたちに引けを取らないレベルだと言ったら大喜びされました。でもこれも不思議ではないのです。90年代からKポップを観ている者からすれば、韓国人のダンスレベルが高いことは常識だからです。

 

 ネトウヨどもは、欧米の女性たちがBTSに熱狂するのが理解できないようですね。そんな奴らのために解説する必要などないけれど、ついでだから書き記しましょう。

 一般的にアジア人の顔立ちは、欧米人からすると10歳ぐらい若く見えると言われています。彫りの深さとか目の色とか顔の輪郭とか理由は様々らしいですが、大きな要因としては身体の小さいことがあります。しかし逆にこれが、特にダンスなどでは弱点になるのです。要するに手足が短いので貧弱というか迫力がない。わかりやすい例としてはフィギュアスケートでしょう。アジア人で金メダルを取れるようになったのは最近の話で、キム・ヨナさんや荒川静香さんにしても手足が長いことは周知の通りです。ですから、かつてジャンプで世界を席巻した伊藤みどりさんのコーチが言っていました。あの体型では銀メダルまでだ、と。

 

 一歩間違えると「身体的差別」になり兼ねないのですが、けれども〝見た目〟の迫力に負けてしまうのはどうしようもない。ダンスは、まさにそうでした。Kポップグループのダンスレベルは2000年代には相当な水準に達していましたが、欧米人と比較すると、どうしても見劣りしたのです。その理由はただ一つ、手足の身近さでした。

 けれどもBTSを初めて見た時、私は驚きました。それは手足の長さが欧米人並みだったからです。そしてダンスレベルも一級品。歌唱力に関しては議論が残るでしょうが、前述した10歳ぐらい若く見える顔立ち〟は、欧米の女性からすれば限りなくエキゾチックに映るでしょう。ならば、何を歌っているのか理解できなくても〝熱狂〟するのは自然なことなのです。どう? アホなネトウヨくんたちよ、理解できたかな?

 

 上記の理由からも言えるように、BTSはアメリカのアーティストたちと肩を並べる存在なのです。ならば日本の若い女性たちが好むのも当り前で、要するにこれは〝趣味の問題〟と言っても良いのです。だってまったく興味を示さない日本の若い女性もいるのだから。言い換えれば、それだけBTSだけでなくKポップそのものが日本の日常に溶け込んでいるのです。

 前述した若い女の子は、韓国の女性と友達になれたらいいね、と言ったら目を輝かせていました。そして私は付け加えたのです。

「何も心配しなくていいよ。BTSという共通の話題があるのだから、すぐに仲良くなれる」

 

こう言った私に対して彼女は大きく頷いていました。この素直さがもっとも大事なのです。こんな日本の若者が増えれば日韓の諸問題も自然と解決に向かうでしょう。そしてその時は「ネトウヨ」など死滅しているのは間違いありません。哀れなネトウヨどもは、ただただ取り残されるだけなのです。


次回は「自由がなければ文化は育たない」です。近々にアップします。



日本離れが始まった韓国

金を払ったぐらいで〝罪〟が消えるわけがない

 

 入管法改正によって対象にされる外国人労働者を21世紀の「徴用工」と表現していた人がいましたが、まさに言い得て妙です。また日本人が、世界に向けて〝バカなこと〟をやろうとしているうちの一つになりそうですが、そのツケは必ず支払わされることになるのを、日本人はいったいいつになったら気がつくのでしょう。それにしてもタメ息が出てきます。歴史に学ばない民族に未来はないのに・・・・。

 

 いわゆる「徴用工問題」ですが、エセ保守とアホなネトウヨたちがどんな言動をするのか、しばらく観察していました。その中で少し驚いたのは、あの橋下徹氏が〝まともな〟ことを言っていたのです。

 一応あの人も法曹人ですから法律家らしい?観点で言及していました。内容を紹介する義理もないのでここに列記しませんが、興味のある方はネットで調べてみてください。それにしても少し気味が悪いですね。巷では国政に出てくると言われているけど、野党の大御所である小沢一郎氏に近づいていたりしているのは、リベラルにもいい顔をしようと考えているのかな? でも騙されないけどね。

 

 

 徴用工問題に戻りますが、みなさん、よく考えてほしいのです。お金を払ったからと言って解決することなのか、ということを。

 

1965年に結ばれた「日韓請求権協定」で、3億ドルの無償供与と2億ドルの借款が決められて日本政府は実行をしました。でも、だから終わりなのですか? 私に言わせれば〝たかがカネ〟です。

確かに当時としては破格の金額なのかもしれません。けれども日本という国は、こんな金額では追いつかないぐらいの財産と人を朝鮮半島から奪ったのです。植民地支配が36年間ですよ、しかも明治に入った当初から、日本政府は半島に干渉して軍隊まで常駐させたのです。私に言わせれば、この程度では安過ぎます。

 

