この国の未来を考える

リベラル・護憲派と呼ばれる人は村本氏を見習うべきだ!

本質を突くことが最良の戦略になる

 テレビをまったく観ないので、ウーマンラッシュアワーの村本氏という人物を知ったのは数ヶ月前のことでした。ネットに度々登場していたからですが、年末の漫才が評判だと知り、You Tubeupされていたので拝見しました。
 正直、私にとっては当り前のことなので〝笑い〟にならず面白いとは思いませんでした。ただそれは私個人の感想ですし、たった一回の漫才を見ただけで評価するほど無粋でもありません。

 

 村本氏は、ネトウヨとか自称〝愛国者〟とか自称〝保守〟と呼ばれる人たちから叩かれてまくっているとか。この程度の内容でそんな反応するのかと思うと、これらの輩も余裕がないようですね。

 

 そんな風に思っていたらネットで、あの「朝生」での村本氏の発言が話題になっていました。すぐにリテラが追い記事を掲載していたので、さっそく読んでみました。

 

袋叩きも…元旦『朝生』のウーマン村本は全然間違っていない 本当のバカは三浦瑠麗と落合陽一だ  (リテラより・2018.1.2

 

 一言で表現すれば「感心」した、です。もちろん放送は見ていません。番組が始まった当初は観ていたけれど、あの頃はまだ右派系バラエティトークショーでしたが、田原総一朗氏の〝老害〟の醜態を見るのが忍びなく、さらには今ではネトウヨバラエティトークショーに完全に様変わりしたので、もう観なくなって10年ぐらいになっています。正直、まだ放送していたの? という感じですかね。

 

 村本くんは実に いいね! と思いました。なぜなら、このロクでもない連中と、それを支持する視聴者たちが一番困る手法を用いていたからです。
 それは何か? それは、カンタンな言葉で本質を突く、というものです。言い換えれば〝誰にでもわかるように正体を暴く〟と表現してもいいでしょう。その辺りのテクニックはリテラが解説しているので詳しくは書きませんが、
「なぜ中国や北朝鮮が日本を侵略するという発想になるのか、私はわからない」
「じゃぁ殺されます」
という発言は「お見事」と言うしかありません。

 

 安倍首相を筆頭とする、北朝鮮や中国が脅威になっていると「ウソ」を振りまく連中は、ただの一度たりとも脅威とやらを明確にしたことがありません。中国が尖閣を狙っているとか、北朝鮮がミサイルを日本に打ち込むとか言いますが、なぜ? どうして? という問いに論理的に答えたことを聞いたことがありますか?
 当り前です。なぜなら中国や北朝鮮が日本を侵略する、また脅威となっているという〝結論ありき〟でなければ連中の理屈が成り立たない。そうなると軍拡も憲法改悪もできなくなってしまうのです。だから理由など必要ない。いや、むしろ理由などあっては困る。なぜなら〝感情〟に訴えているだけなので、適当な理由を提示しても簡単に論破されてしまうからです。

 

この連中には、お互いに共存して無駄な争いをやめようという発想がありません。村本氏はそこをズバリと突いた。だから右往左往したのです。そうですよね、私もワカラナイ!

 

交戦権を認めない、または国際紛争の解決に武力を用いない、だから戦力を持たないというのは、どう考えても「非武装中立」の精神を表したものだと考えます。もっともこれはあくまでも言葉ですから、その具体的な形は国によって色々とあっても良いでしょう。けれども現在の自衛隊は、この言葉から大きく逸脱しているのは間違いありません。

 

村本氏が「じゃぁ殺されます」と言ったのは、上記の精神を表したに過ぎません。言い換えれば「相手を殺すぐらいなら、殺される側になる」ということなのです。

 

もし侵略されたら、もし攻められたら、と仮定の話をすぐにしますが「非武装中立」の精神は、侵略されないために・攻められないために、武力以外の方法で何をすべきか、という崇高な精神なのです。しかし軍拡するよりも遥かに大変なことで、武器は〝知恵〟と〝交渉力〟そして時には命を賭けて〝人的派遣〟もするのです。けれどもその代償は「信頼に値する国」という、今の日本とは正反対の評価を世界中から得ることです。

 

 「殺すぐらいなら殺される」という精神は、こちらも生命を賭ける、だから争いはやめようと説得することなのです。こう言うと、通り魔とか暴漢を例に上げる人間がいますが、これは典型的なすり替えです。通り魔的暴漢と国家を一緒にするような〝愚かな人間〟と議論など成り立ちません。一切無視した方がいい。

 

 しかし村本氏は、殺されますと言ったけれど「抵抗」しませんとは言っていません。ここがポイントです。自衛と抵抗は似て非なるものと思ってください。殺されると言っても、黙って殺されるわけではない。説得しても応じないのなら、あらゆる抵抗するのは当然なのです。

