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この国の未来を考える

日本人という民族、そして日本という国に未来はない

自らの責任を追及できない民族の末路

 

 軍事ジャーナリストの田岡俊次氏が語っていたことですが、任務遂行のために派遣された陸軍のある参謀は、作戦が失敗すると多くの兵士を残して逃走し台湾の温泉に隠れていた事実があるそうです。ところが大本営は、作戦の失敗が表面化することを怖れて何の処分もせず、他の部隊へと転出させたそうなのです。ちなみにこの将校は戦犯にもならず戦後も生き抜いたそうです。

 

 特攻隊の生みの親と言われている海軍の大西中将は1945年の816日に自決していますが、これが責任の取り方として正しいものなのかは大いに疑問と言えるでしょう。さらには責任追及されたからではなく、あくまでも個人の判断での行為ですから、特攻隊創設の論理と同様に、あまりに身勝手と言わざるを得ません。自らの理屈で多くの若者を死に追いやったのなら、少なくとも〝生き恥〟を晒すべきだったと私は思います。

 

 もう一つ加えます。具体的な名前を書きませんが、中国大陸侵略時に強姦や殺人を行った日本人兵士が、当時の八路軍(後の人民解放軍)から指名手配をされていました。敗戦後も追われていたのですが、悪運強く、この兵士は日本に戻ることができました。しかし内戦で中国共産党が勝利したことにより、連語国側に入れず、なおかつ日本との国交を結ぶこともできなかったので身柄引き渡し要求は不可能でした

しかし1970年代に入ってから中国との国交が成立したおかげで、それを知った若いジャーナリストがこの犯罪者が現存していることを突き止めたのです。けれども中国は賠償請求を放棄したせいで身柄引き渡し請求をできない。もちろん日本国内で裁かれることもなく、戦後をのうのうと生き抜きました。

 

 

 以上の三つの話は以前から知っていたことなのですが、最近、たまたま「アイヒマンを追え」という映画を観る機会があり、日本とドイツの違いがどこにあるのかを改めて知ることになりました。

 

答えは極めて簡単なのです。それは〝民族が犯した罪は自らの手で裁くべき〟と考える人が、西ドイツにはそれなりにいたけれど残念ながら日本にはほとんどいなかった、ということなのです。

 もっとも西ドイツとて簡単ではありませんでした。それは戦後復興を優先させるためにナチの残党を官僚組織に組み込まねばならなかったのです。これは日本も同じで、公職追放になった連中が冷戦構造のおかげで(アメリカの要望で)次々と復権しましたよね。けれども最大の違いは、ドイツ人の犯した罪を追求するドイツ人の検事が存在したことです。

確かに検事総長だったバウアーはユダヤ人です。しかし実際に調査と訴追したのはドイツ人の検事たちで、官僚組織に蔓延っているナチの残党たちから様々な妨害を受けながらも、あの有名な「アウシュヴィッツ裁判」を成立させたのです。

この裁判の意味は二つあります。一つは収容所でいったい何があったのか、それを解明できたこと。そしてもう一つは、ドイツ人の歴史認識を変えたことでした。もう少し噛み砕いて言えば、自らの民族が犯した罪から目を背けることはできないと認識させたと表現すべきかもしれません。

 

アウシュヴィッツ裁判が行われたのが1963年ですが、この事実は他の西欧諸国はもちろんのこと、イスラエルすら西ドイツという国の見方を変えました。けれどもアウシュヴィッツ裁判だけで止めることなく、その後も西ドイツは過去の歴史を決して忘れない作業を連綿と続けているのです。だから現在のドイツでもナチを称賛することが犯罪になるのです。

 

賢明な皆さんなら、もう理解していると思います。日本とドイツの現状を見れば、その差は歴然としていますよね。確かの二国とも奇跡的な経済復興を果たした。けれども他国や他民族からの信用度という点ではどうでしょうか? 

例えばメルケル首相です。政治家としての評価が分かれるのは当然ですが、他国からの信頼度はどこかの首相など足元にも及びません。民族同士という観点でも同じで、侵略した国や植民地した民族から「反省がない・謙虚になれ」などと言われることもないのです。

 
どうですか? みなさん、どちらの民族と国家に未来があると思いますか?

