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この国の未来を考える

一致団結とか、一丸になってという言葉が好きな日本人

人間である限り、時には常識外のことが起きることもある

 ワールドカップの二ヶ月前に代表監督の解任という、サッカーの世界でなくても、およそあり得そうもない事態が起きました。常識的に考えれば、そのようなチームが活躍することを想像する人間はいないでしょう。しかし時には、まれに常識が覆ることもあるから人の世は面白いのかもしれません。

 

 代表監督解任の是非、そして代表チームの活躍に関しての総括をするには時間が必要です。ただ代表チームの先発メンバーは、11人中の10人が海外でプレーしている選手だということを忘れないでください。それも厳しい争いの中でレギュラーを勝ちとった選手ばかりです。それを考えればチームとしての戦術が確立され、なおかつ体調管理に失敗しなければ、ある程度までやれるのは当然のことなのです。

 

 とは言っても大半の人がそうだったように、私もまったく期待していませんでした。なぜならサッカーを長く観戦してきた者からすれば、あのドタバタをやっている時点で、今回は厳しいだろうというのは当り前というか常識だからです。では、なぜ常識が覆されたのか、そんな疑問の答えになる記事を見つけました。もっともこれは技術面の分析ですから、サッカーを知らない人や興味のない人は読んでも理解ができないかもしれません

 

W杯で急成長…日本代表を支える「覚醒カルテット」 ベスト布陣から外せない理由
YAHOO JAPANニュースより 6.26日付け Football ZONE web記事)

 

柴崎岳の「正確無比なロングパス」はいかにして生まれたか
 (ダイヤモンドオンライン 2018.6.26記事より)

 

 

本物のプロなら決して使わない言葉

 代表チームのメンバーが発表された時、それぞれの選手のインタビューが掲載されていました。基本的にテレビは観ないので、すべて新聞や雑誌のネット記事からのものです。その中に数人が、
「選ばれたからには一致団結して・・・・」「チーム一丸となって戦う・・・・」
と言っていました。

 

 相変わらずというか、耳にタコができるぐらい聴き慣れた言葉ですね。なぜ、今さら言うのでしょうか。だってチーム競技である以上〝一致団結〟〝一丸になる〟のは当然ではありませんか。バラバラだったら勝つとか負ける以前にチームとして成り立たないからです。けれども日本人は、スポーツに限らずあらゆる場面でこの言葉が出てくるのです。これがアメリカだったら、少なくともプロスポーツの選手なら決して出てこないのに。

 

 スポーツを扱ったアメリカ映画に頻繁に出てくるシーンがあります。だいたいはコーチが選手に対して「ベストを尽くせ」と言い、そして選手たちもベストを尽くすことを誓います。間違っても「一致団結して」や「チーム一丸」などとは言いません。なぜなら、そんなこと当り前だから口にする必要などないからです。
 ベストを尽くせとは「ゲームに勝つために最善のプレーをやれ」というものです。もっと具体的に言えば、与えられた役割を理解し、それをゲームで最大限発揮しなさいと求め、同時に、それをするためのトレーニングは積んできた、だから自分を信じなさいという激励も含まれています。そこには「チームのために」ではなく、選手個人の能力を最大限発揮すれば、それが「チームの勝利」に繋がるという発想なのです。アメリカらしいと言えばそうなのですが、あくまでも個人があってのチームという考え方なのです。実際にメージャーやフットボールでも、選手たちのインタビューで出てくる言葉は「勝つためにベストを尽くす」ばかりです。


 しかし日本人は真逆なことが多い。学校の名誉とか故郷の誇りとか、終いには「お国のため」とか言い出しかねません。確かにそんな例がありました。オリンピック誘致に関わった女性ミュージシャンが、
「・・・・でも五輪が来ることが決まっちゃったんだったら、もう国内で争っている場合ではありませんし、むしろ足掛かりにして行かねばもったいない。だから、いっそ国民全員が組織委員会。そう考えるのが、和を重んじる日本らしいし、今回はなおさら、と私は思っています。取り急ぎは、国内全メディア、全企業が、今の日本のために仲良く取り組んでくださることを切に祈っています」(リテラ・2017/8/2記事より)

 

無邪気と言えばそれまでですが、はっきり言って気持ちが悪いし、押しつけはやめてほしいですね。それと、いっそ国民全員が組織委員会? 何を言っているのでしょうかね、国民投票で決めたわけでもないのに。そもそも開催は東京都だから・・・・
 私個人としてはオリンピックなど迷惑以外のなにものでもないのですが、要するにこんなところにも「一致団結」や「一丸」という貧困な精神が蔓延っているのです。そこには〝個人〟という発想がなく、それが堪らなく嫌なのです。

 

今回の日本代表でも一部の選手が口にしていましたが、若手の中心選手たちは言っていませんでした。当り前ですよね、それで勝てるのなら苦労はしない。私には、むしろ淡々とプレーしているように感じられるのです。その姿は、勝利のために個人の能力と役割を最大限発揮する、最も〝プロらしい〟光景だと思えます。こんな若者たちが日本社会の中枢を担い出したら、この国は変われるかもしれない、なんて淡い気持ちを抱いている今日この頃です。

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Author:カイトアキラ
2017年の衆院選は歴史の転換期の一つに数えられるかもしれません。それは良い意味なのか悪い意味なのか、まだ誰にもわかりません。ただ私の感覚では悪い方向へと向かっているという気持ちが強くあります。しかし決して諦めるつもりもありません。私個人のできることなどたかがしれていますが、やらないよりやった方が良いことは間違いありません。そんな気持ちで今後もブログを続けます。

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