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この国の未来を考える

人権国家と強権国家のせめぎ合いが始まっている

人権か経済か


だいぶ前から私は、21世紀のキーワードは「人権」になるだろうと考えていました。そして最近の世界情勢を見ると、この予測は当たりつつあると感じています。ただし人権と評しただけでは抽象的でしょう。ここでの意味は、国家経済の繁栄のために人権を制限するか、それとも国家経済にとって損失があっとしても人権を優先するか、ということになります。

 

最近のメディアでは「強権国家」という表現が多くなりました。代表的なのが中国とロシアです。ただし、何をもって〝強権〟とするかは論争があるでしょう。しかし一党独裁もしくは、限られた人々だけが権力を握り続けるということには異論がないと思います。この観点に立てば現在の日本は、限りなく「強権国家」に近づいていると言えるでしょう。

 

強権国家の代表例である中国は、政治面では中国共産党による永遠の支配を標榜しています。しかし経済面では自由市場経済を採用しており、経済体制は完全な資本主義になっています。わかりやすく表現すると、政治に口を出さない限り商売は自由だ、どんどん儲けてかまわない、ということでしょうか。

鄧小平の有名な言葉で「白猫でも黒猫でもネズミを捕るのが良い猫だ」というのがあります。これが市場経済を導入する際の大きな〝理由〟となりました。同時に「先富論」として有名な〝先に豊かになれる者から豊かになれ。そして落後した者を助けよ〟という考え方も実践したのです。

現在の中国は、この鄧小平の考え方を実践した結果と言っても過言ではないでしょう。しかし〝落後した者を助けよ〟を実践しているかと問われれば、大いに疑問だと答えるしかありません。けれども今の日本も「落後した者」を助けているとは言えませんが。

 

今の中国を見ていると非常にわかりやすいのです。国の経済が発展して豊かになるためには人権を抑圧しても仕方がない、いや、そうすべきなのだ、と中国共産党は盲信しているのです。

確かに鄧小平は「経済がすべてだ」と言って階級闘争を破棄しました。そして共産党主導による開発が断行され(ある意味強権発動なのですが)、その結果発展を遂げたことは否定できません。

これが良かったのか悪かったのか、それを判断する資格があるのは中国の人々だけです。けれども中国人といっても様々で、広大な領土には少数民族も多数存在していることを忘れてはいけません。これらの人々は経済発展の影で人権を抑圧されてきたことも事実で、さらには民衆の不満が共産党に向かうきっかけになるのを恐れて、セクハラやパワハラ被害を訴える人々まで抑え込もうとしています。その代表例が、人権派と呼ばれる弁護士たちを一挙に300人も拘束したことです。

結論を言えば、落後した者も助けず、異を唱える者を弾圧し、共産党に忠誠を誓った者だけが特権階級として権力を握ってゆく。まさしく強権国家の見本であり、中国は経済発展のためには人権を制限する典型的な国家と言えるでしょう。もっとも中国共産党は、自らを社会主義国家と位置付けているけれど、中国共産党の言う〝社会主義〟とは、どうやら社会のために個人の犠牲を強いることのようです。まるで戦前の日本のようですね。

 

国家として中国と相対するのが北欧三国なのかもしれません。しかし北欧三国とて、決して経済的損失を容認するわけではない。けれども政府が、経済的利益と人権を秤にかけるような行為をしたら国民は容赦なく叩くでしょう。もちろん弾圧など決して許さない。そういう意味では間違いなく「人権国家」と規定しても差し支えないと考えています。

 

 

排外主義の行く末は?

 

 中国を強権国家と規定しましたが、では日本やアメリカそして欧州の国々が中国のことを非難できるとは思えません。なぜなら形は違えども、経済的利益のために人権を抑圧してきたのは間違いないからです。現在の排外主義の跋扈は、その反動でもあり、ご都合主義の代償でもあったのです。

 

 大晦日の東京新聞に英国の事情が掲載されていました。内容は、東欧系の人々のイギリスからの出国が増えている、というものです。詳細は省きますが、経済が好調な時には安価な労働力として東欧系の人々を受け入れたのに、不況に陥り、いよいよEU脱退が現実味を帯びてくると、職場等で様々な嫌がらせが蔓延って自国に帰ることを促している、と書かれていました。

 

記事には、東欧系の人々は白人なのに差別と迫害を受けているとあったのです。それに比べてインド系の人々には、そのような傾向が見られないともありました。その背景については書かれていなかったのですが、なぜという疑問は残ります。

 ただ間違いなく言えるのは、自国の利益のために労働力として受け入れておいて、いざ不利益が生じそうになったら出て行けという、典型的なご都合主義だということ。もう一つは、自国(英国)の文化と言語に染まらない人間は排除するという考え方です。

おそらくインド系の人々は長い間植民地だったことや英連邦の一員ということから、言語に関しては遜色がないだけでなく、英国の慣習や伝統さらには思考性なども理解している可能性が高いのかもしれません。であれば、たとえ皮膚の色が違ってもイギリス人にとっては許容範囲なのでは、という予測も成り立つような気がします。