 

 

 

統計が正確だったとしても、そもそも日本人に分析能力があるのでしょうか?

 

 公文書を破棄したり改竄したりするのは戦前でも行われていました。なにしろ戦争行為自体が「ウソのオンパレード」ですからね。だから日本人は、もともとそんな程度の民族なのだろうと思っていました。

 

ところが軍事ジャーナリストの田岡俊次氏によれば、徳川幕府はきちんと文書を残していたようなのです。そして明治に移行する時には、北町・南町奉行所の役人たちは一切廃棄することなく、そのまま明治政府に引き渡したと記録に残っているそうです。もちろんその中には薩摩や長州の武士たちを処刑した公文書も入っていた。だからもしそのまま渡したら、自分たちが処刑されるのではと一部の役人は恐れたそうです。けれども当時の奉行所の幹部は「あくまでも仕事として行ったことであり、そこには何の私怨もない以上、堂々と提出すべし」と言ったとか。

実際にこう言ったのかどうかまでは知りませんが、どこかの国の役人たちに、奉行所の武士たちの爪の垢でも煎じて飲ませたいぐらいです(笑)

 

どうやら公文書を改竄や捏造や廃棄する風習は明治政府から始まったようです。その結果が1945年の815日になるわけですが、それでも戦後間もない頃は、その反省もあって統計に対する考え方が大きく変わったようです。けれども私はそんな事実も知らなければ、統計法という法律の存在を今回初めて知ったのです。恥ずかしいけれど・・・おそらく大半の人もそうではないでしょうか。

会社で言えば粉飾決算に該当することなのですが、確かに日本という国は限りなく〝倒産〟に近づいているとは言えますね。気づかないのは社員、いや国民だけらしい。と言っても新聞記者を弾圧して正確な情報を得られないようにしているのですから、気づかなくても当り前、とも言えるのですが。

 

ここで少し前に戻ると戦後の日本も西ドイツと同様に、公職追放になった〝かつての戦犯〟たちが復権しました。その代表例が現在の首相である人物の祖父になるけれど、散々数字をでっち上げてきた連中が、またぞろ官僚や政治家に戻ってきたのです。ならば、また同じことをするのではないかと考えるのが自然ではないでしょうか。何が言いたいのかというと、そもそも戦後の日本が積み上げてきたものには〝偽装〟が含まれていないのか、ということです。

 

そのような観点に立てば、今の状況もなんら不思議ではない。いや、そもそも正確な数字すら出せないのではないか。そして仮に出せたとしても、それを分析する力も、それを活用して政策立案する力もないのではないか。官僚や政治家たちの答弁を聞いていると、そう確信せざるを得ないのは私だけでしょうか。

 

 

 

無意味としか思えなくなったブログタイトル


 前回の投稿から1ヶ月以上が経ちました。こんな文章でも読んでくれる人がいることに励まされて書いてきたのですが、私の結論は、この国の未来を考えるという行為は無駄である、となりつつあることです。そんな思いが日々強くなってきたので、書きたいことは多々あったのですが、少なくとも224日の県民投票の結果が出るまでは、じっと我慢していようと思っていたのです。なにしろ私の唯一無二の希望ですから、沖縄は。個人的には「琉球」と呼びたいけれど。

 

 結果はおわかりの通りなので言及しませんが、私はあえて沖縄(琉球)の人々に言いたいことがあります。

 

日本という国にしがみつくより琉球民族として独立したほうが、未来が開けるとは思いませんか

 

 日本という国、そして日本人という民族には未来がありません。なぜなら、どんなに正確な事実を提示しても、どんなに正確な数字を提示しても、それを認識する能力も分析する能力もない以上は、やはり二度目の「815日」を経験せざるを得ないからです。

 

 どんな民族とて、目を背けたくなる歴史があります。けれども目を覆って事実を見ず、妄想に走る民族に未来などあるはずがない。

 例えば隣の韓国を見よ。なぜ「ろうそく革命」と呼ばれる民衆運動が起き、なぜ文政権が誕生したのか。そして、なぜ文政権は日本に厳しい態度を取るのか。まずはそれを分析する能力がなければ、その意味すら理解できないではないか。

