この国の未来を考える

微かではあるけれど、暗闇に一点の光が見えています

末期的症状という言葉があるけれど、今のこの国の行政・司法は、まさにこの言葉がピッタリと言えるでしょう。人間なら緩和ケアを施され、後は安らかに死を待つのみという状態です。
 でも国は人ではない。黙って滅亡してゆくのなら、これからの世代に対する責任放棄になってしまいます。けれども日本民族以外の全民族が、迷惑だから、頼むから消滅してくれと言ってきたら対処のしようがないけれど・・・・

 

ところで国会も末期症状ではないの? と思われる方もいるでしょう。確かに歯がゆいと感じていることは理解します。けれども与党が三分の二を占める状況では限界があるのです。むしろこの状況下にしては、よくやっている方だと私は考えています。特に自由党の森ゆう子議員は迫力があるので感心しているぐらいです。

 

国会にはテレビカメラが入らず、野党合同ヒヤリングには全放送局が入っているとか。どんどんやればいい。なぜなら、選挙で多数を取らない限り現状を変えることはできないわけですから、三分の一しか議席を持たない野党の役割は、とにかく疑惑を追求することが責務だと思うからです。ここまできたら国会の審議は全て拒否して、ヒヤリングのみに集中するのも一つの方法でしょう。

 

 

司法も病に侵されている

 さて、ブログの更新を怠っていたのは、しばらく様子を見てみようと思っていたからですが、本当は次から次へと〝事件〟が発覚するので、追いつくことができてないのが正直なところです。

 

一番の関心事は佐川氏に対する大阪地検の対応でした。しかし毎日新聞の報道では立件を見送るようだとありました。しかも背任容疑まで。もしこれが事実なら、やはり司法も末期的症状が出ていると言わざるを得ません。

 

立件の難しさは承知しています。けれども社会通念で考えても、一連のことが犯罪にならないのなら市民や国民は司法をもう信用しないでしょう。それでも、どうして検察は慎重なのでしょうか。最大の理由は有罪率が九割を超すという、起訴した以上は裁判に負けてはならないという〝縛り〟に捉われていると思えてなりません。

 

罪を犯す連中は、あの手この手で自らの利益を得ようとします。ですから前例にない案件が発生するのは、ある意味必然だと言えます。ですから、それに挑戦できない検察なら存在価値はないと言うしかありません。なんとかここは〝踏ん張って〟ほしいのですが・・・・

 

 

[me too]に火をつけた財務省

 この件に関しては相当数の報道がされているので簡単に触れておきます。報道関係者に知り合いはいないので私自身が直接聞いているわけではありませんが、女性記者に対する「セクハラ」のようなことがあるのは1980年代の雑誌にも書かれていました。ただし当時は「セクハラ」という言葉を使っていなかっただけです。

 

特に警察は酷いようです。確か、東京新聞の望月記者も告白していたと思いますけれど、ですから「やっと」と言うべきか、「とうとう」と言うべきか〝反撃〟に出た女性記者に私は喝采を上げました。
 ただ先に謝っておきます。御本人の苦しさを考えれば、このような表現は用いるべきではないからです。けれども、それでも、やはり褒めたいと思います。なぜならあなたの勇気が世界を変えるからです。

 

以前から私は、この国が本当に変わる、もしくは「まともな国」になるためには、女性の国会議員が半数になる必要があると思っています。もちろん国会だけではありません。あらゆる団体や企業そして職業という意味でも、です。

 

 なぜかと言うとそれは「景色が変わる」からです。よく、見た目や外見よりも中身が大切だと言いますが、男たちの持っている女性差別や女性蔑視の発想は、内心が変わるのを待っていたら永遠に実現しません。ですからそれを打ち破るためには、たとえ強制であっても女性の社会進出が必要になってくるのです。
 例えば官房長官の記者会見がテレビで報道されますが、もし女性だったらどうでしょうか。その姿を小学生や中学生たちが見るのです。その光景が当り前になれば、女性も政治家を目指していいのだと自然に思うはずではありませんか? ですから景色を変えることが一番有効だと思うのです。


 それにしても財務省の対応は〝0点どころかマイナス〟でしたね。この報道に接した時、いよいよ日本にも「me too」が拡大していくと私は感じました。これで怒らない女性はいないはずです。こんなことも理解できない財務省とは。女性職員だっているはずなのにね。でも私は「よくやってくれました」と財務省を褒めたい気分です。だって〝火を点けて〟くれたのですから。

 

昨日(418日)の段階で被害者がテレ朝の記者であることがわかりました。上司にセクハラであることを相談し、報道すべきだと意見したそうですが受け入れられず、仕方なく週刊誌に話したとありました。ある意味予想通りなのですが、この女性記者の勇気によって報道機関も後に引けなくなりました。
 大変だとは思いますが、どうか女性記者のみなさん、どんどん声を上げてください。おそらくというか間違いなく、経産省でも国土交通省でも警察庁でも、さらには都道府県庁や市町村でもあるはずですから、さぁ風景を変えましょう!

