この国の未来を考える

スタンディングオベーションと南スーダンの自衛隊

「賛美」することの意味

安倍首相の所信表明演説の際に起きたスタンディングオベーションについては様々な論評や反応がありました。私は映像を見ていないのですが、もしテレビ等で見ていたらと思うとゾッとします。吐き気を催してトイレに駆け込んだかもしれません。ただ、この報道に接した時に思い出したのは湾岸戦争(第1次イラク戦争)時のアメリカでした。
テレビのニュースだったと思いますが、メジャーリーグの試合を始まる直前に、選手や観客たちが胸に手を宛て祈っている姿が映っていました。おそらくというか間違いなく、兵士たちの無事を祈り、さらには敬意を表しているのでしょう。

こういう光景を〝憧れている〟政治家や保守の人たちがいます。しかしこれは、国家のために戦場へ赴き、そこで〝武器を使って戦う〟兵士たちへの賛美です。それがいけないのか、という人がいますが、では他国の軍隊に殺される側の立場から見たら、どう感じるのでしょうか。夏の甲子園で815日に戦没者に対して黙祷を捧げるのとは違うのです。亡くなった人々への慰霊ではない、これから「殺し、殺され、破壊し、破壊される」可能性が極めて高い人々への〝悲しい祈り〟なのです。

 ベースボールを始める前に「祈った」のアメリカ人たちはイラク戦争の実態を知った時に何を思ったでしょう。第1次イラク戦争はアメリカの騙し討ちみたいなものだし、第2次イラク戦争では大量破壊兵器があるという前提でしたが実際はなかったことが証明されています。
いったい何のための戦争(侵略?)だったのか、アメリカの人たちにとっての「祈り」は何だったのか、結局は兵士も国民も国(政府)に騙されただけではないのか。

私はアメリカ国籍ではないし、アメリカという国家に忠誠を抱いているわけでもないから、アメリカ国民がどう考えているのか知りません。けれども日本という国家、または安倍政権でも良いでしょう、一人の日本人として考えるとこうなります。
日本の領土ではない地域で自衛隊員が命を落とす、または自衛隊員が他国の人々の命を奪う、それでも私たちは〝悲しい祈り〟捧げなければいけないのだろうか。


政治家の仕事とは

自衛隊や海保や警察の人々が「命懸け」で任務に取り組んでいることは承知しています。自衛隊なら災害時での活動、海保なら海難事故での救助、警察なら凶悪犯に対して身を呈すこともある。これらの活動に〝敬意を持たない日本人〟などいないはずです。しかし今の日本の現実は、領土でない地域にPKOと称されて派遣される自衛隊、海難救助を引き起こすような他国船への取り締まり、基地建設反対者を「災害救助」などと称してロープで吊るす警察。残念ながら私は、これらの行為・活動に敬意を持つことはできません。

公僕ではないけれど社会を支えている人々は民間にたくさんいます。例えば下水管の保守や清掃をする人たちです。夏のゲリラ豪雨時に予想以上の雨水が流れ込み、作業員が死亡したことがありました。幸いなことに今年はありませんでしたが、多くの人たちは忘れている、否、意識すらしていないのです。こういう人々がいなければ、都会など途端に排水機能が低下して大変なことになるのです。
私は原発反対だけど、送電線の保守管理作業をやっている人たちもそうです。安全対策はしっかりやっていますが一歩間違えば命はありません。彼らも日々社会に貢献していますが、安倍首相はそのような人々に対して一度でも敬意を表すべき、などと言ったでしょうか。

現在の政治家が本来やるべきことは下記のようなことだと考えます。
●自衛隊が専守防衛に徹する政治状況を作ること
●海保の警戒が必要ではない、より安全な漁業海域にするよう交渉すること
●基地反対者の強制を警察に委ねるのではなく、反対者に耳を傾けて話し合うこと


南スーダンの実態

私が高校二年生の時にベトナム戦争が終わりました。ベトナムのアメリカ大使が米軍機で逃げ出す映像を今でも覚えています。日本から近いということがありましたが、この頃までは日本の報道機関も「戦争」について報道していました。しかしPKOという名目で自衛隊の派遣されるようになってから二十年以上経過していますが、意図しているのか、それとも国の制約なのか、報道機関によってPKOの実態が知らされる機会は極めて少ないと言えるでしょう。
そして、いよいよ安保法制の運用が始まります。自衛隊による「駆けつけ警護」「宿営地の共同防護」という名の、実質的には戦闘行為と考えて間違いのない現実が南スーダンで起きようとしています。しかし南スーダンの現状は政府見解とは大きく異なっているようです。それを最近の記事で知りましたが、もし事実であればPKO派遣条件をクリアーしているとはとても思えません。

