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この国の未来を考える

たとえ歩みは遅くとも歴史は正しい方向に進んでゆく

変えようという意志が物事を動かす

私のような年代の人間からすれば、板門店の境界線を韓国と北朝鮮の指導者が手を携えて越える姿など、かつては夢にも思いませんでした。しかし考えてみれば、この光景の反対は戦争による滅亡しかないわけですから、それを拒否するのなら当然の帰結でもあると言えるでしょう。

 

今回の光景から感じたことは、1980年代半ばに始まったペレストロイカの影響で、共産圏国家が次々と崩壊していった過程に似ていると思ったことです。そしてその結果として1989年にベルリンの壁が壊され、翌年には西ドイツが東ドイツを吸収しました。まさか、こんなにも早くに、と誰もが思ったのです。

 

正直、私も驚いた一人です。多くの人間は、十代後半ぐらいから政治や世界の出来事に関心を持ち始めると思いますけれど、私も例外ではなく、ちょうどその時期は1970年代後半でした。しかし当時は冷戦構造の真っ只中です。しかも旧ソ連はアメリカと並ぶ大国ですから、十代の少年からすればソ連の崩壊など想像できるはずもありません。ですから当然、東西ドイツの統一など夢にも思わない。けれどもそれから十年と少し後に、あり得ないと考えていたことが起きたのです。

 

この期に及んでも「北朝鮮は信用できない」という声が日本に溢れています。けれども「平壌宣言」後は、むしろ約束を破ってきたのは日本であることが明らかになってきました。それはアメリカも同じようです。つい最近ですが韓国の政府関係者が証言しています。
 もちろん金正恩という指導者の意図を現時点で把握することが難しいのは理解しています。けれども文大統領の意志が堅いのは間違いありませんから、多少の紆余曲折はあっても前に進むでしょう。ですから自信を持って言えます。後戻りすることは決してない、と。安倍政権や応援団にとっては〝残念〟なことでしょうけどね。

 

もう一つ私が感じたのは(もちろん勝手な想像だけど)、もうこれ以上大国や周辺国の思惑には惑わされないと、二人の指導者は決意しているのではないかということです。要するに〝自分たちのことは自分たちで決める〟という民族自決です。
 朝鮮半島の歴史を少しでも学べば、この地域が如何に大国に翻弄されてきたのかが理解できます。ただし、この地域の指導者たちが権力維持のために外国勢力を利用した側面も否定できませんから、そういう部分では自業自得でもありますが、少なくとも今回は平和についてだけは譲らないと決意しているように思えます。

 

日本では文大統領の評価が低いようですが今回の主役は間違いなく彼でしょう。経歴から察すると苦労人ですし、民主化運動では逮捕されているのですが、驚くのは軍隊時代に特殊工作員だったことです。
 詳しいことは知らないのですが、板門店で事件があった時に文氏は、特殊工作員として38度線を越えたことがあるそうです。なんかどこかの国の首相とはだいぶ違いますね。おそらく数々の修羅場をくぐってきた人なのは間違いありません。誰かさんとは〝器〟が違うというか、比較すること自体が文大統領に失礼かもしれません。

 

歴史の転換は始まったばかりです。確かにトランプという理解不能な人間がアメリカの大統領ですから心配は尽きないけれど、文大統領がいる限り最悪の事態は免れそうです。すっかり蚊帳の外に置かれている日本ですけれど、早いうちに文大統領と仲良くした方が、それこそ〝国益〟になると思うのは私だけですか? どうですか、保守系のみなさん。

 

それと順調に行けば統一は意外と早いと思います。その理由は、交流が進めば進むほど北朝鮮の人々は韓国の実情を目にするからです。言論の自由があり、指導者を選挙で選ぶ。何よりも、どこに行くにも国家の許可などいらないで自由がある。経済格差を埋めるために北朝鮮指導部は躍起になるでしょうが、この自由を目にした人間の心まで縛ることはできません。

 

 旧ソ連のアフガニスタン侵攻に反対した西欧諸国は1980年のモスクワオリンピックをボイコットしました。日本もアメリカの属国ですから当然参加しなかった。その時、故・筑紫哲也氏は言いました
「なぜボイコットするのか。こんな時こそアメリカの文化である、コカコーラやハンバーガーやジーパンを見せつけてやればいい」
この言葉は今でも鮮明に覚えています。文化に自信があるのなら負けることは決してないのです。

 

 北朝鮮の主導で統一されれば朝鮮半島は社会主義国家になってしまうと、こんなバカらしいことを平然と言う日本人がいますが、そんなことは決してないと断言しておきます。韓国がここまで築き上げてきた〝文化〟は、政治面でも経済面でも日本を凌ぐ強固なものだからです。

 

 

 