ただ、これだけは言っておこう。このまま安倍政権が続くようなら1980年代までの日本と韓国の関係が逆転するだろう。片や軍事政権で民主主義も自由もなかった国。片や曲がりなりにも民主主義と自由があった国。

しかし2019年の現在では、まったく逆転しつつある。片や、民意に基づいて政策を進める国で、片や、圧倒的な民意を示されながら従わない国。どちらに未来があるのか一目瞭然ではないか。

 

 

安倍晋三という男が首相という地位にいること自体が、この国の末路を暗示していると言えるのではないか。そんなことを考えていたら、ふとあることを思い出しました。それは1980年代、私がまだ20代だった頃に読んだ、ある新聞記者のコラムです。主旨はこうでした。

「真の意味で民衆の側に立とうする者、もっと言えば、あくまでも弱者の視点や立場で考える若者は大手メディアなどすでに見捨てている。だからテレビ局や大手新聞社に入ろうなどとはしないし、ましてや官僚になど決してなろうとはしない」

 

 このコラムを読んだ時、私はいま一つピンときませんでした。その理由は簡単で、少なくとも当時の大手メディアに就職するにはそれなりの学歴が必要だったからです。元来、受験勉強というものが嫌いな私には、報道というものには興味があっても、私自身がその職に就くということは想像すらしないことだったのです。

 しかし現在の報道機関の状況を見れば、この新聞記者の懸念というか予想は見事に当たりました。もちろん一部には戦っている人もいるけれど、考えてみれば今の新聞社やテレビ局の幹部たちは、このコラムが書かれた頃に入社した連中なのです。この記者は、こうも言っていました。

「少しでも気の利いた若者なら新聞社などに入らない」

 

 もう言及する必要もないでしょう。現在の報道機関の幹部たちは「気の利かない」若者だったのです。もっとも権力に対しては「気を利かせる」ことは間違いないけれど。

 

 東京新聞は例外じゃないか、と言うかもしれません。けれども私には言わせれば、まだまだ甘い。本気で政権と戦うつもりなら、なぜ朝日・毎日に共同戦線を呼びかけないのか。なぜ望月記者のような質問をしないのか、と他紙にも言及しないのか。私には、まだ政権の顔色を窺っているように思えてならない。

 さらに今回の弾圧事件で感じたのは、比較的リベラルと言われているフリーの記者たちが、弾圧を問題にする姿勢を見せながらも望月記者の質問の仕方に異を挟む言動をしていることです。

 やはりというか、この辺が限界なのかな。略歴を見ると、だいたいは大手新聞社か通信社もしくは地方紙出身。しかも概ね1980年代の入社でした。ということは1990年代や2000年代、そして2010年以降の記者たちでは、推して知るべし、なのでしょう。どうやらこの国の報道機関も未来が危ういのは間違いなさそうです。と言うより、もう終わった?

 

 

 おそらく、というか間違いなく「この国の未来を考える」というタイトルは今回で終わりにします。だって結論が出てしまったから。けれどもブログは続けます。とりあえずタイトルだけは決まっています。それは

「未来のないこの国で生き抜くために」

 

基本的には10代や20代の人たちに向かって書きたいと思っています。なぜなのかはブログで綴りますが、基本的には〝生き抜くための方法〟と考えてもらったら幸いです。いつになるかはわかりませんが、そんな先にはならないでしょう。今後ともよろしくお願いします。

 

                                                                                                                       


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カイトアキラ

Author:カイトアキラ
2019年は強権国家への道を阻むことができた最後の年だったと、20年後や30年後に言われているかもしれません。もっともその時、日本という国家または日本人という民族が存続しているのかわからないけれど。
今夏には参院選があり、同日選も取り沙汰されています。ここで、少なくとも参院選で与野党が逆転しなければ「安倍独裁」が冗談ではなくなるでしょう。けれども野党の動向を見ていると心もとないと言うしかありません。しかし諦めたらそれで終わりです。微力ながら発言を続けていきます。

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