 

まぁこれもご都合主義の範疇に入るのですが、考えてみれば「自国第一」というのは、国家というものが存在する限り永遠になくならないのかもしれません。しかし人類は二つの大きな戦争を経験した結果、自国の利益だけを追ったら、再び戦禍を交えることになるのを学習したはずです。しかも現在の兵器で戦闘を行えば、それこそ「後戻り」できない、もしくは復興するのに百年単位の年月が必要になることも周知の事実です。ならば自国に従わない他国や民族を、武器や力でもって制圧したとしても、占領や侵略した土地には何も残っていない可能性が大いにあるのです。まさしく〝無意味〟と言えるでしょう。

 

この観点に立てば自国から他民族を追い出したとしても、次はどうするのか? その国だけで食料も燃料も医療も、その他すべてが賄えるのなら鎖国をすればいい。けれども現在の地球上にそんな国や地域または民族など存在していません。

この状況を考えれば排外主義の次に来るのは、侵略や征服もしくは植民地化になるのです。平たく言えば、我々の言うことを聞かない連中は奴隷にしてしまえ、さらに言えば、奴隷にならないのなら殺してしまえ! なのです。まさしく中世に逆戻りですが、はたして冗談だと言えるでしょうか?

 

安価の労働力として支えてきた人々を追い出して、仮に自国民がその労働を担ったとしても、そこで作られた製品や農産物などは、自国のみで流通して利益を上げられるのなら良いのです。しかし、もし輸出をしなければ利益を上げられないとしたら、いったい誰に買ってもらうのでしょうか? 買ってもらえなければ〝押し売り〟するしかない。そうです、従属化や植民地化した地域や国に〝押し売り〟しない限り、その国が繁栄することはできないのです。

 

けれども歴史を見れば、19世紀後半から20世紀前半にかけて、上記したような状況が世界各地に見られたにも係わらず、結局すべては失敗に終わって大半は赤字だったのです。赤字になった最大の理由は、抗う人々を抑え込み弾圧するために莫大な経費が掛かったからなのです。ちなみに明治憲法下の日本では、満州国は大幅な赤字。朝鮮半島は、控えめに見てもトントンがいいところ、というのが定説です。

 

 

人権国家の目安は「報道の自由」である

 

 2019年元旦の東京新聞に二つの注目すべき記事が掲載されていました。一つは「広がる米のニュース砂漠」というタイトルでアメリカの地方紙の激減が伝えられ、もう一つは「フィリピン・ドゥテルテ政権と戦う記者」と題して、様々な妨害や、でっち上げとしか思えない訴追をされても政府批判を続けている記者が紹介されています。

 

 アメリカの状況は今さら書く必要もないでしょう。トランプ大統領とメディアの攻防は熾烈を極めていますが、アメリカのマスコミはまさに「強権」と対峙しています。

 ではフィリピンはどうか。ドゥテルテ大統領が出てきた時は、アメリカに追従しない政治家として評価していたのですが、その後の動向を見ていると、なんかマルコスに似てきている気がします。もちろんマルコスほど酷くないにしても、言論弾圧を伝えられる記事が多くなってきているのは事実です。麻薬の取り締りにしても、人権という概念などまったくない強引なものですが、どうやらその矛先を報道機関に向けつつあるのです。

 

 私は、東京新聞は敏感に感じているのだなと思いました。まさに強権と人権のせめぎ合いが行われているのです。

みなさんに知ってもらいたいのは、どの民族であれ、どんな国家であれ、権力を握った者は「強権」を欲しがり、最悪実行しようとします。けれどもそこに歯止めを掛けられるのは報道機関しかないのです。それは大手でも個人でも同じで、少しでも危険を感じ取ったら、炭鉱のカナリアのごとく〝警鐘〟を鳴らしてもらわねばなりません。しかしそれを行ってもらうためには、私たち市民が報道機関やジャーナリストたちを支えなければいけないのです。

今の日本はどうですか? ジャーナリストや報道機関は警鐘を鳴らしていますか? 私たち市民は支えていますか?

 

 私は「人権国家」の国民・市民でありたいと願っています。ですが現在の状況では悲観をせざるを得ないのですが、けれども戦う人がいる限り、決して夢ではないのです。みなさんも関心をもってください。人権と報道の自由は車の両輪だということを。


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カイトアキラ

Author:カイトアキラ
2019年は強権国家への道を阻むことができた最後の年だったと、20年後や30年後に言われているかもしれません。もっともその時、日本という国家または日本人という民族が存続しているのかわからないけれど。
今夏には参院選があり、同日選も取り沙汰されています。ここで、少なくとも参院選で与野党が逆転しなければ「安倍独裁」が冗談ではなくなるでしょう。けれども野党の動向を見ていると心もとないと言うしかありません。しかし諦めたらそれで終わりです。微力ながら発言を続けていきます。

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