それと、これは賠償金と明記されずに経済協力金とされたようですが、この金があったからこそ「漢江の奇跡」と言われた経済成長ができたのだ、とバカな日本人が言っています。けれどもこれはウソとまでは言いませんが、正確に表現すれば「資金の一部」になったとすべきです。漢江の奇跡と言われた韓国の高度経済成長は、ベトナムに出兵した費用をアメリカがドルで支払ったので、それを外貨にして国内投資が可能になったのです。そうです、日本が朝鮮戦争で儲けたのと構造は同じ。朝鮮戦争が日本の高度成長の礎になったことは、まともな経済学者ならみんな知っていることなのですよ。最近の日本人はこんなことも知らないのです。情けない限りとしか言いようがありません。こういう事実を知っていれば、韓国側の言い分も理解できるはずなのですが。

 

 

植民地時代から継続、もしくは関連性のある企業なら賠償責任があるのは当然だ。

 

 大騒ぎをしている例の一つとして、日本企業の資産が差し押さえられてしまうとか、数兆円の規模で支払わねばならないから日本経済への影響が大き過ぎる、などの声があります。まったく、バカも休み休み言え、ですね。

 いいですか、韓国大法院(日本の最高裁にあたる)の判決の効力は、あくまでも韓国国内だけなのです。確かに、徴用工を実際に使用していた企業がそのまま現存し、その企業が韓国内で活動していれば、判決に従わない場合は資産を差し押さえられるでしょう。でも、あくまでも従わなければという前提です。

 

普通に考えてください。過去に何らかの迷惑や損害を与えたのが事実である限り、その民族の住む国で経済活動を行うのなら、企業として過去の過ちを謝罪して損害賠償をするのは当然ではありませんか。それが礼儀というかマナーであるし、国と国がどのような取り決めをしたとしても、企業としての責任が免責される理由にはなりません。それは個人も同じです。個人であろうが企業があろうが犯した罪を償うのは当り前ではありませんか。

 

なのに、やれ断交しろとか、経済制裁しろとか、何らかの制裁装置をすべきとか、ずいぶんと勇ましいことを言っているけれど、だったらやってみたら? と私は言いたい。そんなことをやって笑い者になるのがどちらなのか、自信があるのならやってみればいい。世界中の国々は日本を支持すると思うなら、どうぞおやりになってください。どうかね? 安倍晋三よ!

 

付け加えますが前述したとおり、韓国大法院の判決効力は外国には及びません。もし徴用工の弁護団が各国で訴えを実施しても、それを認めるかどうかを決めるのは各国の裁判所です。要するに正当性がどちらにあるのか、それはそれぞれの国の裁判所に委ねられるだけなのです。ですから日本側に自信があるのなら、べつに放っておけばいい。日本企業側の言い分を認めるのなら、要するに日韓請求権協定の方が優先されると判断されれば、訴えは却下されるだけなのです。だから大騒ぎが如何に馬鹿げているか、これで理解できると思いませんか?

ちなみに日本の最高裁は賠償請求を却下していますが、興味のある方は判決文を読んでください。もちろん異議のある人もいるでしょう。けれども日本の最高裁の判断を無効にするには新たな法律を作る以外に方法はないのです。

 

 

独自の道の模索し始めた韓国

 

 2015年の年末に、いきなり日韓外相会談での共同記者会見が行われ、その中で従軍慰安婦問題について発表がありました。しかし改めて言うまでもありませんが、これは「協定」でも「条約」でもなく、日韓の外務大臣同士が、ただ確認をしたことを共同会見したに過ぎないのです。みなさん、この事実を忘れないでくださいね。とてもじゃないけど国同士の約束事なんて言えません。だって国会の承認すらないのだから(条約でも協定でもないから当り前だけど)。

 

この会見の中で、日本側の発表では下記のように記されています(外務省HPより)

 日本政府は上記を表明するとともに、上記(イ)の措置を着実に実施するとの前提で、今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。あわせて日本政府は、韓国政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える。

 

韓国側は

 韓国政府は、日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し、日本政府が上記1、(1)(イ)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で、今回の発表により、日本政府と共に、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は、日本政府の実施する措置に協力する。

 

 韓国政府は、今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で、日本政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える。

 

※句読点を変更しています。

 

 当時、この文言を読んだ私は、これは韓国内で紛糾することは間違いないと思いました。その理由は極めて明快です。黒字および赤字で表した文言は(韓国語の表現がどうなっているのか知りませんが)、韓国の人々にとって「屈辱」以外の何ものでもないからです。特に民族意識に目覚めている人にとっては決して受け入られるものではない。私は考えこんでしまいました。なぜ当時の朴政権は、こんな文言を入れることを了承したのだろうか、と。

 

けれどこれも答えは簡単なのです。韓国内には依然として〝日米韓の反共同盟〟に固執する勢力があるからです。なにしろ逮捕された元大統領の朴氏のお父さんは(軍事政権時の大統領・1979年に暗殺)、植民地時代を日本軍の軍人として生きた人で日本名を名乗っていたくらいですから。だからなのかはわかりませんが、廃止されたKCIA(大韓民国中央情報部)の拷問は戦前の特高警察とそっくりだったと言われています。

 

話が逸れましたが韓国は、朝鮮戦争の影響もあって反共の意識がとても強い国なのです。故・金大中氏でさえも反共では共通していました。ただし現在の観点で言えば〝反北朝鮮〟と表現すべきだかもしれません。ですから戦後の自民党も「反共」という一点で、当時の軍事政権と友好関係を保っていたのです。もちろん、アメリカの強力な後押しがあったことは言うまでもありません。