日本はセクハラから始めなければいけない

 小林よしのり氏のブログを読むことはやめることにしました。なぜなら時間の無駄であることがはっきりしたからです。相変わらずセクハラとは何かを理解できていない。たぶん、永遠に無理かもしれませんね。だから彼の周囲にいる女性たちには同情してしまいます。余計なお世話だけれど。

 

 隣国では歴史の転換が行われようとしているのに、私の住む日本という国では、セクハラが人権問題であることすら理解できない人間で溢れかえっています。正直、この現状に絶望しています。でも諦めたらそこで終わりですから、男性主義にまみれていることに気づかない哀れな男どもに、もう一度だけ要点を解説しておきます。

 

ます男性は、女性との関係に於いて基本的に優越的立場であることを理解しなければいけません。具体的には身体が大きいことや、相対的に腕力が優っていることなどです。そしてこの関係性は、女性からすれば〝肉体的な力〟によって、男性に服従もしくは制圧させられる可能性が絶えずあるということを意味します。

 

上記のような観点からすれば女性にとって男性と一対一になることは、それ自体が恐怖になり得るということがわかるはずです。そこには相手の意志など関係ありません。二人きりになることは信頼があってこそ初めて成立すると理解すべきです。

 

 取材や営業などの仕事として会うことはプライベートな関係ではありませんから、本来なら性的な言動が出てくる場ではない。ですから如何なる理由があろうとも許されるはずがないのです。
 ではプライベートな関係なら許されるのか? これも違います。よく、自分の部屋に男を入れたのだから性的行為を要求されても仕方がないと、21世紀になっても言っている愚かな男たちがいますが、前述したように「信頼」したからというのは、決してそのような行為はしないだろうというのも含まれているのです。当然セクハラも同じで、たとえ恋人関係であっても嫌がっているのなら、それはセクハラなのです。

 

レイプの加害者として一番多いのが、恋人や友人または身内であることが統計で示されています。これは何を意味するかというと、信頼を裏切られた、もしくは信頼関係を利用されたということでもあります。ですから本来なら女性は、取引先や職場の男性と二人きりになることを望まないのが普通です。もし二人きりになるとしたら、そこには、性的な言動などしないだろうという信頼がなければ決してできないのです。

 

今回のテレ朝女性記者に対するセクハラは、事務次官と記者という、どちらが優越的な立場であるかは明らかであり、なおかつ「信頼関係」を利用したことも疑いようがない。実に罪深いと言わざるを得ません。

 

もう一つ驚いたのは、セクハラを内部告発と称しているジャーナリストがいることでした。内部告発なのだから録音テープを加工することは信憑性を欠く、と言うのです。
 何をアホなことを、としか言いようがありません。くれぐれも言っておきますが、セクハラという行為を告発しているのであって、なぜ不正や不法行為の隠蔽を告発するのと同列できるのか理解に苦しみます。だって被害者は誰ですか? 告発した本人でしょ?

 

さらにもう一つ。記者が名乗り出ないことを批判するために、その引き合いとして伊藤詩織さんを上げていますが、これには怒りすら覚えてしまいます。なぜなら詩織さんはレイプをされたにもかかわらず、相手は逮捕直前で見逃され、なおかつ不起訴になったのです。その現状を容認できないからこそ、数々のリスクを承知の上で顔を出したのではありませんか。けれどもその後はどうなりました? 相手は逮捕されましたか? 検察審査会は不起訴相当になりましたよね。
 こんな現状をみたら躊躇するのは当り前です。しかも数々の誹謗や中傷に晒された彼女は活動拠点を海外に移した。日本という社会は詩織さんを見殺しにしたのです。それを都合の良い時だけ「勇気がある」と褒めて、彼女を見習えと無責任なことを言う。そんな連中に腹が立って仕方がない。お前らに彼女を語る資格などない、恥を知れ!

 

日本に於けるセクハラ問題をどう考えるべきか、その参考になる記事を二つ紹介しておきます。

 

日本の #MeToo:沈黙を破り始めた女性たち
 (BBC NEWSJAPANより 425日付け)

 

福田前次官を減給処分でも「♯MeToo」の声が続々 「警官から胸を触られた」 〈週刊朝日〉
 (AERAdot.より 427日付け)

 

 タイトルの通り、日本での〝進化〟は確かに遅いかもしれません。けれども〝正しい〟方向へ進んでいることだけは信じて良いようです。

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カイトアキラ

Author:カイトアキラ
2017年の衆院選は歴史の転換期の一つに数えられるかもしれません。それは良い意味なのか悪い意味なのか、まだ誰にもわかりません。ただ私の感覚では悪い方向へと向かっているという気持ちが強くあります。しかし決して諦めるつもりもありません。私個人のできることなどたかがしれていますが、やらないよりやった方が良いことは間違いありません。そんな気持ちで今後もブログを続けます。

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