参考として二つの記事を提示しておきます。一つ目は、シカゴ・トリビューンが掲載したAP通信記者による記事(IWJからの引用で仮訳もあり)。もう一つは毎日新聞の記事で、URLは下記の通りです。ちなみにIWJは会員でないと全てを読むことができませんが、少なくとも状況だけは理解できると思います。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/332104
IWJ追跡検証レポート・前編】兵士の性犯罪が相次ぐ南スーダンで自衛隊が「駆けつけ警護」!国連平和維持軍は助けないどころか自らレイプ…これが戦地の現実!稲田朋美防衛相には見えていない? 2016.9.16

http://mainichi.jp/articles/20160902/dde/012/010/022000c
続報真相 南スーダンへの自衛隊派遣 空論でなく現実見よ(毎日新聞)

IWJの仮訳の一部を引用・掲載します。
2016816日 シカゴ・トリビューン Rampaging South Sudan troops raped foreigners, killed local journalist; U.N. didnt help

銃口を突きつけられた女性は非武装。一般市民である。その女性はその後、夜になるまで15人の南スーダン政府軍の兵士にレイプされ続けたという。その女性を含む援助団体の外国人職員が多く滞在していた宿泊施設には、711日、首都ジュバで反政府軍に対し勝利をおさめた政府軍がなだれこみ、4時間にわたって殺戮、レイプ、暴行、強奪、処刑の真似事などの暴虐の限りを尽くした。

何よりも衝撃的なことは、襲撃されていた4時間もの間、助けを求められた国連平和維持軍が、一切応じようとしなかった、と伝えられていることである。国連平和維持軍の駐屯地は、襲撃された現場からわずか1.6km程度しか離れていなかった。すぐに応じていれば、多くの市民を守ることができていたかもしれない。にもかかわらず、国連平和維持軍は、拱手傍観して、必死で助けを求める市民を見殺しにした。結局、事件の鎮圧にあたったのは、南スーダン軍の治安部隊や民間警備会社だったのだ。

 

自衛隊は何をさせられるのか

この記事の通りであればPKO派遣5原則に反していることは明らかです。けれども一番問題なのは安全なのかどうかではありません。IWJと毎日新聞の記事を読めば理解できますが、国連平和維持軍や他国のPKO派遣部隊も現実としては戦闘を極力避けていることです。場合によっては住民を見殺しにしているケースもあるようです。善悪の判断は私にはできません。しかし南スーダンの実態が政府の見解とは全く違うのは確かなようです。
では、自衛隊の新しい任務はこの現実にどう立ち向かうのでしょうか。「駆けつけ警護」と言うのですから助けを求められたら戦わねばならない。戦闘当事者の一方が自衛隊の宿営地に逃げ込もうとしたらどうするのでしょうか。追い返すのか、それとも引渡しを要求する相手と戦うのか・・・・。いずれにしても無事では済まないことは間違いありません。

問題は、こんな状況下で新しい任務を付け加える目的はいったい何なのか、を考えざるを得ません。私の認識は、戦死者が出るのを秘かに願っているとしか思えないということです。そしてその事実が国民世論をどう導くか見極めようとしているのではないか。自衛隊への賛美と同情が多ければ九条改憲へと一気に進もうとする。まさしく政治家の思惑によって自衛隊員の生命が奪われかもしれないのです。
このように考えるのは私の独りよがりでしょうか? けれどもスタンディングオベーションという見え透いたパフォーマンスの理由はこれ以外考えられないのです。特に若い人たちは真剣に受け止めてほしい。自衛隊員の志願者が減れば、間違いなく徴兵制を導入されますよ。そして国家のためという言葉で煽られ、戦前のように自由もなくなってしまうのです。


「悲しい祈り」を実現させないために

現在の日本で一番求められることは報道機関が南スーダンに行くことだと思います。現状を国民に知らせ、PKO派遣の必要性が本当にあるのかを調べる。さらには「駆けつけ警護」と「宿営地共同防護」を実際に行った場合の影響も伝える。自衛隊を派遣させている以上、これらは日本の報道機関の義務ではないでしょうか。危険だからといってフリーの記者に任せているだけではダメです。この報道こそ「知る権利」であり、どのような報道機関であれ、国民の知る権利を守らなければいけないはずです。
国益に反する報道をしてはならない、と言う人がいます。ニューヨークタイムズもワシントンポストも報道する時は、絶えずアメリカの国益を考えると言われていますが、では国益とは何でしょう? 私は「国の利益」ではなく「国民の利益」が最も大切だと考えています。自衛隊員とて国民です。その生命が侵されそうな時の報道機関の役割とは何でしょうか。自衛隊員の生命を守ることも報道機関の義務ではないでしょうか?

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Author:カイトアキラ
もうすぐ老人と呼ばれる年齢になりました。
今までオートレース・ギャンブルについて書きましたが、今の日本の状況を考えると、たとえ影響力がなくても、もしかしたら若い人たちに響いてくれたら、という微かな希望を持ってブログを続けようと思います。
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