 

 以前からブログで書いていますが、もし私の住む街に他国の軍隊が侵略者としてやってきたら、私は自爆テロを敢行するでしょう。少なくとも侵略者の一人ぐらいは殺せるはずです。命を賭ければ、たいていのことは可能ですからね。あらゆる手段を用いて「抵抗」するとはこのようなことを言うのです。
 けれども「自衛」は違います。今回は詳しく書きませんが、あの大日本帝国の復活を画策するアホ連中は、先の大戦を「自衛のためだった」と言っているではありませんか。アメリカなどは、予防的先制攻撃と称して戦争を始めるではありませんか。大日本帝国に対する中国やアジアの人々の戦いは「抵抗」です。アメリカに対するベトナムやイスラムの人々も、やはり「抵抗」なのです。
 

 

 

小林よしのり氏の限界

 朝生での村本氏の発言について、小林よしのり氏が「無知なおっさん」と批判していました。

 

正月の朝ナマに出なくて良かった
 (BLOGOS 2018.1.2

 

やっぱし、というのが私の感想です。最近の小林氏はネトウヨから〝朝日新聞化〟していると非難されていますが、やはり彼は何も変わっていない。さすが、従軍慰安婦問題で「旧日本軍は良い関与をした」と言ってのけた人だけのことはある。
 小林氏の能力では村本くんの戦術が理解できないのでしょうね。リテラも指摘している通り村本氏は、「無知を装って」「わからないフリをして」相手を本質に引きずり込んでいるのです。それをそのまま受け取って「無知なおっさん」と評するとは・・・・この辺りが小林氏の限界と言えるでしょう。

 

ここでは詳しく触れませんが最近の小林氏は、憲法に「自衛権」を明記して、そこに制限を加えることが自民党の憲法改悪に対抗する唯一の方法だと言及しています。本当にそうでしょうか? 私には、自衛権を持ち出すこと自体が憲法改悪派の策略に乗っかってしまっていると思えてなりません。

 

自衛権という考え方は存在してもいい。けれども前述した通り、どうにでも解釈できてしまうものなのです。現に今の憲法でも、戦力を持たない・国際紛争解決のために武力を用いないとしているのに、内閣の勝手な解釈で自衛隊を存続させているではありませんか。
 たとえ自国の領土以外での行動を認めないと明記しても、それでは自衛できないとされたらどうするのですか? そもそも「自衛とは何か」を議論しなければいけないのです。その議論があってこそ、そのための戦力とは何か、さらには「専守防衛」の具体的な姿はどういうものなのか、初めて議論できるのではないでしょうか。

 

私は「自衛権」よりも「抵抗権」にすべきだと考えています。しかしその抵抗は国家から押しつけられるものではなく、国民一人一人が行使できるものとすべきです。
 まぁ権力者が嫌がることは目に見えていますが。だって、その抵抗を自分たちに向けられたら困るもんね、弾圧ができなくなってしまうから。

 

 2018年は憲法論議が盛んになるのかもしれません。しかし九条に関して言えば、専守防衛の具体的な姿、安全保障の具体的な形を議論して、さらには提示をしなければ改正などやってはいけないのです。
 リベラル・護憲派と呼ばれる人は、もっと簡単に、もっとわかりやすい言葉で投げ掛けるべきです。
「あなたは殺す側になりますか? それとも殺される側になりますか?」
「他国の領土で自衛隊員に人殺しをさせますか?」
「話し合いもせずに、自分たちが正義だと武力で脅かしますか?」
「九条の崇高な精神を捨て去りますか?」

 

ちなみに国連憲章の敵国条項には、いまだ日本が入っていることをお忘れなく。死文化されているとはいえ、国際紛争解決のための武力行使を日本は国連から認められていないのですよ。もし日本がそのような行動を取ったら、理由の如何に関わらず攻撃できると明記されているのです。ですから日本には、もともと集団的自衛権はないと考えるのが自然なのです。だって散々侵略して悪いことやったのですから、そのくらいの罰を与えられるのは当然です。
 ドイツやイタリアは国体が変わったので敵国条項から外されましたが、それでも世界から信頼される行動を取る努力をしています。しかし日本は、特にアジアやイスラムの国々から信頼を得ることが大切なのに、ここ最近はまったくしていないと言っていいでしょう。それを考えれば、いったい国益を損なっているのは誰なのか、すぐに思い浮かべることができるはずです。

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Author:カイトアキラ
2017年の衆院選は歴史の転換期の一つに数えられるかもしれません。それは良い意味なのか悪い意味なのか、まだ誰にもわかりません。ただ私の感覚では悪い方向へと向かっているという気持ちが強くあります。しかし決して諦めるつもりもありません。私個人のできることなどたかがしれていますが、やらないよりやった方が良いことは間違いありません。そんな気持ちで今後もブログを続けます。

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