この国の未来を考える

集中審議を前に、これだけは知っておくべき「加計学園疑惑の正体」 その2

◆「岩盤規制」と規制緩和をめぐる議論

 諮問会議の民間議員やワーキンググループの委員たちは、口を揃えて「一点の曇りもない」と言及しました。しかしその1で指摘したように、いずれも安倍首相の「お友達」や「支持者」もしくはアベノミクスの賛同者ですから、「中立・公平」とはとても言えないと郷原氏に喝破されています。まぁ世間一般の常識からすれば、こういうのを「出来レース」と言うのでしょう。
 正直、もうこの時点で説得力がないのですが、今のところ安倍政権や信者たちの唯一の拠り所になっています。けれども完全に論破されちゃっていますけどね(笑)

 

とりあえずの言い分は、
獣医学部新設を「門前払い」する文科省の告示がもともと不当で、これを維持するなら文科省の側に「挙証責任」がある

この前提に基づいて、文科省が「挙証責任」を果たせなかったのだから、文科省の「負け」であり、獣医学部の新設が認められるのは当然だ。

で、これらに加えて高橋洋一氏などは、
20163月末の期限までに挙証責任を果たせなかったから「議論終了」となった。けれど文科省から「泣きの延長」があったので、2016916日に議論を行ったが、そこでも「予測」を出せなかったから「完敗」したのだ、としている。

閣議決定で行われた「4条件」を満たしていないというのなら、その挙証責任は文科省にある。

 

以上が主な主張です。では本当にそうなのでしょうか?
①については「不当」とする根拠が明確になっていません。であれば何を「挙証」しろと言うのでしょうか? これについての郷原氏の反論は、
▲しかし、規制一般について、このような「挙証責任」論によるべきというのが国の方針と言えるのかどうかは問題である。また、それが獣医学部の新設の問題にそのまま適用できるかどうかは、別の問題である。獣医学部の新設については、直接的には、石破茂氏が地方創生担当大臣の時代の2015630日の「4条件」の閣議決定があるのであり、そこで、一般的な規制緩和についての「挙証責任」論とは異なる考え方がとられていれば、その閣議決定を根拠とすべきということになる。
 要するに文科省の告示は一般的な規制なのに、それを今回の件に〝すり替えて〟いるのです。


②については、①の前提が崩れている以上成立しません。


③は、完全に否定されています。
▲【加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】でも述べたように、上記の[C]の各主張のうち、高橋洋一氏が主張する[C]②については、7月8日放送のBS朝日【激論!クロスファイア】で、少なくとも、「2016916日国家戦略特区WGで議論が終了した」との主張は、WG議事録からは、むしろ99日の諮問会議での安倍首相の発言を受けて916日WGが開かれ、そこから獣医学部新設問題が議論されていることは明らかであるとの私の指摘で、ほぼ完全に否定された。
 あらら、高橋洋一氏はどうするのでしょうか? 今のところ、これに対する反論を発見できていないのですが・・・・。


④についても郷原氏は、
▲閣議決定の4条件である《現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。》の文言からは、文科省側に、4条件すべてについて「挙証責任」があるとは考えられないし、実際に、20163月末までに文科省が「挙証責任」を果たさなかったことで、獣医学部新設についての議論が決着したことを前提にした動きは、文科省側にも内閣府側にも全くなかった。少なくとも、「挙証責任」論を獣医学部新設の問題の根拠とする余地がないことは明らかだ。
 と反論しています。当然ですね、獣医師を所管しているのは農林水産省ですから、そこから提示されるべき資料がなければ、専門外である文科省が検討などできるはずがありません。

 

 

◆「挙証責任」論のデタラメ

この論のいい加減さを、郷原氏はこう解説しています。
▲「挙証責任」という言葉は、一般的に、我々弁護士が関わる訴訟の場で使われる言葉である。挙証責任を負う当事者側が、その責任を果たすことができなければ敗訴し、それによって不利益を受けるということである。
 国家戦略特区に関して論じられている、規制緩和に関する「挙証責任」というのは、規制の合理性を主張する官庁側と、規制の撤廃を求める国家戦略特区諮問会議及びWGとの間の争いである。訴訟の場における挙証責任と決定的に違うのは、訴訟の場合は、挙証責任が果たされたか否かを「中立かつ独立の裁判所」が判断するのに対して、国家戦略特区の枠組みには、「挙証責任」が果たされたかについての「中立的な判断者が存在しない」ということである。
 諮問会議やWGの議論を主導する「民間議員」は殆どが、規制官庁側に規制緩和を徹底して求めている人達であり、そのようなメンバー構成の会議で、規制官庁側の説明に民間議員が納得しなければ、規制緩和の結論が決まるというのは、「挙証責任」の世界の話ではない。訴訟の場における「挙証責任」との比較という面からは、国家戦略特区での規制緩和の議論に関しては、「挙証責任」という言葉を持ち出すこと自体が適切とは言い難い。

 

私が黒字にした部分が最も大事なことでしょう。だいたい役所同士でどちらが証明しろとか、どちらが正しいとかは国民には関係ないのです。そこのところを前川氏はものの見事に喝破しています。(国会での答弁から引用)
▲内閣府が勝った、文科省が負けた、だから国民に対してはこれをやるんだと説明する、というのでは国民に対する説明にはならない。挙証責任の在りかということと、国民に対する説明責任とは全く別物で、国民に対する説明責任は政府一体として負わなければならない。挙証責任があって、その議論に負けたから文科省が説明するんだという議論にはならないはずだ。

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Author:カイトアキラ
もうすぐ老人と呼ばれる年齢になりました。
今までオートレース・ギャンブルについて書きましたが、今の日本の状況を考えると、たとえ影響力がなくても、もしかしたら若い人たちに響いてくれたら、という微かな希望を持ってブログを続けようと思います。
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