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この国の未来を考える

NHKなんていらない! その1

憲法第十九条に基づけば契約拒否は可能である            

 仮にですが有名無名を問わず、ある出版社から書物なり雑誌が送られてきたとします。注文も、送られることも承諾していないのに勝手に送ってきたのです。ですから何もせずに放っておいたら、送ったのだから代金を払え、と後日になって言ってきました。読んでいませんよと答えても、送ったのは間違いない、読んだ・読まないも関係ない、とにかく払えと言われたら、みなさんはどうしますか? 払いますか? それとも断固として支払いを拒否しますか?

 

 上記の言い分は、ある著名な元新聞記者の受信料拒否の論理です。1980年代にこの論理を知った私は、言い分はもっともだと思い、以来30年以上受信料を払っていません。ちなみに当時の私の断り方は、この著名な記者と理由は同じなので、この記者が支払いをしたら私も払うけれど、その場合は領収書のコピーを必ず持参するように言いました。この著名な記者もだいぶ御高齢になられたようですが今でも御健在のようです。ただし、この方がNHKに支払いをしたという話は聞いておりません。

 

 平成29126日に最高裁判決が出ました。基本的には受信料制度は合憲、契約および支払いを拒否する者は、裁判さえすればNHKの訴えを認める判決を出しますよ、というものでした。
 各メディアの解説記事では「NHKの勝訴」としています。あの東京新聞でさえも。けれども私の感想は、えっ? なんで? というものでした。なぜなら今までと何も変わっておらず、最高裁は今までのNHKのやり方を追認しただけだからです。しかし最高裁は、概略として下記のことも述べています。

 

・放送法は、受信料の支払義務を、受信設備を設置することのみによって発生させたり、NHKから受信設備設置者への一方的な申込みによって発生させたりするのではなく、受信契約の締結、すなわちNHKと受信設備設置者との間の合意によって発生させることとしたもの。

最高裁がNHK受信契約の義務規定を初めて「合憲」と判断 その理由と今後の受信料徴収に与える影響
   (YAHOOニュースより・127日)

元検事さんのようですが、法律家らしく要点を整理し、さらにはわかりやすく解説してあったので引用しました。今後も使わせてもらいます。

 

 要するに、NHKの一方的な言い分だけではダメですよ、受信者とよく話し合って納得させてから合意してくださいね。それでも契約しない人や、契約しても支払いをしない人は、裁判をすればNHKが請求した金額分だけは支払いを命じますよ、というものです。

 

 判決の概略を知った時の私は、これではNHKさんも大変だろうと思いました。普通に読めばわかりますよね、テレビを設置しているという理由のみで契約はできない、あくまでも合意が必要だ、としか読めません。しかし・・・・素朴な疑問が残ります。
1、テレビを設置しているかどうか告げなかったら、どうするの?
2、そもそも、設置している、もしくは所有していることを告げなければいけないの?

 

放送法六十四条第一項は、
協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない
とありますが、文面では契約の前段階での申告を義務付けてはいません。まぁ解釈上はそれも含んでいるとするでしょうが、では、テレビがないと申告することは、はたして義務付けているでしょうか? この文面からそう解釈するのは無理があると考えます。さらに根本的な疑問として、設置をした者に契約を義務付けているのに、合意がなければ契約は成立しない、としていることです。

 

みなさん、合意には何が必要ですか? たぶん99%の人が〝話し合い〟とか〝協議〟という言葉を連想すると思います。しかし条文には、話し合いや協議をしなさいとは書いていないし、最高裁判決も設置者の義務とはしていない。なぜでしょうか?
 当然なのです。話し合いや協議を強制することができないからです。例えばNHKが訴訟を起こして裁判所から召喚状が来たとしても、そこで話し合え、などと命令はできないのです。もっとも、受信機の設置時期が明確になってなければ訴訟自体を起こすことができないのですが、これについては後述します。

 

 ただ、こう言えば良いのです。
「憲法十九条・思想および良心の自由を侵してはならない、に基づいて、私はNHKとの話し合いや協議を拒否する」

 

ベトナム戦争時のアメリカには徴兵制がありましたが、この時だったと思います、いわゆる「良心的兵役拒否」という言葉が生まれたのは。理由は様々で、宗教に基づいたものや、人を殺すことはできないという〝良心〟を否定できない、というものなどがありました。
 確かにこれらとは意味合いが違うでしょう。けれども「考え方」や「思想」や「良心」は誰にも強制されないという意味では同じなのです。日本国憲法は第十九条でそれを保障しているのですから、たとえ法律で義務付けていても、思想・良心の自由を侵してはならないと憲法で保障している以上、どちらが優先されるのか言うまでもないことです。

 

 

最高裁の判事さんたちは、たぶんこの事を理解していると私は思っています。だからこそNHKが訴訟を起こしても、出せる判決は民法上の債権債務という形なのではありませんか? 間違っても設置者や受信者に対して、契約をしなさいとか、合意をしなさい、またはテレビの設置時期を明確にしなさい、などとは決して命令できないのです。なぜなら、それこそ第十九条違反にならからです。

 

なにしろ最高裁は、テレビを観ない、テレビを設置しない自由まで奪っていないのだから、契約の自由を一定程度制限したとしても侵害とは言えず合憲だ、としたのです。ならば、NHKと話し合いをしない自由、NHKと協議をしない自由、さらにはNHKとは合意をしない自由も、当然擁護されなければならないはずです。繰り返しますが、法律より憲法が優位なのは法治国家としては当り前のことですよね。

 

先日、熊本市議が我が子を連れて議会に出席しました。その件についてブログで言及しましたが、この時にも言及したように「悪法でも法は法だ」という〝愚かな規範〟に従っていたら、いつもでたっても悪法はなくならないのです。それは歴史が証明しているではありませんか。先人たちが〝抵抗〟してきたからこそ悪法は一つ一つ消滅していったのです。
 結論を言えば、放送法第六十四条および第七十条、そしてNHKの存在を許す他の法律自体が「天下の悪法」なのですから、それをなくすための〝抵抗する権利〟が国民・市民にはあるのです。


ルールを守れ! やり方が悪い! と叫ぶ家畜人たち
   (当ブログより・2017/11/30

 

ここに宣言します。私は、憲法第十九条で保障された〝良心の自由〟を行使して、放送法第六十四条の義務には従いません。
 もし私を罰するなら、どうぞご自由に。ただし、現行法では無理なので新たな立法措置が必要ですけどね。

 

抵抗とか宣言とか堅苦しい言葉が並びましたが、べつにこんなに構えなくても、NHKやその存続を許す法には〝ツッコミどころが〟満載ですので、私のようにする必要もないですからね。次回は、NHKを取り巻く法そのものが矛盾に満ちている点について言及します。


 

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Author:カイトアキラ
2019年は強権国家への道を阻むことができた最後の年だったと、20年後や30年後に言われているかもしれません。もっともその時、日本という国家または日本人という民族が存続しているのかわからないけれど。
今夏には参院選があり、同日選も取り沙汰されています。ここで、少なくとも参院選で与野党が逆転しなければ「安倍独裁」が冗談ではなくなるでしょう。けれども野党の動向を見ていると心もとないと言うしかありません。しかし諦めたらそれで終わりです。微力ながら発言を続けていきます。

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