この国の未来を考える

公明党代表の山口さん、大丈夫ですか?

物事を理解する能力がない?

 目を疑うというか、いったいこれは何なのか、という思いに駆られました。いくら与党とはいえ、いやしくも正式な政党の代表者たる者が、国の根幹を揺るがす事件の意味を理解する能力を持っていないとは・・・・。

 

加計問題「どんな国政上の意味あるのか」 公明・山口氏
 (朝日新聞デジタルより 511日付け)

短いので全文を掲載します。

加計学園問題について)国家戦略特区の制度を用いて四国に獣医学部を新設し、すでに開学をして学生が学び始めている。これらについてどういう意味があるのか、なにゆえの主張なのか、(国会で)議論することがどんな国政上の意味があるのか、結果として何をしたいのか。時間を費やすのであれば、そういうことを(野党側は)はっきり主張する必要がある。そこがぼやけているという印象がぬぐえない。印象付けの、事実解明に直接結びつかないような発言を何度繰り返しても、それは深まることにはならないという印象を持ちました。(党参院議員総会のあいさつで)

 

加計学園問題とは、一言で表せば「選考過程に疑義がある」というものです。その疑義とは、本来なら選ばれる可能性が極めて低いのにもかかわらず、他の大学では満たすことが不可能な条件まで付けて、安倍首相と懇意にしている人物の経営している大学が選考されたというものです。
 これが何を意味するのか? それは公平・公正であるべき行政を一部の人間が捻じ曲げて私物化したということなのです。もっと簡単に言えば、お友達のために不公平・不正な行政をした。こんなことがまかり通るなら、国の根幹を揺るがしかねないのは誰でも理解できるはずです。ところが山口代表には、こんな簡単なことを理解する能力がないようです。

 

 もう開学したのだからガタガタ言うな、としか私には聞こえません。確かに通学している学生にとって面白くないこととは思います。けれども、そうしたのは誰ですか? そんなことは最初からわかっていたことではありませんか。だから本来なら開学すべきではなかった。なぜなら選考過程に「瑕疵」のあることが限りなく疑われるからです。

 

 たとえ時間が過ぎたとしても「瑕疵」のあることが証明されたら認可は取り消すべきです。その際に不利益を被るのは学生ですが、その時は救済措置を講じればいいし、大学側から損害賠償請求をされたら争えばいいのです。おそらく国民が味方をするのは国の方でしょう。なぜなら正義が実行された、歪められた行政が正された、と感じるはずだからです。

 

 

 

ぼやけているのは山口さん、あなたではありませんか?

平成304月開校という期限がなぜ設けられたのか、そしてそれを言い出したのは誰なのか、さらには、どのような過程を得たのか。それらすべてを検証できない限り、この疑惑が晴れることは永遠にありません。
 いったいどこが「ぼやけて」いると言うのでしょう。ずっと野党が追及していることですよ。大丈夫ですか? あなたの眼は曇っていませんか?

 

ところで山口代表にお聞きしたい。あなたは「モリカケ問題」を政治の私物化とは考えていないのですか? そうだとしたら、もし公明党が政権の中心になって山口氏が首相になったら「総理のご意向」を乱発するのですか? そして公明党の支持母体である創価学会員の方々だけを優遇するのですか? そうなったら、それこそ「創価学会員でなければ人であらず」という恐ろしい世の中になってしまいますよね。

 

 

 

「総理のご意向」や「政治主導・官僚主導」が悪いわけではない

 政治主導とか官僚主導などと表現されていますが、要は政策の決定過程が透明化されているのなら問題ありません。なぜなら政治家同士で決めたとしても、どのような議論がなされ、どのような理由で決定されたのか。それらすべてが記録として残っていれば、本当に公平・公正かつ国民にとって適切なものだったのか、それを判断することが後日でも可能になるからです。それは官僚同士であっても同じことで、大事なのは決定過程が透明されていて、検証することが可能であれば、極端に言えば制度はどのような形でもいいのです。

 
 それは「総理のご意向」でも同じなのです。仮に意向があったとしても、決定過程に瑕疵がないことが検証できれば問題はない。さらには「総理のご意向」が、多くの国民が望むものであったら、それは民意の反映であり、もし意向の実現が制度上では難しいのなら、その制度を変えることに誰も反対しないはずです。ですから「総理のご意向」自体は決して悪いことではありません。
 お隣の韓国を見てください。文大統領は間違いなく「戦争だけはしない」という〝強い意向〟を持って政治を行っています。そしてそれを国民も支持している。誰も「大統領のご意向」などと批判をしてはいません。

 

仮に独裁体制であっても決定過程が透明化されていて、なおかつ間違った場合には責任を取らせるシステムであれば問題はありません。そんな「独裁」だったら誰も反対しないでしょう。しかし残念ながらというか当り前ですが、そんな体制を「独裁」とは呼ばないのです。世界の常識では、すべてを秘密裏に一部の人間のみで政治を行い、反対する者に対しては、あらゆる手段を用いて弾圧する。それを世界では「独裁」と呼んでいるのです。
 どうですか? 現在の安倍政権のやっていることは、限りなくこれに近いとは思いませんか?




ちょっとツッコミを入れてみました。言葉遊びみたいなものですが

八田・国家戦略特区座長発言の一部
「安倍首相や秘書官たちから働きかけなど一切ない
当り前だろ! 「総理のご意向」で最初から加計学園と決まっているのだから

 

安倍首相や八田座長の発言
「選考のプロセスには一点の曇りもない」
それはそうでしょう。曇りがないように最初から資料を捏造しているのだから

 

安倍首相やと菅官房長官の発言
「選考は適切に行われた」
確かにね。でもそれは「あなた方」にとってでしょ? 税金を払っている国民の側からすると適切とは思えない、と言っているのですよ。まだ理解できませんか?

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Author:カイトアキラ
2017年の衆院選は歴史の転換期の一つに数えられるかもしれません。それは良い意味なのか悪い意味なのか、まだ誰にもわかりません。ただ私の感覚では悪い方向へと向かっているという気持ちが強くあります。しかし決して諦めるつもりもありません。私個人のできることなどたかがしれていますが、やらないよりやった方が良いことは間違いありません。そんな気持ちで今後もブログを続けます。

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