そのような視点で見ると日韓基本条約が、どのような環境で成立したものかが理解できるでしょう。片や朝鮮戦争でボロ儲けをした日本と、戦争の傷跡から復興できず、アジアで最貧国の一つであった大韓民国。ならば、この二国がどのような関係性で交渉を行ったのか中学生でも理解できるはずです。

要するに〝足元を見られていた〟のは韓国の方だった。だから基本条約で屈辱的な文言(2015年の共同会見に似ている)を入れられても、日本からのお金がどうしても欲しかった。なんとも悲しい話ですが簡単に言えば、日本政府は「札束で引っ叩いて黙らせた」のです。だから、年数が経過すればするほど民族意識に目覚めるのは世界の共通項である以上、当然韓国も例外にはならないのです。

 

私に言わせれば、こんな基本条約を結んだからこそ現在の問題があるし、さらに日本政府と日本人は、朝鮮半島に対して行った植民地政策の検証を自らの手でしていない。ならば、いくら「反省している」「謝罪する」などと言っても、それは口先だけではないか、と信用されないのは当然ではないでしょうか。

 

みなさん、もしアメリカ政府から「金を払うから、今後一切原爆のことは口にするな!」と言われたら、どう思いますか? 限りなくアメリカの植民地と化した日本の人々は、仰せ通りにします、一切文句を言いません、と奴隷のように跪きますか? 今、日本政府とエセ保守、そしてアホなネトウヨが言っていることは、まさしくこれと同じなのですよ。

 

そして最近では文大統領への非難が目立ってきました。文政権を「左翼政権」と言う人がいるけれど、いったい何を見ているのかと苦笑するこの頃です。

確かに文政権は「反共」ではありません。さらに言えば「反北朝鮮」でもない。ただ一つ言えることは、朝鮮半島での戦争だけは何があっても回避すると、おそらく文大統領は決意しているのではないでしょうか。一連の動きを見ていると、たとえアメリカから不興を買っても、これだけは譲れないという姿勢を終始一貫保っているのです。

なぜでしょうか? たぶん彼は「北朝鮮」を恐れていない。経済体制では遥かに凌駕しているし、政治体制でも自分たちの方が優れているから、競争しても決して負けることはないと信じているのでしょう。

 

なぜ上記のような観点を私が持っているのか。これは最近、評論家の佐高信氏が言っているのですが、かつての自民党の政治家には「競共」と「恐共」がいたと言っています。簡単に言えば、資本主義が共産主義と争っても負けるわけがないから競争をすればいい、という考え方と、ただひたすら共産主義を〝恐れる〟政治家たち。

佐高氏は「競共」の代表的な政治家を石橋湛山や田中角栄を挙げていて、「恐共」の代表的な政治家では安倍晋三氏を挙げています。

なるほど、と思いました。ならば文大統領は、まさしく「競共」であり「競北朝鮮」なのでしょう。だから中国もアメリカをも恐れていない。

 

ただし長い間韓国には「植民地コンプレックス」というものが存在していました。このような表現は失礼なのですが、けれども植民地にされたことを〝恥〟に感じていたのは間違いないのです。しかし冷戦構造下での南北対立がある以上は、それを前面に出してしまうと日米韓の同盟にヒビが入ってしまうと考えられてきました。

ですが高度成長した自信と、冷戦構造が崩壊して東アジアの状況も大きく変わった今、いつまでも負の歴史に捉われていても仕方がない。相変わらず態度を変えないと日本が言うのなら、もう日本を追いかける意味はないと多くの人が思い始めているのです。もちろんこのように思っている人々は、日韓外相会談の文言を「屈辱的」と感じている人々とも重なっているのです。

 

事実として韓国の制度は日本を見習っているものが多かったのですが、最近ではだいぶ変わってきて、特に人権に関わることや外国人労働者の制度などでは、日本より遥かに先進的なのです。もう日本を見本とすることはやめた、と言っても過言ではないでしょう。そして、そういう考えを持つ人々の代表的な存在が「文大統領」なのだ、ということを日本人は認識すべきです。

 

最後に付け加えておきます。韓国の行為は国際法違反だとか言っている連中よ。もし私が韓国人だったら、こう言ってやる。

「過去にさんざん国際法違反をやって、他国や他民族を侵略したおまえらに言われたくない!」

「ガタガタ言うのなら、自分たちの祖先がやってきたことを検証してから言え!」


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カイトアキラ

Author:カイトアキラ
2019年は強権国家への道を阻むことができた最後の年だったと、20年後や30年後に言われているかもしれません。もっともその時、日本という国家または日本人という民族が存続しているのかわからないけれど。
今夏には参院選があり、同日選も取り沙汰されています。ここで、少なくとも参院選で与野党が逆転しなければ「安倍独裁」が冗談ではなくなるでしょう。けれども野党の動向を見ていると心もとないと言うしかありません。しかし諦めたらそれで終わりです。微力ながら発言を続けていきます。

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