 


市民や国民を殺してきたのは「軍隊」だ!

 日本という国で、武力によってクーデターを起こせる能力を持っているのは自衛隊だけです。当然ですよね、圧倒的な武器を保持して〝攻撃〟するための訓練を日夜行っているのですから。
 もちろん実際にクーデターを起こすかどうかは別問題ですが、私が言いたいのは、10万人や20万人のデモを「鎮圧」する能力があるのは自衛隊だけだ、ということです。日本人は良いか悪いか別にして武力革命というのを経験していませんが、もし民衆が武力を用いて立ち上がれば相手となるのは軍隊(自衛隊)です。

 

戦前の日本でも弾圧は行われましたが基本的には警察でした。私の記憶の限りでは、旧日本軍が国民や市民相手に制圧行動に出たことは、少なくとも国内に於いてはなかったと思います。2.26事件は内乱に近いですし、そもそも警察の取り締りが厳しくて民衆が大きな勢力になることはありませんでした。けれども植民地での治安維持、または民衆に対する制圧の主役は旧日本軍であったことは紛れもない事実です。

 

 かつて自衛隊が創設された時、当時の総理大臣であった吉田茂は言いました。
「旧日本軍の悪弊もあって、おそらく諸君らは肩身の狭い思いをするだろう。けれども諸君らが活躍しないことが、この国にとっては最も良いことなのだ。諸君らが日陰の身である限り、日本は平和である証拠なのだ」
 

 上記の文は私なりに割愛していますので、悪しからず。ただ主旨は理解できると思います。正直、吉田茂の本音がどうだったのかは疑問に残るところですが、彼の言ったことは現代でも通用することなのです。というか、まさに自衛隊はこうであるべきなのです。

 

だって考えてみてください。災害時の自衛隊の活躍が盛んに喧伝されますが、自衛隊が出動するレベルの災害とは、いったいどういうものでしょうか。言うまでもありません。多くの死者や負傷者が出ていることなのです。日本という国・日本人という民族そして日本に住む人々にとっては、できれば体験したくないことで、自衛隊が出動しない世の中の方が幸せなのです。それなのに・・・・

 

 私が呆れるのは、災害時の活躍があるから自衛隊は必要だとか、感謝しろとか、まるで鬼の首でも取ったかのような意見です。そんなことを言う連中は、本当は被災した人々のことなど眼中にないのです。テレビの映像を見て、他人事として好き勝手なことを言っているだけで、画面の向こう側にいる多くの不幸な人々に思いを馳せてはいないのです。

 

百歩譲って災害時に必要だと言うのなら、自衛隊である理由は何ですか? だって災害に戦闘行為はありませんよね? なのに〝軍隊〟である必要があるのですか? むしろ災害に特化した組織にすべきではありませんか?

 

自衛隊が活躍しない世の中の方が国民・市民にとって幸せなのに、こともあろうに国会議員に対して、あんな言葉を吐く自衛官がいるとは・・・・。
 はっきり言っておきます。こういう自衛官こそ、国民や市民に向かって武器を向けるのです。そして自分たちに従わない人間を殺そうとするのです。

 

おまえの方こそ、国民・市民の敵だ!

 

※参考記事
次はクーデター 幹部自衛官が国会議員に「お前は国民の敵だ」
 (田中龍作ジャーナルより 418日付け)

 

 ところでタイトルにした件を書き忘れそうになりました。もちろん簡単ではないことを承知はしていますが、さすがに自民党支持者も現政権のデタラメぶりに呆れてきたようです。下記の記事に接した時、私は一筋の光明のように思えてなりませんでした。諦めることはない!

 

市長選で自公が黒星ラッシュ 地方から“安倍降ろし”が爆発|日刊ゲンダイDIGITAL
  (日刊ゲンダイDIGITAL 417日付け)

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Author:カイトアキラ
2017年の衆院選は歴史の転換期の一つに数えられるかもしれません。それは良い意味なのか悪い意味なのか、まだ誰にもわかりません。ただ私の感覚では悪い方向へと向かっているという気持ちが強くあります。しかし決して諦めるつもりもありません。私個人のできることなどたかがしれていますが、やらないよりやった方が良いことは間違いありません。そんな気持ちで今後もブログを続けます。

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